「ありがとうございました……」
注文の品を届け、その店先から離れようとした時だった。
『八月十七日 納涼夏祭り大会』
と書かれたポスターが目に付いた。
(……祭りか)
もう五、六年も行っていないだろう。相当な人ごみだろうし、自分から進んで行く気はしない。
「………」
花火をバックに文字の書かれたそのポスターから目を離し、俺は自分の家へと向かった。
「――ねえ、明日夏祭りだね?」
夜中、食卓の席で恵美がそんなことを言い出した。
「……心のどこかで覚悟はしていたが、こうもハッキリと言われるとやはりショックだな」
「えっ?」
「いや、こっちの話しだ」
「でさ……」
「わかった、一緒に行くよ」
「? やけにアッサリね。もっとごねるかと思ったのに」
「なんか、抵抗しても無駄のような気がしてな」
「まあ、いいけど……。でも、久しぶりに夜店荒らしの腕が見られるのねー」
「『夜店荒らし』ってなあ……」
昔は調子に乗って、小手先の技で取れる景品を大分せしめたことがある。
金魚なんて大量にすくっても、あとで処理が大変なだけなのに。
「明日も部活だけど、祭りは夕方からだから問題ないわね。涼一はどうせずっと家にいるんでしょ?」
「まあな……。他の人間とかは呼ばないのか?」
「うーん、たまには二人でゆっくりするのもいいじゃない?」
「……まあ、いいか」
というわけで、俺は明日久しぶりに夏祭りに行くことになった。
(……できるだけ楽しんでみるか)
―――翌日
夕刻。
「――じゃ、行こ!」
約束通りきっちり家に帰ってきた恵美を連れ、俺は夏祭りの会場へと向かった。
「……随分楽しそうだな?」
「えへへ、二人っきりで遊びに行くの久しぶりだから」
「そう、だったかな……」
「うん」
会場へと辿り着く。予想通り人は溢れていたが、とりあえず我慢しよう。
「――あっ!? あれやって! ねえ?」
恵美が指差すのは、夏祭り定番の射的屋だった。
「ああ、あれか。何か欲しいものでもあるのか?」
「んーとね……あれ! あのヌイグルミ!」
そう言われて見ると、そこには大きなキャラクターもののネズミの人形があった。
あれがコルク銃で本当に落とせるのかどうか、些か疑問ではあったが。
「……わかった。じゃあ、とりあえずやってみるか」
「がんばってー!」
店の人に金を払い、一丁のコルク銃を手に取った。
「全部で五発か……十分だな」
「おっ? ニーチャン自信あるね」
「……景品を倒せばいいんだな?」
「ああ。ちょっと傾いただけじゃだめだぞ?」
「わかった」
俺はコルク銃を構え、景品に狙いを定める。
――ぱん!
「あっ!? おっしーい!」
撃った弾は、景品のわずか左にそれてしまった。
「はーい、はずれー。あと四発だよお客さん」
「……今ので修正照準角がわかった。思った通り合っていないな、これ」
「え?」
――ぱん!
今度はちゃんと命中させた。だが……。
「ちょっとー! 当たったのに倒れないなんてずるいわよー!」
多少ぐらついたが、重心が安定しているせいか倒れなかった。
「いやー、お客さんの腕が悪いんですよ。そうそう、あのマッチ箱なんか狙い目ですよ?」
「……なるほどな、そういうことか」
言わばあれは、客を寄せ付けるための餌ということか。
元々コルク弾の一発で倒れないのを承知で、あそこに置いてあるのだ。
(ならば、一発じゃなければいいんだな……?)
残るは三発。一つを銃に込め、残りを手の中に持つ。
――ぱん!
まずは一発。当たった反動で景品が前後に揺れる。
――ギュ…! ジャキンッ!
素早く弾を込めなおし、景品に狙いを定める。
(……今だ)
――ぱん!
