第七十四話 「幸福の話」

 そいつらは、ちょうど俺達のように怪談話をしていたらしい。

「……『幸福の話』って知ってるか?」

 そこは街外れの廃工場の一角で、街中で知り合った数人の男女がいた。
 こいつらは出会って盛り上がった拍子に、怪談話をしようとなったらしい。
 そこには、わざわざコンビニエンスストアでロウソクまで買ってきて並べていた。

「幸福の話? 不幸の手紙なら知ってっけどよー?」
「あたしも知らなーい」
 
 最後のロウソクを持った一人が言い出した言葉に、皆は首を傾げた。

「まあ、知ってる奴なんてほんの少ししかいないよ。第一、知った奴は大体が消えちまうんだから」

 男がそう言った時、中の一人が反発した。

「知った奴が消えてんのに、なんでテメーは知っているんだよ?」
「いや、消えるには……まあいいや、それは今から話すよ」

 そうして最後の男は、その幸福の話とやらを話した。

「……というワケだ」
「何それ? 短ーい。しかも、全然怖い話でもないじゃない」
「いや、この話には後日談があるんだ。これを聞いた者は……」
「アリガチだな。誰かに話さないと死ぬ! ってやつだろ?」
「違う、逆なんだ。話したら死ぬ、消えちまうんだ」
「えっ?」
「この話を聞いたら、絶対に誰にも話してはいけないんだ。話終わった途端、そいつは消えちまう」
「おいおい、それがなんで幸福の話って言うんだよ? 不幸そのものじゃねーか?」
「それが、黙ってさえいれば幸福になれるんだ。だから、幸福の話……」
「って、その話しちゃったじゃない。いいの? 消えちゃうよ?」
「バッカだなー、ウソに決まってんだろ?」
「本当さ……。なぜ話したくなるか、経験すればわかっからよ……」

――フッ

 瞬間、男のロウソクが消えた。それが最後の一本だったので、辺りは闇に包まれる。

「わっ!? だ、だれか火点けろよ!」

 暗闇の中、ゴソゴソとライターの点火する音が聞こえる。

――ボッ……

「……あれっ?」

 見渡すと、地面に立てたロウソクと人間の数が合っていない。

「あいつは? 最後に話した……」
「い、いねぇ!?」
「うそ、どこかに隠れているんでしょ?」

 その場にいた全員で辺りを捜す。
 大声を張り上げて呼んでも返事もなく、姿も見当たらなかった。

「き、消えちゃったのかな?」
「んなわけねーだろ! 俺達怖がらせるために、暗くなった時に隠れて帰ったんだよ!」
「ったく、物好きなヤローだ。誰だよアイツに声掛けたの?」
「さあ……」
「いいやもう、俺も帰るわ。じゃーな」
「あたしも……帰る」

 拍子抜けしたのか、それぞれみんなは散って行った。

「なんだったんだろうな?」
「わかんないよ、そんなの」

 その場には、AとBの二人の男が残った。

「A、どうする? 帰る?」
「だれが……あんな家に帰っかよ。Bはどうすんだよ?」
「……僕も、帰りたくないよ」
「じゃ、ゲーセンでも行くか? それから考えよーぜ」
「うん、そうだね」

 Aの家では、酒乱の父親の家庭内暴力。
 Bの家は、母親の異常なまでの教育主義というやつで、心底二人は家に寄りたがらなかった。
 元々二人は幼い頃からの知り合いで、家を飛び出した時はこうやって二人で遊んでいた。
 大きくなった今も、こうした関係は続いていた。

「ねえ、さっきのアレ」
「ああ、こ……」
「だ、だめだよ! 言っちゃ!」
「なんだよ、オマエ信じてんのか?」
「ううん、そういうわけじゃないけど……」
「けど?」
「Aが消えたら、僕嫌だから」
「消えるわけねーって」
「僕の携帯電話には色んな人達の番号入っているけど、本当の友達はAだけだから。
 Aにだけは、万が一にでも消えて欲しくないんだよ……」
「……わかったよ、しゃべらねーって。絶対」
「本当に?」
「ああ、なんなら指切りでもすっか?」
「あははっ、いいよ。うん、ゆーびきった!」
「だから、オマエもしゃべんじゃねーぞ?」
「うん。それに、しゃべらなければ幸福になれるらしいしね」
「あー……今の家、出れりゃあいいな」
「……そうだね」

