先日海に行ったことが嘘みたいに、どうにも暇な日が続いていた。
「なんだかな……」
自分の部屋に居ても暑いだけなので、俺は気分転換に外に出た。
(さて、どこに行くかな……)
今頃学校では、恵美とかがスポーツに汗を流していることだろう。ご苦労なことだ。
(……たまには図書館にでも行くか。新刊も入っているだろうしな)
そう思い、俺は市立図書館へと足を向けた。
――ウイィーン……
自動ドアをくぐると、中から流れる冷気を感じた。
「さて、と……」
室内に入り、辺りを見渡す。すると、夏休みのせいか人数は結構多かった。
(宿題でもやっているのか……)
ちなみに俺はとっくに終わらせている。外せる足枷は、早めに外しておきたいものだから。
「浅田涼一か……? こんな所で会うとはな」
しかし……、どうして俺を見かける人間はわざわざ声を掛けてくるのだろう。
たまにはそっとしておいて欲しいものだが。
「……俺もそう思うさ。生徒会長」
溜息とともに呟き、声がした方を振り向く。
「ふん。まあ、知識を追求するのに興味を持つ者が図書館に居るというのも
あながち必然的だとも言えるな」
「ただの暇つぶしだ。深い意味はない」
「それと外で、しかも休日に生徒会長と役職名で呼んでもらうのは止めてもらいたい」
「わかったよ、月原さん」
「あの〜……」
月原が座っているテーブルにいたもう一人が、おずおずと口を挟んできた。
「優、私にも紹介してくれないかな?」
「ああ、この男はうちの学校の二年の浅田涼一という者だ。
中々頭脳明晰で、計算力があるみたいだ」
「……そんな紹介は必要ない」
「浅田さんですか。どうも、始めましてー」
(……始めまして?)
「いや……どこかで、会わなかったか?」
「はい? 私ですか?」
「ああ、確か……」
そうだ、あれは球技大会の終わりに……。
「……花壇で」
「ああ!? 思い出しましたー! あの時の親切な方ですね? その節はどうもー」
「いや、別に……」
「どういうことだ?」
「あのですね、浅田さんは……」
そして月原に説明をする。
「ほほう、そういうことがあったのか?」
「……その分析するような目は止めてくれ」
「そうでした、自己紹介がまだでしたね?
私、『和泉 弥生 (いずみ やよい)』と申します。優とは友達なんですよ」
「和泉……?」
「ええ。二年に私の弟がいるんですけど、ご存知ありませんか?」
「まさか、D組の?」
「はい」
「……クラスメートだ」
「そうですかー! じゃあ、お友達なんですね」
「まあ……」
「ちょっと頼りない弟ですけど、どうぞよろしくお願いしますー」
「はあ……」
人の縁というのは、本当にどこでどう繋がっているかわからないものだ。
「……で、お二人は何をしているんだ?」
「井戸端会議をしているように見えるか? 夏休みの宿題だ」
「優は私に付き合ってくれているんですよー。わからないとこが多くて……」
「そうか。じゃあな」
「待て」
「なんだ?」
「暇つぶし、と言っていたな?」
「ああ……。つい、口を滑らせてしまったな」
「せっかくだから付き合っていけばいい」
「断る」
「なぜ?」
「三年の勉強に、二年の俺が付いて行けるわけがないだろう?」
「そんなもの、やってみなければわからないだろう?」
「やらなくてもわかる。第一、俺のことを高く評価しすぎだ」
「そんなわけじゃない、私は……」
「あの浅田さん、お願いですから付き合って行ってください。
きっと優は、浅田さんと一緒に居たいんですよ」
「な、なにを……? まあ、浅田の知力を測るには絶好の機会だからな」
「……実験動物か、俺は?」
「お願いしますよー、私にも手ほどきしてください」
「まあ……できる範囲ならば」
「やったー。よかったね、優」
「ふん……」
結局、俺はその場に留まることになった。
まあ、俺は俺で適当に本を持ってきて読んでいることにした。
「弥生、ここ違っているぞ」
「えっ、本当に?」
「ああ。この化学式は……」
なるほど、こうやって見ていると結構仲が良さそうだ。
(性格は、大分違うようだが……)
その辺が、ある意味二人を一緒にさせている要因の一つかもしれない。
「……浅田はどう思う?」
と、急に話しを振られて俺の思考は中断した。
「えっ?」
「だから、ここの問題がだ」
「ああ……。どれ、ちょっと」
ノートを見ると今の授業では習っていないものばかりだったが、
たまたま知識として知っているものだった。
「ああ、いいんじゃないか? 上の問題の硫化水素の分解を応用すれば解けるぞ」
「だそうだ、わかったか?」
「うん、ありがとうございます。浅田さん」
「いや……。あ、教科書見せてもらっていいかな?」
「はい、どうぞ」
「ほう、我々の勉強内容に興味を持ったか?」
「まあな……」
――パラパラパラ……
ざっと目を通すと大概は知識を詰め込むもので、
多少の応用を加えるだけのありふれた内容だった。
まあ、一年二年の下積みがあって生かされるものだが。
「なるほどな……」
「今ので理解したのか?」
「大体な。まあ、これなら三年に上がっても苦労することはないな」
「へえ、すごいですねー」
「ふむ……。それが真実ならば、この問題はどうだ?」
