「……ここだ」
そのビルは、ジムやフィットネスクラブなどのスポーツ関係のテナントが入っている。
「ええと……一階だね、白竜館は」
慎也がその場所を見つめて言った。
「じゃあ行くよ」
「あ、待ってよ〜」
あたし達はその日、試合するべく白竜館へとやって来た。
「やあ、時間通りに来ましたね。……おや、二人だけか?」
出迎えた白峰があたし達を見て言った。
「いや、彼はただの立ち合い人だ。試合はあたし一人でする」
「たった一人で、俺達五人と試合をするつもりか?」
「ああ、そのつもりだ」
わかっていたくせに、白峰がわざとらしく言う。
「まあ、いいだろう。そちらがよろしければね……」
向こうは、すでに勝っているかのように自信だ。
(……その鼻っ柱を叩き折ってやる!)
そう思い、あたし達は道場の中へと入った。
「うわ……」
慎也がその状況を見て声を洩らす。
道場内には四十人ほどの胴着を着た男達がいたが、
態度からして空手家とはほど遠いチンピラみたいなものだった。
「更衣室は向こうだ」
「わかった……。慎也、ちょっと待っててね」
「早く戻って来てね〜」
ロッカールームに入り、バッグから胴着を出した。
(父さん……)
帯を握りしめて思う。どうか、この闘いに勝てるように見守っててほしい。
「よしっ!」
気合を入れ、あたしは胴着の袖を通した。
「――でしてね、強引に誘われちゃいましたよ」
「いやー、災難だなおまえも」
「そうでもないですよ。ほら、あの子中々……」
戻ると、慎也が道場の連中と話をしていた。
「慎也! 敵と仲良くなるんじゃない!」
「うわ、とと……それじゃ」
敵の元から連れ戻し、部屋の隅に置く。
「ここで大人しくしていて。くれぐれも、あいつらを刺激するようなことはしないでね」
「はーい、わかりました。じゃ、応援してるからね」
「うん……まかしといて」
うなずき、あたしは慎也から離れた。
「おまたせ。始めていいわ!」
道場の中央に立ち、白峰に向かって言い放った。
「やれやれ……今なら怪我をせずに済むぞ?」
「あたしは闘うと決めた! 今更変える気はない!」
「……なら仕方がない。おい、相手をしてやれ」
そう言われて、一人の男が出てくる。
「こいつを含めて四人に勝てれば、最後に俺が相手をする」
「わかった。どうせアンタは最後だろうと思ったよ」
「ふん……」
そしてあたしは相手と向かい合って構える。
「始め!」
掛け声と共に、試合が始まった。
「――てあっ!」
向こうはいきなり手を出してきた。どうやら早めに決着を着けようとしているらしい。
「………」
だけどあたしはそれを落ちついて見極める。ここで焦ってやられたら元も子もない。
「――はあ!」
的確に攻撃を当て、相手を沈める。一人目なのでまだまだ余力は残してある。
「おい、次!」
するとすぐに二人目が出てきた。
「へっ……」
まだ向こうは余裕のようだ。今にその表情を変えてやる。
「――たあっ!」
二人目を倒したが少し手間取ってしまった。やはり油断はできない。
「ふん、中々やるな」
「こんなザコ、相手じゃない!」
「その強がりがいつまで持つかな……」
――ビシッ、ビシッ……!
三人目は、執拗に足元を狙ってきた。
「くっ……!」
どうやら、勝ちは狙わずにあたしの体力を消耗させる作戦に来たようだ。
「――てやっ!」
このままではまずいと思い、あたしは急遽ピッチを上げた。
「ぐう……」
相手が崩れ落ちる。あと二人。
「雪那さ〜ん! がんばれ〜!」
慎也の応援が聞こえた。
「はあ、はあ……」
しかしあたしは、息切れで応えることもできなかった。
「四人目行け! 叩きのめせ!」
白峰は徐々に焦り始めている。あたしがここまで善戦するとは思っていなかったのだろう。
「――せいやっ!」
四人目は今までのとは違い、やつらの中でもかなり大きな体格だった。
「――てい!」
かなりタフなようで、こちらの攻撃にびくともしない。
「ふんっ! こいつは今までとは違うぞ!」
何やら白峰の得意げな言葉が聞こえたようだが、あたしはそれに構っている所ではない。
「くそっ……!」
こんなところでやられるわけにはいかない。こいつを叩き伏せ、白峰と闘うのだから。
――バキッ!
