「ねえ、あれ……」
「たまには自分でやってみたらどうだ? 俺にばかり取らさせないで」
「えー? あたし自信ないもん」
「知るか、とにかくやってみろ」
「……わかったわよ。これ、持っててね」
恵美は俺に今まで取った景品を持たせ、ふてくされたようにヨーヨー釣り屋の前に立つ。
「ねえ、なんかコツでもあるんでしょ?」
「さあな……」
「いじわるー」
コツも何も、ただ紙糸を濡らさないように心がけるしかない。
ヨーヨーの紐がなるべく水面上にあるものを狙い、慎重に引き上げるだけだ。
「よーし……!」
そう気合を入れ、恵美は糸先を水槽に近づけた。
――ぷつん
「あっ?」
引き上げる際、紙糸はあっけなく切れてしまった。
「……やめるか?」
「もう一回!」
また百円を払い、続けて挑戦する。
(あんな風船に水と空気が入っただけなのに、よく百円も払うな……)
これもまた『風流』というやつなのだろうか?
だとしたら、なんとも上手い商売を考えたものた。
「あーっ! なんでー!?」
またも失敗したらしい。
こういう客がいるから、こういう商売が成り立っているのだろう。
「も、もう一回!」
(元々負けん気が強い性格だからな。もしかしたら、金が無くなるまで続くかもな……)
――ぷつん
さらに失敗。
「ううう……」
内心、かなり悔しがっているだろう。
見た目が単純なだけに、その思いは倍増しているに違いない。
(……しかし、本当に不器用だな)
いくらなんでも、一個くらいは取れてもいいはずだ。この手の店はそんなに難易度は高くない。
「まだやるか?」
「……うん」
また百円玉が消えて行く。
――ぷつん
「も、もう一……」
「待て恵美」
「えっ、止めさせる気?」
「いや……見かねたから、コツを教えてやる」
「最初に言ってよ!」
「まあ、これくらい簡単に取れるだろうと思ってな。……耳貸せ」
耳打ちをし、誰でも簡単に取れる方法を教えた。
「……へぇー!? そうなの?」
「ああ、ちょっと反則気味かもしれないがな……。まあ、五百円も使うんだ。別にいいだろう」
「うん!」
そして恵美は元気を取り戻して紙糸を受け取る。
「よしっ……」
そして、水槽に垂らす前ちょっとした小細工を仕掛けた。
「落ちついて、落ちついて……」
――スッ……
「……や、やった! 見て!」
(糸先のフックをわずかに傾ける……これなら、紙糸が水面に触れずにヨーヨーをすくうことができる)
「ああ。だが、これならできて当然だ」
「ううう……」
恵美は五百円のヨーヨーを手にし、俺達は店を後にした。
「――はい、これあげる」
すると、恵美は俺にその戦利品を手渡した。
「おい……いいのか?」
「うん。今まであたしに色々取ってくれたお礼よ。一個だけで悪いけど……」
「……まあ、いいさ」
受け取ったヨーヨーのゴムに指を掛け、下方向へと投げつける。
――びしゃん!
反動で手に戻ってくると、独特の感触が伝わってくる。
「……そろそろ、何か食うか?」
「うん」
景品集めばかりしていて、食事をすることをすっかり失念していた。
「ヤキソバ食べようよ、ヤキソバ」
「そうだな、祭りの定番だろうし……」
こうして俺は、今年久しぶりに夏祭りというものを体験した。
(『夜店荒らしか』……)
その名で呼ばれたのは随分昔だ。
今日はその片鱗を見せてしまったが、誰も気付いてはいないだろうな?
高宮さんと別れたその後、家に真っ直ぐ帰らずに途中のゲーセンに寄って行った。
「……祭りの方に客行ってるせいかな、人いつもより少ないな?」
まあ、台が空いているのはいい。対戦台はともかく、1P台でじっくりできる。
「よし、これでもやるか」
近頃話題の3Dの格ゲーの筐体の前に座り、百円玉を投入する。
(……夜店で金使うより、こっちのほうがよっぽどいいや)
『Round 1 Fight!』
――ビシィッ! ガン! ガン! ビシッ! ビシィ!
開始直後に浮かせ技を叩き込み、一気に空中コンボを入れる。
(最初のCPUのロジック甘いからな……ここでコンボの練習しとかねーと)
『K.O!』
最初だけは、そうやって順調に勝ち進む。
(やべっ! そこで返すか!)
インチキくさい反応も、CPUならではのこと。今更文句付けるものじゃない。
(あー、もう。単純ニ択に引っかかってるよ……)
こんなの、ちょっと上手いやつならまず食らわない。
目視で見極めるには、もっと慣れが必要だ。
(俺って、投げ抜け苦手なんだよなあ……)
ここでの読み勝ちは、やはり経験の差だろう。
『YOU LOSE……』
結局ボスでやられてしまった。気を抜くと、あっという間に体力を奪われるから油断できない。
「くっそー、こいつのせいかな?」
足元に置いた人形を拾い上げる。
「うっ……」
なんとも不気味なやつだった。
ここで他人に見られても、クレーンゲームの商品には見えないだろう。
「……もういいや、あとは帰ろ」
その不気味な人形を抱え、俺は自宅へと辿り着いた。
「ただいま」
玄関に入ると、たまたま廊下に出ていた母さんと出会った。
「あら? 弥生は一緒じゃないの?」
その瞬間、顔面から血の気が引くのがわかった。
(ま、まだ会場に……!)
