お盆に入ると、商店街も休みの店が目立つようになる。
「じゃあね、留守番よろしくー」
うちの店も例外ではなく、恵美とおじさんは二人で先祖の墓参りへと出かけた。
親戚の家に泊まっていくらしく、数日は俺一人で留守番ということになる。
(親戚か……)
俺は墓参りなんて、両親の命日にだけ行けばいいと思っている。
……と言うより、親戚達に会いたくないという気持ちの方が強い。
(……もう、関係のないことだがな)
恨んでいるわけではない。
だが、俺が悪いとも思っていない。互いに上手く共存できなかっただけだ。
「………」
そこで考えるのを止め、俺は昼飯でも食べることにした。
――ジュー……
フライパンに肉と野菜を適当に放りこんで炒め物を作る。
冷蔵庫にあった有り合わせのものなのだが、
明日にでも食材を買ってこなければいけないみたいだ。
「さてと……」
皿に盛りつけ、一人で昼食を始める。
――ピッ
テレビを点け、報道番組にチャンネルを合わせる。
『――川が増水となり、近くにキャンプをしていた観光客ら数名が行方不明……』
すると、どこかの県での川原の事故を流していた。
『……これで全国での水難事故で亡くなった人は十四人になります。さて、続いては――』
夏は水の事故が多発する。川、海、湖、用水路……。
(……思い出したくもないことを、思い出してしまったな)
そのことを頭から追い出すように、俺は食事に専念した。
――カチャ、カチャ……
食器を片付けて、まとめて洗い物として処理する。暑い夏なら水仕事も楽だ。
「さてと……」
最後に自分の手を洗い、俺は居間に戻った。
『――さあ、今日のは夏休みスペシャルということで特別企画……』
――ピッ
気付くと大衆娯楽番組と変わったのでテレビを消した。
「………」
窓の外からうるさい蝉の声が聞こえる中、俺は一人で何もせずに座っていた。
(あれから、十年か……)
そうしていると、自然とさっきの考えが浮かんでくる。
両親が死に、一人になってしまった俺が転々と親戚の家をまわり……。
「……だめだ」
考えを打ち消すように声を出す。
(気分直しに、外にでも出よう……)
留守番を引きうけた手前でなんだが、戸締りをしておけばめったなことは起きないだろう。
(……さて、どこに行くかな)
家を出たところで考える。まあ、いつもの本屋が関の山か。
――タタタ……
「ねー、まってよー!」
「あははー、こっちこっちー!」
二人の子供が俺の横を通り過ぎて行った。
先に行く女の子に対し、男の子が一生懸命追いかけている。
(……まったく、ここでも思い出させてくれる)
と言うより、頭にある考えが今の状況と結び付けてしまうのだろう。
「やれやれ……」
過去と決別し切れないのなら、無理にでも受け入れるしかないということか。
ならば、できるだけ鮮明に思い出してみよう。
正面から見据え、今の俺がどう感じるのか……。
(……本屋はやめだ、公園にでも行こう)
立ち読みしながら考え事なんてできない。とりあえず近くの大きな公園へ向かった。
――シャアアア……
その公園では中央で噴水が音を立てて流れている。
涼しげでいいので、俺はその近くのベンチに座った。
(……たしか、母方の遠い親戚の家だったと思う)
だが、その家が何処に有るのかは忘れてしまった。
特に今まで思い出さなかったので、所々記憶が風化していて不鮮明だ。
「――しばらく、お世話になります」
その家の姓はなんだったか? どんな家族構成だったか? どんな……?
「まあ、礼儀正しい子だこと……紹介するわ、うちの娘よ」
「こんにちわー」
そう、確か女の子が一人いた。名前は……だめだ、思い出せない。
「どうも、よろしくお願いします」
「ねー、あたらしいキョーダイなの?」
「そうね……これから様子を見て、うちに合った子なら考えてもいいわ」
つまり、しばらくの間は品定めの期間ということだ。
「僕は涼一、よろしくね」
「よーいち?」
「いや、涼一だよ」
「よーいち……。よー君だね!」
「だから僕の名前は……」
「よー君、あそぼーよ!」
「だから僕は……」
その女の子は、最後まで俺の名をまともに呼んでくれなかった。
「まあ? うちの子は気に入ったみたいね。でも、あんまりご迷惑かけちゃだめよ?」
「はーい!」
最初の頃から、結構その家族と上手く付き合えていた筈だ。
「ほう……涼一君は、知能テストで全国トップクラスの成績なんだって?」
「ええ、中々頭の良い子よ。それに運動神経もいいみたい」
「それは将来が有望かもしれないな。
人格も曲がっていないようだし、いい人間に育てられるかもしれない……」
俺の商品価値はかなり高かったと思う。
その家の親は、俺を養子にするかどうか真剣に考えていたみたいだった。
「よー君! よー君!」
「何度も言ってるけど……」
「おままごとしよ? わたしがおくさんで、ヨーくんがだんなさま!」
「……うん、わかったよ」
それを知ってか知らずか、彼女は毎日のように遊びに誘ってきた。
「さあ、めしあがれー!」
「いただきます……」
何も入っていない玩具の茶碗を受け取り、それを食べる振りをする。
今思えば、こんな家庭ごっこのどこがおもしろいのだろう。
「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
他人の家の子供に対しての遠慮か、俺は精々愛想よくしていたのだろう。
嫌われて印象を悪くすれば、親にもイメージが悪くなるだろうから。
「じゃあね、これに水いれてきて。それと葉っぱも」
「わかった。行って来るよ……」
「おつとめいってらっしゃーい!」
あの子は一体何才だったか?そう年は離れていないだろうから……
同い年か、一つ年上、年下といったところだろう。
――ジャー……
近くの水道で水を汲み、その辺の木の葉をニ、三枚を持ってくる。
あの子に言われたことを、俺は律儀にこなしていた。
「……ただいま」
「おかえりなさーい!」
そんな毎日が続いた。俺がこの家に居たのは、たしか一週間くらいだったろうか?
