第九十一話 「ギルティ・ハート〜その@〜」

 いつもと違う、早い時間に目を覚ました。

(今日から学校か……)

 そう思いつつ、俺はのろのろとベットから這い起きた。

「おはよー、涼一」

 下に降りると、すでに恵美が朝食を摂っていた。

「……相変わらず朝に強いな」
「まーね。あんたは相変わらず眠そうね」
「早く起きたのは久しぶりだからな」
「不健康な生活してるからよ」
「普通は休みはゆっくり寝ているものだ。
 休み中毎日のように学校に出かけている方がどうかしている」
「部活だもん、しょうがないじゃない」
「……まあ、いいさ」

 そうして軽くパンとトーストを胃に入れた。

「涼一さ、宿題って……全部終わった?」
「当然だろう、そんなもの休み前に終わらせたさ」
「さすがねー」
「……言っておくが手伝わないぞ」
「なんでよー?」
「第一、今更間に合わないだろう?」
「ううん、別に今日提出ってわけじゃないの。
 授業が始まってだから、あとニ、三日は余裕があるのよ」
「余裕と言うか? それを……」
「まー、いいじゃない。全然終わっていないわけじゃないし、あとちょっとってところだからさ」
「本当か?」
「うん、本当にあとちょっと」
「少しくらいなら手伝っても良いが……」
「やったー!」
「全部じゃないぞ? 所詮は自分の宿題なんだからな」
「うん、わかった。じゃあ帰ってきてからね」
「部活は?」
「今日は早めに終わるから、家で待ってて」

 朝の席でそんな約束を交わし、学校へと向かった。

「――おはよう、浅田君」

 校舎の廊下で高宮と出会う。

「ああ……」

 軽く返事をし、そのまま教室の扉を開ける。

――ガラッ

「――?」

 久しぶりに教室に入ると、その風景に違和感を感じた。

「どうしたの? 浅田君」

 後ろから歩いて来た高宮がそう声をかけてきた。

「いや……俺の隣りの席は、誰だったかな?」
「浅田君にしては珍しいジョークね。それとも、長い夏休みで本当に忘れちゃったかしら?」
「左隣りが高宮ということは百も承知だ。俺が言いたいのは右側の方だ」
「えっ?」

 そう言われて高宮がその席を見る。

「……あら?」
「確か、席なんてなかったよな」
「ええ。私と浅田君の列だけ一つ席が多かったから……」

 その場所は何もなかったはず。それなのに見慣れない机と椅子が置かれてある。

「……まあいい」

 とりあえず俺は自分の席に向かった。

「こうやって、一緒に並んで座るのも久しぶりね」
「……まあな。だが、夏休みにも何回か会っただろう」
「うーん。まあ、それとこれとは別よ」
「そういうものか?」
「そういうものよ」

――キーン、コーン……

 鐘が鳴り、それぞれが自分の席に付く。

「………」

 見ると俺の右の席は誰も座らなかった。どうやら記憶違いではなかったらしい。

(となると、結論はあれしかないな……)

「――はい、皆さんお久しぶりです。夏休みは有意義に過ごしましたか?」

 気付くと教師が入ってきて簡単な挨拶を済ませていた。

「センセー、後ろの席ってなんなんですかー?」

 するとクラスの一人がそう聞いた。どうやら気にしているものは他にも居るらしい。

「……まあ、皆さんの考えてる通りだと思います」
「やっぱり!?」
「そのお話しは後ですよ。まずは朝会と始業式があるので、その後のホームルームで詳しく……」

 その言葉でクラスはざわめき立っている。

「ねえ浅田君、どんな子が来るのかな?」

 高宮もその一人らしい。

「……知るか」

 転校生など別に興味もない。

――キーン、コーン……

 そして始業式も終わる。本当ならここでもう帰るだけのはずだが……。

「えー、みなさん。気になっていると思いますので、早速転校生を紹介します」

 その言葉に教室のざわめきが一段と高くなる。

「どうぞ、入ってきてください」

 一斉に視線が扉に集中する。

――ガラッ

「おぉ〜〜〜っ!!」

 クラスのほぼ半分、男子生徒が声を挙げた。

「はい、それでは自己紹介をしてください」

 その人物は教壇の隣りに立ち、口を開く。

「『倉谷 唯(くらたに ゆい)』です。どうぞよろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。

「こ、こっちこそよろしく!」
「俺の隣り! 俺の隣り空いてるよ!」

 男達が口々に叫び出す。

「ええと、前の学校で音楽部に入っていました。
 できればこの学校でもその活動を続けたいと思っています」
「倉谷さんは確か、前の学校で全国大会に出場したんですよね?」
「はい。バイオリンで、個人の部門に出場致しました」

 その言葉でまたも騒ぎ出す。

「ねえ、俺が校内を案内してあげるよ!」
「てめえ! 抜け駆けするんじゃねーっ!」

(まったく……転校生の一人や二人珍しくもなかろうに)

 溜息を共に頬杖をついて窓の方を見る。
 
「それでは、倉谷さんは後ろにある空いた席を使ってください」
「はい」

 そう言われ、彼女がこちらへと近づいて来る。

「センセー! 席替えしよ!」
「その意見に賛成っ!」
「俺もー!」

 男子が騒ぎ立てる中、彼女は隣りの席へとやって来た。

「どうぞよろしくお願いします」

 席に座るなり、隣りに居る俺にそう言った。

「………」

 横目でちらりと見たが、俺は特に何も言わなかった。

「はいはい静かに。それでは今日はこれで終わりますが、
 明日からは普通の授業が始まりますので準備を忘れないで下さい。
 各教科の宿題もあると思いますので、間に合わせるように」

 そしてホームルームが終了した。

「ねえねえ、前はどこの学校に行ってたの?」
「やっぱり、親の転勤とかで?」

 隣りでは転校生が男子に囲まれて質問攻めにされていた。

「……すごい人気ね」
「みたいだな」
「言葉遣いは丁寧で、物腰は上品ね。なんかお嬢様って感じがするわね」
「………」
「浅田君は、例によって興味ないわね?」
「ああ」
「良かった」

 すると女子生徒が数人やって来て群がる男子を押しのけた。

「はいはい、男共はあっち行ってなさい。
 倉谷さん、まだ学校のこと良くわからないでしょ? 私達案内するわ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよー。じゃ、行きましょ」
「はい」

 そう言われて教室から出て行った。

「あーあ、行っちゃったよ……」
「まっ、明日からが勝負だな」
「よーし!」

 そうして男子生徒も解散して行った。

「……騒がしくなりそうだな」

 その様子を見て、俺はなんとなく呟いてしまう。

「おーい涼一君! ひっさしぶり〜」
「……と思ったら、早速騒がしくなった」
「ん? なんのことだい?」
「今日ね、うちのクラスに転校生が来たのよ」

 先程のことを高宮が一通り説明する。

「――なんだって!? くそっ、情報不足だった!」

――ダッ!

「ゴメン! 今日は先に帰ってて!」

 そう言って瑞樹はどこかへと走って行った。

「ミーハーね……」

 高宮があきれたように呟く。

「……まったくだな」

 その点に関しては俺も賛成である。

「じゃ、帰りましょうか?」
「そうだな……」

 その時俺は、半ば呆然としている和泉に気付いた。