 そう呟き、金がなくなった所で二人は渋々家へと帰った。

「てめぇ! 今までどこほっつき歩いてたんだ! 学校行ってんのかよ!」
「うるせえクソ親父! てめぇこそ仕事見つけろ!」

 Aの家ではいつものように怒鳴り声が響き。

「B君! こんな遅くまでどこに行っていたのよ! ちゃんと塾には行ってるの!? 最近成績が……」
「お願いだよ母さん、僕にしたいようにさせてよ……」

 Bの家ではいつものようにヒステリックな声が響いた。だが、それから数日後のことだった。

「よお、B……」 
「どうしたんだい? まさか……!?」
「ああ、あの日からなんとなく親父が変わってきやがった。
 いつのまにか酒も止めちまったし、怒鳴らなくなってきた」
「僕も……。母さんが、あまり勉強のことでうるさく言わなくなってきたんだ。
 てっきり、僕のことを諦めて見放したと思ったけど……」
「やっぱり、アレなのかなあ?」
「わかんないよ、そんなの……。でも、チャンスだよ!
 このままいけば、僕達は幸せになれるかもしれない」
「だけどよ……」
「きっとそうだよ! ああ、この話もこれからしないようにしよう。
 あのことは忘れたことにして、僕達これからの新しい人生を生きるんだ」
「……わかった。でも、気味が悪いよな」
「そりゃあ、僕もだよ……。でも、このままじゃ嫌だろ?」
「………」

 その日も家に帰ると、二人には幸せが待ちうけていた。

「お、親父!? なんだよその格好!」 
「ああ、父さん会社に勤めることになった。○○商事という所だよ」
「そんなとこ、どうやって……!?」
「たまたま昨日職探ししていたら、高校時代の親友とばったり会ってな。
 職探ししていると言ったら、だったら任せておけと言って世話してくれたよ」
「そんな運の良いことなんて……」
「これを機会に、俺は人生をやり直すつもりだ。A、今まで苦労かけたな」
「………」

 これがAの家の出来事。

「えっ!? 転校していいって、どういうこと?」
「ええ。今まで勉強勉強で縛りつけてごめんなさいね。
 母さん、やっと気付いたのよ。こんなことをし続けても、B君のためにはならないって。だ
 ったら好きなようにさせようって……」
「じゃあ! Aのいる高校に通ってもいいの!」
「高校を選ぶ時、たしかそういうこと言っていたわね? いいわよ。さっそく明日、手続きしましょう」

 そしてBの家。こうして着々と、二人には幸運が訪れていく。

「こうして、一緒に通えて嬉しいよ」
「ああ……。しかも、一緒のクラスで席が隣りなんて出来すぎだ」
「いいじゃないか? Aは今、幸せじゃないの?」
「幸せに決まってるだろ? でも、なんか……」

 Aはこの生活に疑問を持っていた。本当に、このままでいいのかと?

「あっ、そうだ! あん時一緒だったやつら、今ごろどうしてんのかな?」
「さあ……あれから会っていないしね」
「おまえ番号聞いてたろ? ちょっと掛けてくれよ」
「う、うん。いいけど……」

――プルルルル……

「あっ、もしもし。はい、そうですけど……えっ!?」
「な、なんだよ?」
「はい、わかりました……。会ったら伝えておきます」

――ピッ

「一体どうしたってんだよ!」
「行方不明だって……。
 彼の携帯が家に残っていたから、その、誰かからの電話を待っていたんだって……」
「そんなバカな!? じゃあ、そいつはしゃべっちまったから消えたのかよ!?」
「わかんないよ……」
「おい、ほかのやつらも掛けてみろよ!」
「わ、わかった……!」