「ねえ、よー君って将来なんになりたい?」
「僕? そうだなあ……」
しかし、こんな背景ばかりは思い出せるのに、肝心の人物の名称や場所が思い出せない。
俺にとってその記憶は不必要なのだろうか?
「ねーねー、今日はなにしてあそぶ?」
彼女があまりにも毎日しつこいので、俺は少々うんざりしていたのかもしれない。
「ごめん……今日は、一人で遊んできてくれないかな」
「えー、なんで?」
「この本が読みたいんだ、だからお願い」
「……わかったー」
そう言って彼女は渋々どこかへと出かけていった。
「ふう……」
久しぶりゆっくり本が読めて、俺はせいせいしていただろう。
だが、このことがあの事件の引き金だった。
「――あら? あの子は?」
一人で家に居た俺に対し、親が自分の子供のことを尋ねてきた。
「一人で遊びに行きましたよ」
「まあ、あの子のことを見ていてくれると思っていたのに……」
どうやら俺は、ベビーシッターの役目も担っていたようだった。
「わかりました。じゃあ、ちょっと捜してきます」
「お願いよ? あの子一人だと、色々無茶するから」
「はい」
その言葉に偽りはなかった。何せ捜しに行くと、あの子は用水路にいたのだから。
「あっ……!?」
立入禁止の金網の向こう、コンクリートの縁を歩く人影を見たときはさすがに驚いた。
「――ちゃん!」
ここで俺は彼女の名前を叫んだはず。だけど、未だに思い出せない。
「……よー君だ! おーい、おーい」
彼女は俺に気付き、名前を叫んで大きく手を振る。
「ちょっと、危な……」
そう言おうとした時には遅かった。
――ドボン!
大きな水音共に、あの子の姿は視界から消えた。
(落ちた……!)
そう直感し、俺は急いで金網を越える。
「……どこだ!?」
コンクリートを登り、あの子が居た場所に立つ。
「濁ってて、よく見えない……」
それに太陽の反射のせいで、中の様子を伺うことは出来なかった。
「……仕方ない!」
俺は意を決して中に飛び込んだ。
――グプグプグプ……
視界の悪い水の中、俺は目を皿のようにして彼女の姿を捜した。
(……あれか!?)
ちらりと揺らめく布が見えた。
近づくと、ぐったりとして身動き一つしない彼女だった。
「……ぷはっ!」
彼女を抱えて水面へと上がる。
「大丈夫!? しっかりして……!」
声を掛けても反応がない。
「呼吸していない……水を大量に飲んだな!?」
彼女の姿勢を直し、頭を下に向けるようにして背中を叩く。
――ドン! ドン!
「頼むよ……しっかりしてくれ!」
その言葉が通じたのかどうかは知らないが。
「げほっ! げほ、げほ……」
なんとか彼女は水を吐き出してくれた。
「良かった! 気が付いたんだね?」
「よー……君?」
「待ってて! 今、人を呼んでくるから!」
その後救急車が到着し、彼女は病院へと運ばれた。
発見が早かったので、大事には至らなかったのが救いだった。
「――なんであの子の相手をしてやらなかったのよ!?」
当然と言うか、俺は親の怒りを買ってしまった。
「すみません……。まさか、あんなところで遊んでいるなんて……」
「うちの子にあんな危険な目に合わせて!
もう、アンタなんか要らないわ! どっかに行きなさい!」
「……はい、わかりました」
これで今まで好感を持たれていたのが一気に逆転した。
おかげでまたタライ回しされることになったのだ。
(この噂が伝わり……それでどの家庭でも、受け取り拒否をされたんだったな……)
それで八木家に拾われたのは本当に幸運と言えよう。
親戚間では、未だに俺が施設にでも行ったのだと思っているかもしれない。
――シャアアア……
先ほどから後ろで流れている噴水を眺める。
「……こういう所で遊んでて欲しかったよ、まったく」
まあ、あの家庭にいたからといって、俺が幸せになれたとも限らないが。
「さてと、そろそろ帰るか……」
ベンチから立ち上がりながら呟く。本当に、思わぬ時間を過ごしてしまった。
(そうだ、ついでに買い出しに行くとするか……)
そう思って公園を出ると、その足をスーパーへと向けた。
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