「――あっ! すみません」
たくさんの見物客がいるところを歩いている時、うっかり人とぶつかってしまった。
「いえ、こちらこそ……」
そのリンゴあめをたくさん抱えた女の人は、誰かを待っているかのような雰囲気だった。
「どうも、失礼しました……」
自分も人を探している。一緒に来てたはずの春彦君を見失ってしまった。
(ハル君、どこに行ったのかな……)
そう思っていたら、お面屋の後ろからひょっこりと出てきた。
「――ああ、ここにいたんだね?」
「もう、探したよ」
「ごめんごめん、向こうにおもしろそうなのがあってね」
「勝手に消えたりしないで。でも、見つかって良かった」
毎年ここのお祭りは、よく小さい頃から一緒に見に来ていた。
「……せっかくだから、お面でも買って行くかい?」
「ううん、私はいいよ」
「そう……じゃあ、向こうに行こうか?」
「うん」
そうして二人で歩き出す。
「――あっ? 金魚すくいがあるよ。久しぶりにやってみようか?」
「そうだね。結構得意だよ、私」
「ははっ、負けないよ」
今頃他のみんなはどうしているだろう? 案外ここのお祭りに来ていたりして……。
「……破れちゃった。本当に上手いね、ユッコは」
「そうかな? あっ!」
「まあ、ニ匹も取れればいいじゃないか? 僕なんていきなりだし」
「うーん……」
もう一回だけやってみようかと思っていると。
「……お客さん、さっきすごい人がいたんですよ」
と、お店の人が言い出した。
「なんですか? すごい人って」
興味を持ったのか、晴彦君が聞いてみる。
「ありゃあ……まさしくプロだったね。あっという間に十匹もすくったんだから」
「十匹? でも、そんなに多い数でもないんじゃないですか?」
「いやいや、こっちは情けかけてもらったんですよ。
向こうがその気になれば、この水槽の半分は消えてたね」
「へぇ、見てみたかったなあ……」
金魚すくいのプロ。私にも、その秘伝を伝授してもらいたいと思ったりした。
「……ハル君。そういえば昔、『夜店荒らし』ってのいたね?」
「ああ、そういえば……。たしか、僕達が小学生の頃だったかな?」
「うん。当時同じくらいの少年で、ここら辺の夜店の景品を総なめにしたっていう……」
いつの頃からか、その噂もぱったり途絶えてしまった。その子は今、どうしているのだろう?
「へえ? お客さん達、古い話知ってるね?」
「ええ、まあ。昔からここのお祭りには来てたものですから……今はその人は来ていないんですか?」
「そうだな……六、七年前から途端に来なくなったな。
まあ、その方が俺ら夜店屋にとってありがたいけどよ」
「ふうん……。でも、僕等と同じ年頃だろうから、もうお祭りとかに興味なくしたかも知れないね」
「そうかも知れないね……。あっ、この金魚お願いします」
さっきから持っていたお椀をお店の人に渡した。話しをしてて、すっかり忘れてしまった。
「はい、お待ち。……もしかして」
「えっ? どうしたんですか?」
「いや、さっきの金魚をたくさんすくっていった客……もしかして、その『夜店荒らし』だったかも」
「それじゃあ、今年は来ているんですか!?」
「いやいや……ただ、年が君らと同じくらいだったし。なんとなくだよ」
「まあ……来てるならそこらで噂になってるかもね?」
「うん、そうだね」
二匹だけ金魚が入ったビニール袋を持ち、私達は金魚屋を後にした。
「おなか空いたな……何か食べようか?」
「うん、何にする?」
「たこ焼きは?」
「いいよ」
さっそくお店に行き、一パックを注文する。
「熱いから気を付けて……」
そう言いながら私達は爪楊枝を刺した。
葉森と夜店を回っていると、向こうに見覚えのある人がいた。
「あー!? 由希子さんじゃないですか〜」
そう声を掛けると、向こうは私達に気が付いたみたいだった。
「こんにちは。加奈さんもお祭りですか?」
「はい、友達と一緒に遊んでました〜」
そう言って隣りを見ると、何やらビックリした顔をしていた。
「……水野さん?」
すると、向こうにいた男の人が声を掛けた。
「晴彦君、知ってるの?」
「うん、同じ生徒会の人だよ。後輩の水野葉森さん」
「ど、どうも……」
その人のことが気になり、私も尋ねてみる。
「あれ? 由希子さんその人は?」
「私の幼馴染でして……友達の新崎君です。こちら後輩の瑞樹加奈さん」
「どうも始めまして」
「あっ、こちらこそ〜」
そうやって互いに自己紹介をした。
「あの、新崎先輩もお祭りを?」
「うん、北村さんとね。昔からの仲だし、毎年来てるからね」