「選択問題か……。二番のベリリウムだ」
「正解だ。ならば、この……」
「やめようよ優、浅田さん困ってるわよ」
「ああ、つい……」
「まったく、そんなに俺を試したいのか?」
「すみませんでした、せっかくお付き合いしてもらってるのに。
優って、勉強のことになると熱くなるタイプで」
「らしいな……」
「私のこの性格が、今の自分を支えていると思っている。卑下するものではない」
「それも、人それぞれだがな……」
その後も何回か質問を浴びせらた。
それに答える度に月原がさらに問い掛けてきて、
弥生さんがそれをなだめるといった図式になった。
「……あっ、もうこんな時間ですね」
そう言われて気付くと、俺がここに来てから大分時間が経っていた。
「とっくに昼をまわっているな、随分暇つぶしをしたものだ」
「どうもすみませんでした、わざわざ」
「いや、弥生さんのせいじゃないさ」
「……私に原因があると言いたそうだな?」
「他に理由があったら教えてもらいたいものだな」
「あの、おなか空きませんか? せっかくだから、みんなでどこか食べに行きましょうよ?」
「外食か……浅田はどうする?」
「まあ、俺は構わないが……」
「じゃあ、とりあえず出ましょうか」
特にどこへ行くというあてもなく、俺達は街に出た。
「この辺で食べるところというと……」
「私はよく知らないから、二人にまかせる」
「……あ、そうだ」
ここの近くに、以前俺がアルバイトをしていたファミリーレストランがあるのを思い出した。
「近くに、よく知ってるファミレスがあるが……」
「じゃあ、そこにしましょう。いいよね、優?」
「あ? ああ……」
あっさりと決まり、そのまま店へと向かう。
「いっらっしゃいませー……あら?」
この店にまともに入るのも久しぶりだ。
あれ以来、配達くらいしか来る用事がなかったから。
「浅田君、今日は……」
「ああ、瀬名さん。俺は今客ですから普通に対応してください」
「あらそう? ええと、三名様……ですか?」
「はい」
「ではこちらにどーぞ」
瀬名さんに案内されて、俺達は席に着いた。
「浅田さん、よくここに来られるんですか? さっきもお店の人と親しそうでしたけど」
「それは、前にここでバイトしてたことがあって。まあ、短い間だったけど」
「へえ、そうなんですかー」
すると、また瀬名さんがやってきて水を運んできた。
「メニューはこちらになっております……」
ちらりと横目で俺を見る。何やら言いたそうだったが……。
「さてと……」
メニューを開き、何を食べようかと選ぶ。
載っているどういうものかは、それなりにわかっているつもりだった。
「あれ? どうしたの、優」
見るとメニューにも手を付けずに、なんだかそわそわしてぎこちない。
「いや、こういう店は慣れてなくて……」
「慣れるもなにも、好きなもの注文して食べて金を払って帰るだけだろう?」
「それもちょっと、極端ですけど……」
「だから……その、私の分も頼んでくれないか?」
そう言って、メニューを俺に渡した。
「しかしな……一体、何を食べたいんだ?」
「なんでもいい、好き嫌いはないから……」
「まったく……。弥生さん、選んであげてください」
「はーい。ええとですね、ジャンボチョコバナナクレープに、抹茶ミントアイス……」
「それでいいか?」
「いや、ちょっと……」
「じゃあ、俺が適当に選ぶことにするよ」
「頼む……」
無難と思われるものを一つ二つ注文する。
弥生さんは、ほとんどデザートものばっかりだった。
「……甘いの、好きなんですか?」
「はいっ! 大好きですー」
注文を取りに来た瀬名さんは、何やら怪訝な目をして帰って行った。
「そういえば、和泉……弟さんに海で会いましたよ」
「そうなんですかー? 敏樹、親戚の店のお手伝いしてるんですよ」
「ええ、そうらしいですね」
「私はちょっと部のお仕事があるので、辞退させてもらってますけど」
「そういえば園芸部でしたね、やっぱり夏休みも?」
「はい、毎日行ってます」
「大変……じゃないですね?」
「はい、楽しんでやっていますから」
「なるほど……。確か、一人だと」
「ええ、本当なら部としてやっていけるはずないんですけど、優のおかげで……ねえ?」
「えっ? あ、ああ……」
「生徒会に働きをかけてもらって、なんとか予算ももらえるようになってます」
「へえ、生徒会長も結構やるじゃないか?」
「まあ、弥生のためならこれくらい……」
「ありがとうね、優」
「べ、別にいいさ……。学校の美観を守るためにも、園芸部員は必要不可欠だからな」
その時、注文の品が届いた。
「おまたせしましたー。ジャンボチョコバナナクレープでございます」
「はーい」
弥生さんは嬉々としてそれを受け取る。
他の品も届き、俺達はちょっと遅い昼食を取った。
「おいしーい! 優、食べてみてよー?」
「いや、私は……」
「ほら、あーん」
「あっ……」
――ぱくっ
「どう?」
「お、おいしい……」
「良かったー」
そうやってジャンボチョコバナナクレープを食べる姿は、
いつもの毅然たる態度の生徒会長らしさはなかった。
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