第七十八話 「道化の騎士〜その@〜」

「ばいばーい、慎也くーん」
「じゃーねー」

 その子達は、これから他の子達との用事があるといって帰っていった。

「ばいばい、と……」

 一人になった僕は、適当に街中をさまよう。

「なーんか、空虚だね〜」

 夏休みに入って、あの海の日を過ぎてからみんなと会っていない。当然、涼一君とも。

「いやはや僕としたことが……」

 他の女の子達といるより、あのグループにいる割合が高くなっている。
 あの中にいると、自分の役割というものが確立されていて、とっても居心地がいい。

「……でも、ピエロ役も楽じゃないね〜」

 ここはひとつ、何か活躍する場面が欲しいものだ。

「――おまえら、あたしになんの用だ!」

 と、女の声が聞こえた。

「おや?」

 ふと足を止めると、普段は人気のない路地裏向こう側の方に何やら人だかりが見える。

「声からして、若い……同世代くらいの女の子。それでいてこの状況は……?」

 囲んでいるのはずいぶん体格のいい男達。相手の女の子は一人のようだ。

(さて、これから僕がすべきことは……)

 1.『見なかったことにし、さっさと帰る』
 2.『有無を言わせず、男達をなぎ倒す』
 3.『とりあえず仲裁に入り、どういう状況か見極める』

(涼一君なら『1』で、正弘なら『2』ってとこかな。……となると、僕は『3』だね) 

「はい、ちょっとすみませ〜ん」
「ん? なんだお前は?」
「いやいや、こういう状況を見たら男として黙っていられないってやつで……」 
「ああ、そう見えるか? 大丈夫だって、身内の話だからよ」
「そー、そー」

 うーむ、意外な反応だ。突っかかってもらった方がまだ対応しやすい。

「キミ、そうなのかい?」

 当事者であろう女の子に聞いてみる。

「その通りだ、素人は引っ込んでろ!」

 えらい強い剣幕で返された。

「お嬢さん、我々は喧嘩をしに来たんじゃないですよ。ただ忠告として……」
「だまれ! お前等の言うことなんて聞くものか! あたしを無傷で引き抜こうって魂胆だろう」

 中々話が見えない。

「ねえ、あんた」
「えっ、僕?」
「この場から早く離れて。まきぞえを食らっても知らないよ……!」

――バキッ!

 と言ってるそばから、彼女は目の前の男を叩き伏せる。

「くそっ! こっちが大人しくしてりゃあつけ上がりやがって!」

 それが合図だったように、男達が一斉に彼女に襲いかかる。

「えっ? えっ?」

 あまりにも急な出来事に、僕は一瞬立ち尽くした。

――ぐいっ

 すると、彼女が僕の手を掴んだ。

「こっち来な!」
「あっ……」

 引きずられるように僕は彼女に引っ張られて行った。

「待てこらぁ!」

 後ろからは、なんとも怖げな男達が追ってくる。

「ちょ、ちょっと……」
「しゃべるな! 説明はあと!」

 路地から路地へと逃げ込み、なんとか男達を振りきったようだ。

「はあ、はあ……。なんなんだよ、一体?」
「あいつらは一度怒り出すと見境がつかなくなる。
 あのままいたら、あたしもあんたも無傷じゃ済まされなかった」
「うわ、怖いね〜……あれ? てことは助けられたのかい、僕は?」 
「そうかもね。まあ、勝手に首突っ込んできたのが悪いんだけどね」
「あい、反省します」

 あの時の動きを見ると、この子は空手をたしなんでいるようだ。あの男達もそんな雰囲気がした。

「でもまあ、あの状況にのこのこ現れるなんて勇気があるわよ」
「いやいや、ただのおせっかいさ」

 あの程度の男達なら勝てる自信があった……とは言いづらくなってきた。

「でもさ、なんであんな状況になっちゃったのかな? 良かったら聞かせてくれない」
「他人のあんたに話してもしょうがないよ……。
 あたしと一緒にいるところを見られると、あんたまで目を付けられるから早く消えた方が良いよ」
「うーむ、そう言われましても……」

 普通なら面倒そうなこの状況からさっさと逃げ出すだろうけど。この子は……。

(……めっちゃ可愛いんだよ!
 ちょっと態度はきついけど、このまま別れるなんて惜しいことできないさ!)

 その顔とスタイルに見とれながら、僕は逃すまいと話し掛けた。

「いやさ、ここで会ったのも何かのの縁だし……僕は慎也って言うんだ。キミは?」
「雪那……『榊 雪那 (さかき せつな)』」
「僕の名前が慎也、キミの名前が雪那さん。これでまあ、まんざら知らない仲でもなくなったね」
「ふふ、面白い男ね。あんたって」
「おっ、いいねその笑顔! 今日一番の収穫だよ」
「あのね……まあいいわ。慎也、あんた空手とかに興味ある?」
「空手?」

 ここで興味がないと言ってしまえば、そこでお終いだろう。当然答えは決まっている。

「うん、前々から興味はあるよ」

 一応ウソではない。多分。

「そう! じゃあ、うちの道場に寄っていかない?」
「道場?」
「うん、道場って言うのもなんだかおこがましいかも知れないけど……」
「いいよ。ちょっどヒマしてたから、どこにでもついてくよ」
「ありがとう……。じゃあ、さっそく行こうよ」

 成り行きとはいえ、彼女の言う道場に向かうことになった。

「雪那さんの家、空手道場やってるんだ?」
「うん。前はね……」
「前?」
「見ればわかるよ。ほら、あそこ」
「えっ? こりゃあ……」

 その建物は、なんともボロっちいものだった。
 手入れが行き届いていない庭に、所々割れた板が剥き出しの壁、修繕個所は数え上げたらきりがない。
 うちとはえらい違いだ。

