第八十三話 「道化の騎士〜そのE〜」


「……白峰さん、もともとこの試合は五人対五人だったでしょう?」

 慎也が白峰に向かって言った。

「ああ……。だが、彼女のところには門下生はいないからな。
 仕方なく一人を相手に闘ったんだ。文句は言わせないぞ」
「ええ、わかってますよ……」
「何が言いたい、小僧?」
「僕は一時的ながらも彼女の道場の門下生だ。だから、試合をする権利はある!」

 その言葉に、場内みんながあっけに取られた。この格闘技の素人が、道場主を相手に闘うのだから。

「ば、ばか! あんたが闘えるわけないじゃないの! 余計なことはしないで!」
「雪那さん……僕は」

 すると一人の男がやってきて、慎也に文句をつけてきた。

「ニイちゃん、彼女の前でカッコつけたいのはわかるけどよ。素人がでしゃばらないほういいぜ」
「そうかな?」
「ああ、俺を相手にしただけでテメエなんか……」

(危ない! 逃げて……!)

 そう思った瞬間。

――ゴスッ!

「う、ううう……」

 相手の男が床に崩れ落ちる。

「テメエなんか……なんなのかな?」

 その光景を見て、慎也を嘲笑していた道場の者が目をむいた。

「……おい、おまえ格闘技経験者か?」
「まーね、恥ずかしながら」

 そんなこと知らなかった。すると、今までの彼は偽りだったのか? 本当は強かった……?

「ふん、いいだろう……相手をしてやる。ちょっと空手ができるからといって、甘く見るなよ」
「ええ、わかりましたよ。でも、ちょっと待っててね」

 すると彼は、あたしを抱えて道場の隅に移動させた。

「……慎也、あんたは」
「ごめん、今までウソついてたことになるね……。
 許してくれとは言わないよ。でも今は、あいつを倒すのが先決だよ」
「でも……!」
「キミの闘いをじっと見ているはずだったけど、予定が変わってしまった。
 お願いだ、闘わせてくれ」
「……うん」
「ねえ、僕が勝ってもいいかい?」

 慎也があたしの目を見て聞く。そんなこと、聞かなくてもわかることなのに。

「……勝って! あいつをぶちのめして!」
「オーケー、じゃあ言ってくるよお姫様。そうだな、お礼はキスがいいな〜」
「ば、ばか……こんな時に」

 そう言って慎也は向こうに行ってしまった。その後姿が、今までより大きく見えた。

(慎也……あんたは、一体……)

 痛む身体よりも、そのことが気になってしょうがなかった。

「……じゃあ、やりましようか?」
「おい、胴着に着替えなくてもいいのか?」
「ええ。とある親友に見習って、このままで闘ってみようと思ってね」
「ふん……言っとくが、手加減はせんぞ!」
「こっちもそのつもりだ!」

 そして二人が激突する。

――ガッ!

 それは、一目見ただけでわかるハイレベルな試合だった。

「――つぇいっ!」

 あの白峰と慎也が互角に闘っている。双方、一歩もひけを取らない。

「――はっ!」

 慎也のコンピネーションが決まる。

「くっ……!」

 それが白峰に通じている。ダメージはちゃんと通っている。

(慎也……がんばれ!)

 あたしの身体は、すでに声も出せない状況だった。だけど、この試合だけはこの目で見ておきたい。

「――であっ!!」

 白峰のするどい蹴りが放たれる。

――ガシッ!

「なっ!?」

 白峰の左脚は、慎也の右肘と右膝に挟まれていた。

「ぐっ……!」

 慌てて引き戻す。だが、確実に脚は負傷していた。

「女の子を寄ってたかってイジメやがって……」
「く、くそ……!」
「貴様だけは許さん! 僕の怒りを食らえっ!!」

 その瞬間、慎也のマシンガンのような連撃が白峰に襲いかかった。

「う、ぐ……!」

 その猛攻に耐えきれず、白峰がよろめく。

「――ひゅうっ!」
 
 鋭い息吹と共に、止めの正拳が入った。

「……終わりだ」

 その言葉通り、白峰は崩れた。

「き、貴様……何者だ!?」

 白峰が突っ伏しながら聞いてくる。そのことは、あたしも知りたいことだった。

「……瑞樹道場師範代、瑞樹慎也」
 
 その言葉に、道場の人間全員が驚いた。まさか、あの瑞樹道場の人間だったとは……!