景品の体勢が向こう側に傾く瞬間、すかさず二発目を当てた。
――ぐら、ぐら……
体勢が整っていないうちに弾を当てたので、景品はさらに大きく揺れる。
「えっ? ちょ、ちょっとお客さん……」
(残り一発……これで倒れてくれればいいが)
同じ要領で弾を込め、大きく揺れる景品に狙いを定める。
――ぱん!
最後の弾を当てる。景品は大きく向こう側に傾き……。
「やったー! 取ったー!」
なんとか倒すことが出来た。
「……やるな、ニーチャン。本当ならプロはお断りなんだが、連れの彼女に免じて許してやるよ」
そう言って店主は人形を俺に手渡した。
「……安心してくれ、もう来ないだろうから」
「たのむよ? あんたみたいのが来たら、商売あがったりだからなー」
コルク銃を置き、恵美の方に振りかえる。
「さっすが! 涼一ねー!」
「これくらいで騒ぐな……ほら、景品」
「うん、ありがと……大事にするね」
「ああ」
そして俺達は射的屋から離れた。
「……そういえば、涼一からヌイグルミもらうのこれで二回目かな?」
「そうだったか?」
「ほら、前にクレーンゲームで」
「ああ……そんなことも、あったな」
それほど昔のことではない過去を思いつつ、俺達は人の群れの中を歩いた。
さっそく新作ゲームを手に入れて遊んでいるというときに、
無理矢理姉ちゃんに引っ張り出されてしまった。
「――あれ! あれ食べたーい!」
「姉ちゃん……たしかにおごると言っちゃったけどさ、何も夏祭りの屋台じゃなくてもいいだろ?」
「何言ってるの? こういう時じゃなきゃ、食べられないのたくさんあるんだから」
「まったく、甘いのばっか食ってると太るぞ……」
それなのにちゃんとした体型を保っているのだから不思議だ。
植物いじりってのは、そんなに運動するものなのだろうか?
「これー、わたあめほしいー」
「はいはい、わかったよ……」
仕方なくそれを一つ買い、さっきからうるさい姉に与える。
「うん、おいしー」
心底嬉しそうに食べる。とりあえず、これがなくなるまでは静かだろうけど。
「せっかく来たし、俺もなんか遊ぶか……」
その辺を見渡し、なんか楽しそうなものを探す。
「……お? 射的屋発見。男はやっぱり、ああいうのだなー」
さっそく俺はその屋台に近づく。
「もふもふ……」
見ると、わたあめを食べながらも姉はちゃんと付いて来ていた。
(……この人ごみ、はぐれたら最後だしな)
その辺はよく分かっているらしい。
まあ、財布の俺がいなくなるのが嫌なだけかもしれないけど……。
「おじさーん、一回やらせて?」
「あいよ……お客さん、プロじゃないだろうね?」
「えっ? 何それ?」
「いやー、そうじゃなきゃ別にいいんだよ。いやね、さっきとんでもないのが現れてねえ……」
「へえ、そいつに景品たっぷり持ってかれたってやつ?」
「いやいや、持ってかれたのは一個なんだ。
ただそれはでかくて重いから、絶対に取られないと自身があったんだよ」
「ふーん……って! 取れない景品置いとくなよオッサン!」
「いや、ははは……さて、弾は全部で五発! さあ、狙った狙った」
「インチキじゃねえだろうな……」
やっぱりインチキだった。何せ狙っても弾は景品にかすりもしなかったから。
「はーい、残念。また来てねお客さん」
「誰が来るかよ……」
その『プロ』ってやつ、どんなやつか見てみたいもんだ。
「惜しかったね、敏樹」
「あれ絶対インチキだって! 当たんねーもん!」
「でも、ほら……」
――ぱん!
「おめでとー。はい、景品」
屋台の様子を見ていると、他の客はちゃんと景品を取っていた。
「なんだよ……結局俺が下手だったんかよ」
「よしよし、気を落とさないの」
「ええい! 誰がこんなので落ちこむか! 次行こう、次!」
「はーい。あっ、かき氷食べたいなー」
「………」
姉のその食欲に呆れつつ、俺達は他の屋台へと歩き出した。
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