「やっと帰って来たあ……」
駅から出ると、おもわず声を出してしまった。
「……ずいぶん、健康的な生活だったよな」
朝決まった時間に起こされ、仕込みから手伝わされる。
昼過ぎまであわただしい時間を過ごし、夕方に親戚の家へと帰る。
特にすることがなく、また朝があるのでさっさと眠る……。
「あー……潮の香りがしなくていいよ、ほんとに」
夏休みはあと半分。これからでも、なんとか人並みに夏を満喫したいところだ。
「さーて、とりあえず……」
今日はさっさと帰って休み、明日からから遊びまくろう。そう思って俺は家に向かった。
(バイト代もたんまりもらったし……)
今年は暑かったせいか、客がかなり多かった。
おかげで目の回る様な忙しい日もあったけど、それ相応にバイト料も上がった。
これがただのお小遣い程度だったら、即来年から手伝い断っているとこだった。
「……ああ、新作出てるんだろうな」
ゲームショップの前に来てつぶやく。
でも今はこれ以上荷物を増やしたくないので、俺は仕方なく通りすぎた。
「――ただいまー」
やっと辿り着き、久しぶりに我が家の玄関をくぐる。
親戚の家の慣れない匂いとは違い、なんとも落ちつく感じがした。
「……出迎えなしかよ、出稼ぎに行ってたのに冷てーな」
仕方なく荷物を抱えなおし、俺は自分の部屋へと向かった。
「――おわ!?」
ドアを開けると、俺の部屋には見なれない観葉植物が置かれていた。
「ったく……。姉ちゃん! 姉ちゃんいるかー?」
廊下を渡り、姉の部屋に向かう。
――コン、コン
「……敏樹? 帰ってたの?」
ドアをノックすると、中から声が聞こえた。
「帰ってたの、じゃないって。なあ、入っていい?」
「うん、いいよー」
返事を聞き、俺はドアを開けた。
「なあ、勝手に俺の部屋に観葉植物置くなよ」
「ごめーん。場所なくて、ちょっと置かせてもらってたの」
「まったく……だったら買ってくるなよ」
「だってー、欲しかったから……」
植物依存症とも言える姉は、一時といえども木や花を見ていないと落ち着かない。
授業中でさえ窓から木々を眺めている。
この部屋も緑ばっかりで、今に酸素中毒でぽっくり逝くかもしれない。
……ちょっとこれはオーバーかもしんないけど、とにかく植物好きなのは確かだ。
「過酷な手伝いをして帰ってきたんだから、出迎えくらいしてくれても良かったろ?」
「だって、今日帰ってくるって知らなかったから」
「……母さんは?」
「お買物に行ってる。夕方に帰ってくると思うよ」
「まあ、いいよ……。あれ後で片付けてね」
「えー、なんで?」
「元々俺の部屋! 帰ってきたから使うの!」
「飾ってたっていいじゃなーい、敏樹の部屋にぴったりだよ?」
「今までそう言われてたくさん飾ってあるから! もういいって!」
「もったいないのー……」
「価値観が違うんだって、姉ちゃんとは」
「はーい、わかりました。じゃあ後で引き取りに行くね」
「絶対だよ? もう……」
ぶつくさと言い、俺は姉ちゃんの部屋を出た。
「……高校三年にもなって、子供みたいなんだから」
自分の部屋に戻ってベッドに横になる。
懐かしいこの感触、この部屋ならうるさい蚊の心配も少ないだろう。
「さあて……荷物の整理でもするかな」
ベッドから起きあがり、道中邪魔になってたバッグに手を伸ばす。
「まずは着替えと……ほとんどやんなかった携帯ゲーム。あとは……」
――コン、コン
「姉ちゃん? いいよ入って」
そう言うとすぐにドアが開いて、姉ちゃんが部屋に入ってきた。
「おじゃましまーす……あれ? それ何?」
「これ? お土産だよ。おばさんが持っていけってさ」
――ガサガサ……
「ああ、干物か」
向こうで散々食ったものだった。今更渡されても、すでに飽きていて食べる気はしない。
「へぇー?」
「持ってっていいよ。俺はいいから」
「いいの?」
