第七十三話 「夏の日の海 (二日目 夕方)」

「えっ、これ全部涼一が釣ったの?」

 テーブルに並べられた、見事な魚料理を前にして恵美が言った。

「ああ。村上が言っていたのは本当だったな。穴場だよ、あそこは」
「そーだろ? でもまあ、これだけ釣り上げてくるのも大したもんだぜ」

 そうして皆がテーブルについた。

「涼一君の感謝の意を込めて……それじゃ、いっただっきま〜す!」

 この別荘に来て、二日目の夕食を済ます。
 
「そうそう忘れてた。さっき花火買ってきたから、食べ終わったらみんなで一緒にやろうよ?」
「やったー! 花火ー!」

 その言葉に皆賛成し、食後さっそく夜の海岸へと出た。

「いやあ、夏といえば花火だね〜」
「オマエ昨日、スイカって言ってたじゃねーか」
「そのとーり! 花火とスイカは、夏の三大要素!」
「三大要素? あとの一つはなんなんだよ?」
「ふふふ……。ナイショ」
「はあ? 何言ってんだ……」

 瑞樹が大量に買いこんできた花火を広げ、皆はそれぞれ思い思いに火を点ける。

――ピュウウウーーーッ!

 さっそく瑞樹が点けたロケット花火が、甲高い音を鳴らして飛んで行く。

「きゃあ! 綺麗ー」

 向こうでは、地上型の打ち上げ花火だ。恵美たちは、立ち上る火柱を眺めていた。

「浅田せんぱーい! 一緒に花火しましょ〜」

 すると、瑞樹の妹が一袋抱えて寄ってきた。

「線香花火は最後として〜……。何にしますか?」

 そう聞いてくる。

「そうだな……」

 俺は袋の中を見て、手ごろなものを探す。

「……これでもするか」

 手に取ったのは、羽根のついた回転型の飛行花火だった。

「あ、いいですね〜。加奈も好きなんですよ」
「さて、火は……」
「はい。どーぞ」
「ああ、すまない」

――ジジジ……

 手の中にある花火の導火線に火を点け、じっと持ちつづける。

「あの浅田先輩、早く地面に置かないと……!」

――ジジ…… 

 もうすぐ本体に引火する瞬間、俺は空中に放り投げた。

――シュルルルルルッ……パアンッ!

 空中で斜めに飛んで行き、見事破裂した。

「……す、すっごーい! おもしろいですね〜!」

 その様子を見て、瑞樹の妹が歓喜の声を挙げた。

「まあ、危険だからな。あまりおすすめはできないぞ」
「はーい。えっと、火を点けてしばらく待って……えいっ!」
 
――シュルルルルルッ……

 高度と方向が失敗したせいか、その花火は向こうにいた……。

――パアンッ!

「うわあ! なんで僕の方に飛び道具が!?」

 瑞樹の近くまで行って破裂した。

「てへっ、しっぱーい」

 実の兄に花火をぶつけそうになったのに、本人は気にした様子もない。

「行くぞー。次は成功させるんだから〜」

 そう言って次を取り出そうとする。

「……待て、やはり普通に飛ばそう」
「え〜、そうですか〜?」

 多少不満を洩らしたが、大人しく花火を普通に打ち上げた。

――シュルルルルルッ……パアンッ!

「ほーれ慎也、三十連発打上スペシャル食らえっ!」
「うおおおっ! それは手に持ってやる物じゃないだろ〜!」

 こちらがまともに花火をしても、瑞樹は花火に追いかけられる運命にあるようだ。

「あっははは! 楽しいですね〜……」

 その様子を見て、瑞樹の妹が笑う。

「まあ、な……」

 ここの海に来て、二日目の夜が過ぎようとしている。
 ここまで色々あったが、悪くないものだったと思う。

(悪くない……か。三ヶ月で、随分変わったみたいだな)

 そんなことを、他人事のように思ってしまう。

「せんぱ〜い? これ、しましょうよ〜」

 そう言って渡されたのは、手持ちの細長い花火だった。

――シュウウウウ……

 二つの先から噴出す火花は、星屑のように流れ落ちて消えて行く。

「あはは……」

 無邪気にくるくると回し、それを面白がっているようだ。

「……楽しいか?」
「はい! 浅田先輩となら、なんだって!」

 彼女は、そう元気に応えた。それに対し、俺はなんと応えたらいいだろう?