「そうなんですか?」
「ええ、まあ……」
なにやら、葉森は由希子さんに対して鋭い視線を投げかけていた。
(ははあ、これはこれは……)
きっと、葉森はあの新崎さんという人に気があるに違いない。
一緒にいる幼馴染という由希子さんに思い違いをしているみたいだ。
「……はもりん安心して。多分、二人はただの友達だよ?」
小声で耳打ちをする。
「えっ……? なんでわかるの?」
「向こうの女の人……由希子さんは、他に好きな人いると思うから」
「そうなの? 本当に?」
「うん……」
その思いを寄せる相手は、きっと私の知っている……。
「ん? どうしたんだい?」
「いえいえ! なんでもないです、はい」
「それじゃ……せっかく互いに知り合いに会えたんだし、一緒に夜店をまわらないかな?」
「えっ、いいんですか?」
「うん、由希子は?」
「私もいいですよ。人が多い方楽しいでしょうし……」
「は〜い、加奈もさんせーい!」
だれも反対をしなかったので、そのまま私達は合流することになった。
「……そういえば、慎也さん達はご一緒じゃないんですか?」
「お兄ちゃんですか? ちょっと問題起こして謹慎してまーす」
「謹慎……ですか?」
「はい」
今頃道場で絞られているだろう。お祭りを楽しみにしていただけに、きっと悔しいだろうな。
(浅田先輩も来てたりして……)
一人じゃ来ないと思う。そしたら、一体だれと……?
「――どうですか? 何か食べませんか?」
俺は一緒に歩いている高宮さんにそう言った。
「ううん、今はいいわ」
「そうですか、実は俺もなんですよ!」
だったら声を掛けるなと言われそうだが、
実際浮かれている俺は、何かしなきゃならないという気持ちで一杯だった。
「そうですね……。あっ、ヒモくじでもやってみませんか?」
「いいわね。でも、私は見てるだけでいいわ」
「じゃあ見ててください! いいのゲットしてみせますよ」
店のオバサンに金を払い、店の中央で束になったヒモを一本一本眺める。
「うーん……ハズレはないよな?」
「ないよ」
そっけないオバサンの返事が返ってきた。とりあえず俺は吊り下がった商品を見てみることにした。
「おっ、向こうにゲームソフトが……しかも微妙に新しいやつだ」
ニ、三ヶ月前のものだが、売れ残ってここに回ってきたのだろうか?
(……いやいや、狙うはそれじゃない。高宮さんにプレゼントして喜ばれるような物じゃないと)
よく見ると、それなりに女の子ウケしそうな人形もぶら下がっていた。
「よし、狙うはあれだ……」
見守ってくれてる高宮さんのためにも、俺は精神を集中させてヒモを選んだ。
「……このヒモだ!」
見ているうちにヒモが光ったような気がして、俺はそれを握り締めた。
「それでいいかい?」
「ああ、これに賭ける……!」
――ぐいっ……
ゆっくりとヒモを引く。するとその先は……。
「……なんだあれ?」
それはゲームソフトでも、狙った人形でもなかった。
「はい、おめでと。これ景品ね」
無造作に手渡される。一応触った感じは、綿のつまった布袋のようだった。
「……に、人形かよこれ? どこのメーカーで製造してんだ?」
胴体に布切れを引っ掛けたようなその物体は……
手と足は一応二本ずつあって、
大きな頭にはヒモで縫われた巨大な口と、無表情で遠くを見つめるような漆黒の眼が印象的だった。
(こ、怖えー……)
まるで中世の呪い人形のようだった。なんだか夜中に髪の毛が伸びそうだ。
「オバサン……こいつ、もしかして手作りじゃねえだろうな?」
「さあね」
「た、高宮さん。いります?」
「……遠慮しておくわ」
こんな不気味なのだれも受け取らないだろう。捨てるのもなんだし、一応俺は持ち歩いていた。
(つーか、捨てて帰ってきたら……)
その想像は止めておいた。
「――じゃ、私そろそろ帰るね」
その後二人で歩いていると、突然高宮さんがそんなことを言い出した。
「えっ!? も、もうですか?」
「ええ、色々ありがとう。楽しかったわ」
「いや、そんな……」
「またね、夏休み後の学校で」
「あっ……」
そして高宮さんは俺の元から去って行った。
「………」
その場に残された俺はぼんやりと突っ立っている。
「……てめえのせいだ」
手にあったそれを見つめてつぶやく。
(仕方ない、俺も帰ろう……)
できそこないの人形を持ち、俺は家に帰ることにした。
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