 しかし、他のほとんどの者には繋がらなかった。

「……もしもし! ねぇ、あの時のこと憶えてる!?」

 唯一、あの時いた女の子にだけ電話が繋がった。

「えっ? 今すぐ会いたい……? どうする、A?」 
「当然だろ? 学校に行ってる場合じゃねーよ!」
「うん、わかった。もしもし……今行くから、待ってて」

 そして二人は、待ち合わせの場所へと向かった。

「……あたし、なんだか怖いの。
 家族は急にやさしくなるし、学校でも先生がずいぶんよくしてくれて……
 本当なら、出席日数が足りなくて留年するはずだったのに、いつのまにか大丈夫になって……」

 出会うなり、彼女は今まで起きたことを話し出した。

「なんだか夢みたい……。
 最初はラッキーとか思ってたけど、
 なんだか、まるでお芝居しているみたいで、あたしこれからずっとこんなことが続くと思うと、
 あたしの人生ってこんな借り物みたいになるかと思うと……」
「でも、今まで不幸だったんだよ? だったらいいじゃないか!?」
「どうしてそんなことが言えるのよ! ずっとこんなぬるま湯の生活でいいと思ってるの!?
 一生だよ、一生……」
「だけど……」
「もうだめ。あたし、誰かに話してしまいたい……」
「ちょ、ちょっと……!」
「おいっ! 待てよ!」

――ダッ!

「待てって!」
「危ない! 赤信号だよ!」
「ちくしょうっ! 向こうで……。やめろぉーっ! しゃべんじゃねぇーっ!!」

 向かいの歩道で彼女は、通行人の一人に何やら話しかけてる。

「くそっ! まだ青になんねぇのかよ……!」
「ここ車通り激しいから、横断もできないよ……」

 そして、彼女から通行人が離れて行く。

「は、話し終わっちまったのか!?」
「あっ! こっち向いた……」

 その笑顔で手を振る姿は、一瞬前をトラックが通りすぎた後には消えていた。

「ちくしょお……っ!!」

 青になった信号を急いで渡っても、二人は彼女を見つけることはできなかった。

「なんでだよ、なんでなんだよ……!」

 Aはがくりと地面に膝をつく。

「彼女、意志が弱かったんだよ。せっかく幸せになれるところだったのに……」
「……おまえ、本気でそんなこと言ってんのか!?」
「どうしてだよ? だって、本当のことじゃないか?」
「くっ……!」
「あっ、どこに行くんだよ? 学校は?」
「知るか! おまえ一人で行けばいいだろ!」

 そうしてAは、一人街中へと向かう。

「……くそっ! なんで制服姿で歩いてんのに、警官が注意しねーんだよ!」

 やけ気味のまま、ゲームセンターに向かった。

―――ピピピピピ……

「あっ、落とした……」

 クレーンゲームで失敗すると、すかさず店員が来てガラスを開ける。

「どうぞ。いやあ、惜しかったですねー」

 受け取った人形は、すぐにごみ箱へと投げ捨てた。あんなに欲しかったものなのに。

「違うんだよ……こんなの押し付けがましくて、幸せなんかじゃ……」

 対戦ゲームをしても、こっちが負けそうになると途端に相手は弱くなる。
 張り合いがまったくない。

「……A、捜したよ。やっぱりゲームセンターにいたんだね」
「なんだよお前……学校はいいのか?」
「大丈夫だよ。だって僕等は、幸運なんだから。先生に怒られるなんて、絶対にないよ」
「………」

 それからAはずっと考えていた。
 あの話のこと、自分のこと、そして、どこかしら変わってしまったBのことを。

「……なあ」
「なんだい?」
「一応聞くけどよ、おまえ……あの話の内容覚えてるか?」
「当然、あんな短い内容だからね。忘れようもないよ」
「だよな……。例えば、一度聞いた人間に話したらどうなるんだ?」
「さあ……わかんないよ。どっちみち怖いからできないけどね」
「物に書くのは?」
「それも、ちょっとね。誰かに読まれたら終わりじゃないかな?」
「でも、話したいだろ?」
「まあ、ね……」
「王様の耳は、ロバの耳ってやつか。俺たちは」
「あははっ、ぴったりだね」
「……そこでだ。その話をヒントにして、いっちょ俺達もやってみよう」
「えっ、何を?」
「誰もいない防音室かなんかで、おもっいきりしゃべるのさ。
 そうすれば、ちょっとは気が晴れるだろ?」
「うん、でも……」
「よし決めた。俺はやる」
「ちょ、ちょっと!」
「おまえ見張っててくれよな? ちょっくら叫んでくるからよ」
「A! ちょっと待ってよ!」