「ありがとう……」

 思わず出た言葉がこれだった。

「えっ!? あ、あの……」

――シュウウゥゥ……

 花火が消える。途端、二人の間に闇が包んだ。

「先輩……あの、私……」
「やあ! キミタチ楽しんでるかい?
 今日の目玉としてね、この巨大打ち上げ……ん?
 どうしたんだい、加奈?」
 
――ポイッ……シュルルルルッ!

「うあっ熱!? せ、背中でなんかが踊ってる! 何するんだ加奈!」
「うるさーい!! デリカシーのないお兄ちゃんなんか消えちゃえー!」

 瑞樹は終始身体に火を浴びつづけ、こうして花火は終わった。


―――別荘 


「夏の三大要素、スイカ、花火とくれば、残りの一つは当然……」

――ボッ

「……怪談だよ〜」

 そう言うと、ロウソクに照らされたお兄ちゃんの顔が写った。

「よっ、名司会者。色々ご苦労さん」
「お褒めいただいてアリガトー。さて……」

 テーブルには一人一人一本づつロウソクがあって、それぞれに火が点けられている。
 部屋の明かりといえばこれくらいだった。

「ルールは知っての通り、話しが終わればロウソクを消して行く。
 全員の話しが終われば、この部屋は真っ暗になって、何かが起きるだろう……」
「何かって何よー? あたし、怖いの得意じゃないのよね」
「わ、私もです……」
「得意っていうほうがどうかしてるわよ。
 この別荘に招待された以上、与えられたイベントはこなさないとね」
「よく言ってくれました高宮さん! さあ、誰から始めようか……」

 そして、みんながみんなを見渡す。私のすぐ隣りには……。

「………」

 さっきから何も言わない浅田先輩がいた。

(もしかして、意外とこういうの苦手だったりして?)

 こうして隣りにいたのは、ちょっとした企みがあった。

「じゃあさっそくだけど、僕から始めようかな。心の準備はいいかい?」

 真っ暗になった瞬間、悲鳴を挙げて浅田先輩に抱きつく。

(うん。こんなときなら、絶対にしょうがないよ……)

「これは、僕の知り合いが体験した本当の出来事なんだけど……」

 お兄ちゃんが話し始めた。この話しは前に聞いた事があったので、別に怖いことはない。

「それで、一人で乗っていたはずのバイクの背に……!」

 最後に大きな声を挙げてびっくりさせる。怖い話しでよく使うパターンだ。

「あはは、というワケさ。じゃあ一つ目……」

――フッ

 お兄ちゃんの目の前のロウソクが消える。

「じゃあ、次は私が行こうかしら? 私の親戚の家でね……」

 そうして、二人目が話し始める。

「……その井戸は、元々使われていないからコンクリートで埋められていたんだって。終わり」

――フッ

 一人、また一人と話し出してロウソクが消えて行く。
 その度にキャアとか言ったりするけど、まだその時じゃない。
 
「加奈、次はおまえ行けよ」
「えっ? う、うん……いいけど」

 そうだ、最後にロウソクを消すのが私だったら、驚いて抱きつくはちょっと変だ。危ない危ない。

「えーと、これは中学の時に友達から聞いたんですけど……」

 ちらりと浅田先輩を見たけど、今まで特に反応したりはしていない。
 怖いのか平気なのか、よくわからなかった。

「……その子の足首には、無数の手の跡があったらしいんですよ」

 私の話しが終わる。
 これは結構とっておきのものだから、自分で話していてもちょっと怖かった。

――フッ

 気付くと残り一本だった。その最後のロウソクは……。

「締めくくりは涼一君、キミだよ……。まさか、怖気ついたんじゃないよね?」

 お兄ちゃんがからかい気味聞いた。

「いや……そういうわけじゃないが。ちょっと思い出したことがあってな」
「へぇ、一体なんだい?」
「今から話すさ。最後の話しとして」
「そう、じゃあ頼むよ。お願いだから怖がらせてくれよ?」
「ああ……」

 私達が見つめる中、浅田先輩はロウソクを見つめて話し出した。