「うん。家族の連中と食っちゃって」
「ありがとう、敏樹……あっ、そうだ」
そう言って姉ちゃんは干物を受け取ると、何かを思い出したかのような表情になった。
「ねえ、浅田さんって知ってる?」
「えっ? 何?」
「浅田さん。お友達なんでしょう?」
「あ、うん……まあ」
「その人とね、この間図書館で会ったのよ。いや、そうじゃなくて……もっと前にも会ってたんだけど」
「なんなの? わかるように説明してよ」
「んーと……」
たどたどしい説明だったけど、それなりに浅田とのいきさつはわかった。
球技大会でたまたま出会い、その後夏休み中に図書館でも会ったらしい。
もっともそれは、姉ちゃんの友達の月原先輩が見かけたからだそうだ。
まず、その人と知り合いだったというから驚きだ。
「――添え木の手伝いを? それに勉強まで?」
「うん。いい人ね、浅田さんって」
「まあ……そうらしいね」
俺の知らない所で、浅田は他人に好感を持たれているみたいだった。
(つーか……あいつを嫌ってる奴っていうのは、モテない男子くらいじゃねーの?)
その一人に俺も入るのだろうか?
別に心底嫌っているわけじゃないけど、まあ……友達でもいいかなって部類で、
でもあいつは高宮さんに好かれてて……。
(……あああっ! そんなことは今はいい!)
「それでね、優なんかめずらしく意識しちゃって。
男の人を前にしてあんな態度取るの始めて見ちゃった」
「へぇ……あの堅物生徒会長が?」
「堅物はないわよー」
「だって、みんな言ってるし」
これは新崎が聞いたら卒倒するかもしれない。まあ、親友として黙っておこう。
「でも、三年生の勉強ができるなんて頭いいんだね。クラスでもトップとかじゃないの?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「違うの? 勉強できるのに」
「でも……たまに度肝抜かされることあるけど」
「どういうの? 聞かせて聞かせて」
「あのね……」
前にあった、浅田が手を怪我してテストを受けた時のことを話した。
「ええっ!? それって答えも完璧で、しかも丸暗記してたってこと?」
「ああ。クラスのみんなが注目してたから、インチキとかは絶対になかったよ」
「すごーい……でも、なんで?」
「さあ、俺もよくわからないよ……」
普段人目を避けているのは何やら複雑に事情がありそうだけど、俺なんかが聞くことじゃないと思う。
第一、この頃は友達と楽しくやっているようだから。
「……まあ、変わった奴ってことは確かだろうね」
「でも、いい人ね」
「あー、わかったって」
女性にはずいぶん人気あるらしい。俺とは大違いだ。
(人間の差ってやつか……)
でも、なんか不公平だ。一人くらいまわしてくれたっていいだろうに……。
「えーと……じゃあ、お土産持って行くね」
「ああ」
「……あのさ、敏樹」
「何?」
「ごめんね、出迎えなくて……知ってたら駅まで行ってたのに」
「いいって別に、子供じゃないんだから」
「でも、一生懸命働いてきたのに……」
「いや、その分バイト代もらってるから気にしなくていいって……
そうだ、今度姉ちゃんの好きなものおごるよ」
「本当!?」
「うん、パフェだろーがクレープだろーがなんでもいいからさ」
「やったー! 約束だからねー」
「うん、約束する」
「ありがとー。じゃあ、また後でね」
――バタン
そう言って姉ちゃんは部屋を出て行った。
「ふう……」
一息つくために、またベッドに横になる。
「……あれ?」
(なんか、忘れてるような……?)
ふと部屋の中を見渡すと、夏休み前にはなかった観葉植物が……。
「……姉ちゃん!? 木、忘れてるっ!」
俺は跳ね起き、また姉の部屋へと向かった。
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