 そして二人は、夜の学校の音楽室へとやってきた。

「どーせ見つかってもお咎めなしだ。堂々としようぜ」
「でも……やっぱり危険じゃないかな?」
「大丈夫だって! この時間に他の生徒がいるわけないだろ?
 入り口で廊下を見張ってりゃ、何があっても大丈夫に決まってるさ」
「……わかったよ。じゃあ、早く済ませようよ」
「ちょっと待て、一応中を確認してくる」
 
 そしてAは、Bを廊下に残して音楽室へと入る。

「………」

 昼間のうちに用意してあったテープレコーダーを取り出す。
 そして録音ボタンを押して、机の中に隠した。

「……いいぜ。先にやるか?」
「そうだね。できたら早い方がいいよ」
「じゃあ、遠慮なく行ってこい」
「わかった。すぐ戻るよ」
「ああ、しっかり見張ってるから。何かあったら思いっきりドアを叩く」

 そして数分後、何やら晴々とした表情でBが戻って来た。

「いいよ。うん、すっきりした。Aの言う通りだったね」
「ああ、そうか。じゃあ、見張りよろしくな」

 そしてAはスイッチを切り、続けて違うテープに入れ返る。
 そしてまた録音ボタンを押して口元に近づける。

「これは幸福の話といって……」

 そして自分の分も。ついでに、自分の身に起きたことを全て記録した。

「……いやー、本当にすっきりしたな。じゃあ、さっさと帰ろうぜ」
「うん。でも、ちょっと長かったね」
「ああ、熱が入ってな……」

 その後Aは、このテープをそれぞれ学校のどこかへと隠したらしい。
 どちらかが見つかって聞かれれば、それを運命と思い……。


―――別荘


 浅田先輩のお話しが終わったみたいだった。

「………」

 その内容に、ずっと誰も口を挟もうとしなかった。今も、みんな黙ったままだ。

「あ、あの先輩……」

――フッ

 私が声を掛けようとした瞬間、突然ロウソクが消えた。

「きゃあああーっ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! シャレになんないよ!」

 真っ暗になって周りが騒ぎ出す。

「せ、先輩!? どこですかぁ!」

 私は浅田先輩がいた場所へと手を突き出したけど、誰の姿にも触れられなかった。

「い、いない!? 先輩……せんぱーい!!」

――ガタン! ガタン! 

 椅子を押し倒し、暗闇の中をめちゃくちゃに捜す。

「せんぱあいぃ……!」

――パッ

「あっ……」

 すると、部屋の電気が点いた。見ると桐野さんがいて、どうやらスイッチを入れてくれたみたいだ。

「あ、浅田先輩は……!?」

 いきなり明るくなってちょっと目がくらんだけど、見えるようになってからも私は一生懸命捜した。

「先輩……」

 なんか、すごく絶望的な気分になってくる。

(うそだ……うそだ! うそだ! うそだっ!!)
 
 頭を振り、もう一度周りを見ようとすると。

「……ちょっと、悪ふざけが過ぎたようだな」

 と、聞き覚えのあるあの声が聞こえた。

「せ、先輩!?」

 声の方向を見ると、浅田先輩が二階への階段のところにいた。

「先輩……せんぱぁーい!」

 泣き出しそうになりながら、私は浅田先輩の胸へと飛びこんだ。

「ホントに……本当に、消えちゃったと思いましたよ〜」
「……すまなかった。ここまで騒がれるとは思わなかったから」
「あの、あの話しって、本当なんですか?」
「本当だったら、俺はここにいないだろう……」
「そーですよね! よかった〜!」

 そしてスリリングな怪談大会が終わり、私達はそれぞれ部屋に戻って寝ることになった。

「ふぁ〜あ……」

 ベットにもぐり込もうとした時、ふと思ったことがあった。

(あれっ? 幸福の話って、それ自体の内容聞いてない……)