「あ、いや……はぐれちゃって……。捜しに行って来る!」
「ちょ、ちょっと敏樹……」
俺は急いで玄関から出た。
まさかまだ帰っていないとは、姉ちゃんはあのまま一人で待っているに違いない。
「くそっ! 俺のアホ!」
姉ちゃんの性格を考えれば、俺を置いて一人で帰るはずがないのだ。それなのに……。
(……そうだ、あの時だって)
小さい頃、家族で遊園地に出かけたときだった。
「――ねえ、ジェットコースターのろうよ!」
そう言い出したのは俺だった。
「うん、いいよー」
一緒にソフトクリーム食べてた俺達はさっそく列に並ぶ。
「……ねーちゃん、トイレいってくるからまっててー」
長い列を並んでいる中、俺は急にトイレに行きたくなった。
「わかったー、こことってるからね」
姉に食べかけのソフトクリームを渡し、俺は急いでトイレに向かった。
「――あっ!」
用を済ませて帰る途中、広場でマスコットキャラの着ぐるみが歩いていた。
「わあ、まってよー」
そのまま俺も追いかける。姉のことなどすっかり忘れて。
「あははっ……あっ!?」
さんざん着ぐるみと遊んだ後、俺は不意にジェットコースターのことを思い出す。
「ど、どうしよう……?」
すでに順番は来ているだろう。
戻ると怒られるかもしれないと思い、帰るのをためらってしまう。
「ねーちゃん、どうしてるかな……」
取り合えずコースターの場所に行き、遠くから見てみることにする。
「………」
そっと物陰から覗いてみる。すると、列の最前列で何やら騒ぎがあった。
「ねえ、連れの男の子は来ないでしょ? さあ、乗るか列から離れるからしないと……」
「いや! としきがまっててっていったんだもん! わたしここでまってる!」
「でも、他のお客様に迷惑でしょ? わがまま言わないの」
「いや……!」
半泣きになった姉の手には、ほとんど溶けたソフトクリームが握られていた……。
(……あの時と同じことすんのかよ! くそっ!)
祭りの会場に着くとほとんど客はいなく、店も大分たたまれていた。
「もう、終わっちまったのか……」
姉を置いてきたのは、たしかリンゴあめを売ってた店の辺りだ。
「えっと……」
場所の見当をつけて急いで向かう。人ごみはなくなったから、きっと見つけやすいだろう。
(……いた!)
すると、遠くで佇む一人の女性を見つけた。後姿でも見間違うはずもない、うちの姉だ。
「姉ちゃーん!」
大声で呼びかけながら走った。
「……?」
向こうは振り向き、俺の姿を確認する。
「はあ、はあ……ごめん!」
ほんの1メートルというところで立ち止まり、俺は深く頭を下げた。
「敏樹?」
「本当にごめん! 勝手に姉ちゃんを置いて行って……」
「何言ってるの? ほら、頭あげて」
「だけど俺……」
ひどい仕打ちをした俺が、どんな顔をしたらいいのだろう?
――すっ
すると地面を見つめていた俺の目の前に、一本のリンゴあめが差し出された。
「ね、姉ちゃん?」
驚いて姉を見ると、そこにはいつもの笑顔があった。
「これ、たくさん買っちゃったから。はい、敏樹の分」
「あっ……」
そう言われて手渡される。
「リンゴあめ……」
「うん、おいしーよ?」
そういえば、姉に千円札を突き出して俺はどこかに行ってしまったんだ。
(俺ってやつは、本当になんてことを……)
リンゴあめを握り締め、俺は自分の不甲斐無さに泣きたくなってきた。
「こめん……本当に、ごめん……」
何度も謝っていると、不意に姉が近づいて来た。
――ふわっ……
すると、ゆっくりと包み込むように頭を抱かれるのがわかった。
「いいこ、いいこ。泣かないで……」
姉の優しい手が、温かいぬくもりを感じた。
「怒ってなんかいないから……元気出して、ねえ?」
「……姉ちゃん、ごめん」
「いいの、わがまま言ってたのは私だったから……。おごってもらっているのに、遠慮もしなくて」
「そんな、約束したことじゃないか? 俺は、また姉ちゃんを放ったらかしにして……」
「もういいの。今こうやって、戻ってきてくれたじゃない?」
「……うん」
あの時俺は、大泣きしながら姉の元に駆け寄った。今みたいに何度も謝りながら……。
(……俺って、進歩してないな)
今だってそうだ。姉にあやされながら、こうして一緒にいる。
「うん、ありがとう。もう大丈夫だよ」
元気が出て、ようやくいつもの調子が戻ってきた。
「良かったー。じゃあ、一緒におうちに帰ろ?」
「そうだね……あっ、そうだ!」
ずっと手に持っていた、あの人形のことを思い出した。
「これ夜店で取ったけど、よかったら……」
そう言って姉に手渡す。
「……?」
姉はその人形をまじまじと見つめていた。
「ああ、いや……気に入らないんだったらいいんだ」
「ううん、ありがとー。大事にするね」
「えっ? 本当に?」
「敏樹が取ってくれたんだもの。それにこの子、結構可愛いわよ?」
「あはは……」
そして俺達は、一緒に我が家へと帰る。
「うん、美味い」
途中で食べたリンゴあめの甘酸っぱさが、今の俺にはとても美味しく感じられた。
|