「うっ……」
今の脚への一撃は、最悪骨にひびが入ったかもしれない。
(だが、あたしは……!)
「――てやあっ!」
気合と共に拳を打ち出す。
「――はっ! ぜあ!」
連続攻撃を叩き込み、なんとか四人目を床に沈めた。
「はあ、はあ……」
だが、あたしにはほとんど余力が残っていなかった。もう立っているのがやっとだった。
「なあ、もう無理だろう?」
「まだだ! まだ……いける!」
足に走る激痛に耐えながら叫ぶ。ここで止めては、なんのためにここに来たのかわからない。
「言っても無駄のようだな、ならば俺が相手をしてやる」
そう言って白峰が前に出てきた。
「……白峰、一つ聞きたい」
「なんだ?」
「あの日道場にくる前に、父さんの会ったのか?」
「ああ。ちょっと武道家としての挨拶をな」
「何が……何が挨拶だ!」
やはり、あの時の暴漢は白峰だった。
「この卑怯者!」
「……体力回復のための時間稼ぎは終わりだ。さあ行くぞ!」
――ダッ!
やはり白峰は今までやつらとは違った。
「――ちぇい!」
その攻撃は速く、骨の髄まで響くような攻撃だった。
「うっ……!」
怪我と疲労を重ねた身体には、その攻撃を耐えきれなかった。
「せ、雪那さん!」
後ろから聞こえる慎也の声が悲痛なものに変わる。
もはや見た目にもあたしの身体はぼろぼろのようだ。
「まだ、だ……」
気を焦らせても、身体が付いて行かない。
「さあ! 降参しろ!」
「くっ……」
負けたくない。でも悔しいが、白峰の実力は本物だ。
たとえベストの体調で闘っても勝てるかどうか……。
「……いやだ! あたしは負けない!」
「減らず口を、現実を見ろ!」
――ガッ!
強烈なローキックが脚を襲う。
「あっ……」
その一撃であたしはがくりと膝をついた。
「くっ、まだ……」
懸命に動かそうとしても、脚が言うことを聞かない。
「……!」
いや、脚だけではない。身体中のあちこちから悲鳴が聞こえる。もう動くことができない。
「もう、終わりだな」
白峰が見下して言う。
「その身体ではもう立てない。いい加減あきらめろ」
「………」
「これからはうちの大事な人材だからな。再起不能にさせるわけにはいかないんだよ」
「くっ……!」
すると見かねたのか、慎也があたしのところにやって来た。
「雪那さん! ああ……こりゃひどい」
「………」
「これじゃあ、とても闘えないよね?」
「その通りだ。よってうちの勝ちだ」
「くっ、仕方ない……」
もうあたしには無理だ。これで、白峰の軍門に下るしかない。
(ごめん……父さん)
「……雪那さん、勝ちたい?」
何を思ったのか、慎也がそんなことを聞いてきた。
「ねえ、どうしても勝ちたい?」
今更どういうことだろう。こんな状況で、勝てる要素なんて何一つないのに。
「雪那さん……」
「勝ちたいわよ! どうしても、どうしても……」
口に出すと、悔しくて涙が出てきた。
「どうしても勝ちたい……死んだ父さんのために、あたし自身のために……」
でも、もはや無理な問題なのだ。
叫んで泣きじゃくってもしょうがないことなのに、誰かにすがりたくてしょうがなかった。
「……わかったよ」
すると、慎也がそうつぶやいた。
「えっ……?」
その顔は何かを決心したかのように険しい顔だった。
彼のこんな表情、今まで見たことがない。
(一体、何を考えているの?)
そして彼は立ちあがり、白峰と向き合った。
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