「瑞樹道場だと!? なんでそんなやつが、あの女のところにいるんだ!」
「言っただろう? 誘われたってな。……それに、彼女とは友達だからね」

 そして慎也はあたしの方に振り向く。

「おーい、勝ったよ〜!」

 そう言って無邪気に手を振った。あたしもそれに応えたいけど、あいにく身体が動かない。

「しん……や……」

 そしてあたしの意識は、そこで薄くなっていく。

「……!」

 慎也が何か叫んだようだったけど、それを聞くことは出来なかった。


―――病院


「……?」

 見ると、ようやく彼女が気がついてくれたようだった。

「よかった! 気がついたんだね。もうずっと眠ったままだったから、心配したよ〜」

 ベッドに寝かされている彼女の姿は、包帯やら何やらでとても痛々しかった。

「ここは……? あたしは一体……」
「大丈夫、ここは病院だよ。安心して」
「そうだ! 試合は……」
「だ、だめだって! 起き上がらないで!」

 僕は慌てて彼女を寝かしつけた。

「……試合は、勝ったのよね?」
「うん、まあね……」

 これから彼女は、僕に対して今までのことを聞いてくるだろう。
 どうして彼女の下に来たのか?
 どうして今まで素人の振りをして騙していたのかと……。

「そう……よかった」
 
 すると彼女は、それだけを言って黙ってしまった。

(あ、あれ? 予想外……)

「……あの〜」
「何?」
「いや、その……そうそう、親戚の親戚の人達が来てくれて、今入院手続きしてるよ」
「そう……」

 僕から切り出すべきことなのだろうか? しかし、なんとも気まずい雰囲気だ。

「いや……」
「あのね」
「えっ?」
「あたし、あの道場閉めることにする」
「閉めるって……潰しちゃうの!?」
「ええ。もう、必要ないわ……」
「で、でも……!」
「父さんとの思い出は、心の中にあるから……。
 もう、いいの。これは前々から決めていたことだから」
「そう、なんだ……」
「……それでね、お願いがあるの」
「えっ? なんだい?」
「あたしを……瑞樹道場に入門させてほしいの」
「うちに!?」
「お願い……!」

 彼女は真剣な眼差しで僕を見つめた。
 この目は、僕に入門してほしいと頼んだあの時と一緒だった。

「……ははっ、いいに決まってるさ!」

 女の子の頼みは断れない。それが僕だ。

「本当?」
「うん、キミみたいな子なら大歓迎だよ。でも身体が治ってからね」
「慎也、ありがとう……」

 これで僕は、自分の道場を楽しみながら行くことができる。
 彼女の申し出は、こっちから頼みたいくらいだった。

「そうだ、白峰のやつは?」
「ああ、大丈夫だって。ちゃんと話しをつけといたから」
「話しを? あいつがそんな……」
「安心して、本当に大丈夫だから。もうキミに危害は加えさせない」
「わかった、慎也がそう言うなら……」

 そう、あいつらはもう彼女に手を触れさせない。なんたって、うちに入門したんだから。

「ごめん……眠くなってきた」
「ああ、そうだね。ゆっくる休むといいよ」
「待って、その前に……慎也、顔をよく見せて」
「えっ? いいけど……」

 そう言われて僕は彼女の顔に近づいた。

「もうちょっと近く……」
「でも、一体?」

 もしかして、あの試合で目が悪くなったのではないか? そう思った時だった。

――すっ……

 一瞬だけ彼女の頭が持ちあがり、僕と重なった。

「あっ……」

 その出来事に、僕はあっけに取られてしまった。

「……言ったでしょ? お礼はキスがいいって」
「う、うん……」

 まるで僕は思春期の中学生のようにドキドキしてた。
 不意を付かれてしまった、と言うのは言い訳だろうか?

「じゃあ、あたし寝るね。色々ありがとう……」

 そう言って彼女はまぶたを閉じた。

「………」

 なんとも言えない気分になり、僕は病室を後にした。
 
「――よお、何てツラしてんだ?」

 すると、病室のすぐ外で正弘が立っていた。

「ベ、別に。どうもしないさ〜。……しかし、間に合ってくれて良かったよ」
「いきなり電話が来たと思ったら、道場のやつら連れて白竜館に来い! だもんな……。
 師範代の命令じゃなか聞かねーぜ?」
「職権乱用〜」

 そう、彼女が四人目あたりで苦戦していた時、万が一のためにこっそり家に電話していたのだ。

「着いた頃には、オマエが白竜館の人間に囲まれてたからな。慌てて中に踏み込んだぜ」
「いや〜、まったくどうなることかと思ったよ。さすがにあれだけの人数は相手にできないからね」

 あの後、奴等はかなり殺気立っていた。
 僕は彼女を抱えながら、これからどうしようか思案していたところで正弘達が現れてくれた。

「……それで俺達呼んで、やつらに脅しかけたのか?」
「二度と彼女に関わるな! そうしたら、僕達が相手になる! まったく、我ながらいいセリフだったね」

 こちらが全員瑞樹道場の人間と知って、向こうの連中はかなりびびってた。
 いやはや、うちが有名だったのが幸いだった。

「なんとか乱闘にならずに済んだが、こんなの師範に知られたら……」
「まあ、いいんじゃない? 悪いのは向こうだし。
 それに、おかげでうちに優秀な空手家が入ることになったから」
「? それって……」
「今病室で眠ってる彼女さ。才能あるよ?」
「まあ、いいけどよ……」
「じゃあ行こうか? 一応父さんに報告しないと」
「そうだな。でもオマエ、彼女のところに居なくていいのか?」
「うん……。危機の去ったお姫様には、もうナイトは必要ないからね」
「はっ、言ってろ……」

 そうして僕は親友と二人で歩き出した。
 いずれ元気になって僕の前に現れる、彼女のことを想って。