「ここがキミの?」
「そう。あたしの家でもあり、道場でもある……。今ではご覧の通りさ、門下生もあたしただ一人」
「一人って?」
「まあいいじゃないか。とりあえず中に入りなよ。多少くらいは掃除してるからさ」
「あっ、うん……」

 女の子に自宅に紹介されて、こんなに気分が高まらないのは始めてだった。

「何もないとこだけど座って。あっ、なんか出さないとな……」
「いえいえお構いなく」

 中を見渡すと、それほど広くないはずの空間なのに本当に何もないから広く感じる。

「町道場に来るの始めてかい?」
「えっ? いや……」

 自分の家も道場やっているとは、とても言えなくなってきた。

「うちは、前はそこそこ人がいたんだ。
 お父さんが師範でさ、あたしも娘として門下生になってがんばってたんだ」
「うん」
「その門下生に『白峰 浩三(しらみね こうぞう)』って男がいたんだけど、彼がまたすごく強いんだ。
 昔は不良だったらしいけど、お父さんが更生のためにと空手を教えるようになったんだ。
 始めは嫌がっていたけど、そのうちめきめきと上達してきて、
 いつのまにか道場でも相手がいないくらい強くなった」
「それで?」
「その男強くなったのはいいけど、それを利用してさらに悪さするようになった。
 町の喧嘩は当然、ヤクザのボディガードとか危険なのばっかり……」
「うわあ……」
「それを見かねたお父さんが白峰に言ったわ。
 『その空手は私利私欲のために教えたものじゃない、金輪際外で使うのを禁ずる』って」
「でも、聞かなかった?」
「ええ。それで、白峰はお父さんに闘いを挑んだのよ。
 結果はすんでのところでお父さんの勝ち。白峰はその後道場から姿を消した……」
「……で?」
「一年後、白峰は戻って来た。もう一度お父さんに挑戦するために……
 でも、お父さんはその前の週に闇討ちにあったのよ! とても満足に闘える身体じゃなかったのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ? それってもしかして……」
「白峰がやったに決まってるわ! でも、証拠がなくて……。
 闘いを拒めなかったお父さんは、白峰に敗けてしまう。
 そしていつのまにかいた門下生も、白峰に引き抜かれてしまったのよ」
「………」
「そして白峰は自分の道場を作った。ビルの一角に、白竜館って名前のをね」
「ちょっと待って、お父さんは?」
「去年、身体を壊して亡くなったわ……。
 道場の経営が悪化して、色々苦労したから。元々お母さんもいなかったし……」
「ごめん……いやなこと聞いて」
「いいよ。あたしが話し出したことだから。それで、白峰はあたしを白竜館に誘い始めたの。
 素質があったあたしに目を付けたのよね」
「ああ! つまりさっきの奴等は……」
「白竜館の人間よ」
「なるほどね。やっと事情が見えたよ」
「……でも、あたしはそこに行くなんてまっぴら!
 お父さんに恩を仇で返すような奴の所に、誰が行くのよ!」
「そりゃ当然だね」
「でも、あいつはここの道場に目をつけてきた。
 ここを維持するには金がいるだろう? 自分だったらその工面をしてやってもいい……」
「なんて悪人だ! そもそも自分のせいのくせに!」
「うちの親戚の人がここを管理しているけど、やっぱり道場を維持するのは大変みたい……。
 でも、あたしはあそこに行くのはいや。
 それでも、あんまりにも勧誘がしつこかったから勝負することになったわ」
「勝負?」
「白竜館の人間と試合して、あたしが勝ったら手を引くこと。負けたら、白竜館に入る」
「ちょっとそれって……」
「分が悪いのはわかってるわ! しかも、五対五の勝負だし」
「五人!? キミのところの門下生はキミだけなんだろう? あっ、だから……」

 彼女が僕を誘った理由がわかった。

「そう。少しの間で言いから、うちの門下生になって」
「い、いや……」
「白竜館の人間と闘ってくれとは言わないわ。
 ただ一緒にいて、試合を見ていてほしいの。勝っても負けても、その証人に……」
「でも、僕は……」

 他の道場の人間で、しかも師範代……。

「お願い! 人助けと思って……」

 そう言って彼女は板の上に土下座をする。

「あ、いや……。頭上げてくれよ〜」

 正直参った。彼女がこんな危機に直面していたとは。

「あのさ、勝つ自信は?」
「白峰以外の門下生なら相手にならない。でも……」
「その白峰というやつには自信がない?」
「わからない……。実力はお父さんと同じくらいとして、今の私はそれくらいになってると思う」
「じゃあ、なんとかなるんじゃないか?」
「でも五人と勝負だから。体力が持ってくれれば……」
「ああもう、なんでそんな不利な勝負を受けたんだよ〜」
「おまえのところに、五人くらいは門下生はいるだろうって馬鹿にされて……。
 一人もいないなんて知ったら、ますます付け上るから……」

 彼女には同情もするし、助けてあげたいとも思う。
 一人ぼっちで、誰かにすがりたいと思っているに違いない。

(チャンス、って言えばそうだけど……)
 
「……見てるだけ?」
「ええ。あなたに危害を加えないようにする。約束する」
「いや、まあ……」
「お願いっ!」
「……わかったよ。わかったから、顔上げてよ。門下生になるから」
「本当!?」
「うん。少しの間だけだよ?」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
 
 そう言って彼女は、力強く僕の手を握る。

「いや、そんな〜。参ったな……」

 大変なことに巻き込まれてしまった。なんだか、涼一君の気持ちがわかったような気がする。