第七十話 「夏の日の海 (一日目 昼)」

「あー、もう! 海が目の前にあるのに泳げないなんて、生き地獄だあ!」

 ソースの匂いがむせぶ中、俺はおもわず叫んでしまった。

「なーに言ってんだよ。四の五言わず、ちゃっちゃと働きな」

 と、おばさんに突っ込まれた。

「はい、はい……。ヤキソバ四人前お待ちどうさまーっ!」

 夏休みに入って早々、俺はここの海岸の屋台のバイトに明け暮れていた。

「まあ、バイト代は結構いいんだけど……」

 ここは親戚の家が経営している屋台で、夏休みの半分はここで手伝わされていた。
 当然通うわけにもいかないので、家に泊めさせてもらっている。

「だったら、姉ちゃんも手伝わせりゃいいんだよ。
 どうせ今ごろ、学校で花壇いじってんだから……」
「敏樹! 手、止まってるよ!」
「はい、はい! わかってますよー」

 などとぶつくさ言いながら、俺は屋台仕事に精を出していた。

「すみませーん、かき氷のイチゴとメロンを一つづつ下さい」

 またお客が来た。かき氷は、やってて涼しいのでありがたい。

「はーい……ああっ!?」

 そのお客見た瞬間、俺はびっくりしてしまった。

「えっ? 和泉君なの?」

 水着姿がまぶしいその人は、なんと高宮さんだった。

「は、はい。ここ親戚がやってて、夏の間少しバイトを……」
「へえ、大変ね」
「高宮さんは、友達とでも遊び来たんですか?」
「ええ。近くにある知り合いの別荘に招かれて、みんなと来たの」
「そうですか。あの……予定は?」
「予定? 今日来て、ニ泊三日して帰るつもりだけど」
「あっ、そうですか。ああ! かき氷ですね、すいません」

―――ガガガガガ……

「はいどうぞ! ちょっとオマケしときました」
「あっ、ありがとう。じゃあ、お仕事がんばってね」
「はいっ!」

 そう言って彼女は、浜辺の向こうに去って行った。

「綺麗な子じゃないかい」
「な、なんですかおばさん。いきなり」
「でもね、あきらめた方がいいよ。きっと彼氏いるよ」
「なんでそんな……!」
「ばかだねー。なんであの子が、かき氷二つ買って行ったと思ってんのさ?」
「あっ!? まさか……」
「心当たりあるのかい?」
「ええ、まあ……。多分一緒に来てると思うんですけど……」
「そーかい。まっ、おまえさんは仕事でもがんばるんだね」
「あの……」
「今日の売上が目標に到達したら、遊びに行ってもいいよ」
「よっしゃあ!」

 その瞬間から、俺は今年の夏一番のやる気を出しまくった。


―――浜辺


「――はい、浅田君。かき氷買って来たわよ」

 和泉君がいた屋台から戻って来た私は、砂浜にシートを敷いて腰掛けている彼にそう言った。

「ん? ああ、いくらだ?」
「いいのよそんなの。イチゴとメロン、どっちがいい?」
「どっちでもいい」
「そのセリフ、女性に対してものすごくポイントを下げるんだけど?」
「……メロン」
「はい」

 私はかき氷を渡し、彼の隣りに座った。

――しゃり、しゃり……

「おいしい?」
「まあ、な……」
「ねえ。このかき氷、誰に売ってもらったと思う?」
「えっ?」
「実はね、浅田君が知ってる人よ」
「さあ……」
「和泉君よ。同じクラスの」
「ああ、あいつか。屋台にいたのか?」
「ええ。それでちょっとね、オマケしてもらったのよ」
「へえ……。大変だな、あいつも」
「まあね」

 そう言って、私は浅田君の視線の先見た。
 そこには雄大な海が広がっていて、人々が楽しそうに泳いでいた。

「海……泳がないの?」
「そうだな……。じゃあ、これ食べ終わったら泳いでみるか」
「それじゃあ、私も付き合っていい?」
「別に構わんが、ただ泳ぐだけだぞ?」
「いいのよ。浅田君と、一緒のことをしたいだけだから」
「………」

 そして私達はかき氷を食べ終え、いざ、海へと入った。

――チャプ、チャプ…… 

「浅田くーん、あんまり沖に出ると、帰れなくなるわよー」
「……潮流に乗らない限り、大丈夫だ」
「泳ぎ、自信あるのねー」
「まあ……、人並みにな」

 そうは言っているけど、中々達者に泳いでいた。

(足をつった……なんて言ったら、どう反応するかしら?)

 突然、そんな意地悪が思い浮かんだ。

「よし……。あっ! 足が……」

 叫ぼうとした瞬間、いつのまにか彼の姿が見えなくなっていた。

「えっ? あれ?」

 周りを見渡しても、見えるのは海と他の観光客だけだった。

「ねえ、ちょっと待ってよ……」

 もしかして溺れたのではと、頭に浮かんでくる。

「浅田君……浅田くーん!」

――ザバァッ!

「ふう……呼んだか?」 
「ああ良かった! 一体どこに行っていたのよ!?」
「海底にこれを見つけたんでな……」

 そう言って彼の手がつまんでいる物は、何やら刺々のついた物体だった。

「ウニ……?」
「ああ。生ウニなんて、そうそう食べれるものでもないしな」
「ぷっ……」
「?」
「あっはははは!」
「高宮?」
「はは、おっかしー……心配して損した。そのお礼に、そのウニ食べさせてよ」
「まあ……、別にいいが」
「じゃあ、そろそろ戻りましょうか?」
「そうだな」

 そして私達は、浜辺に戻った。


―――再び浜辺


 拾ったウニを高宮と二人で食べた所で、瑞樹と村上がやってきた。

「夏と言えばスイカ! スイカと言えば夏!
 今年もこのマダラミドリ球を追いかける季節がやってきました!
 夏の風物詩、スイカ割り甲子園〜!」
「じゃあオレ、他の人達探してくる」 
「浅田君。当然キミも参加だよ」
「まあ、そう言うと思ってたがな……」

 そして他の人間も集まり、ビニールにスイカ載せて準備が整った。

「ジャーン、ケーン……」

 結果、俺は一番最後となった。これならば、順番は回ってこないだろう。

「恵美さーん! もうちょっと右だよー!」
「えー? こっちでいいのー?」
「そう、そこ!」
「えいっ!」 

――ずさっ

 棒はむなしく、砂を叩く。

「あーん、はずれたー!」
「惜しかったね〜。じゃあ次は僕だね」

 そうやって何人かが続いたが、誰もスイカに当てることはできなかった。

「最後の要! 浅田君、頼むよ」

 そして、いつのまにか俺の番が来てしまった。

「涼一、あたしが結んであげる。ズルしないようにね」

 と、手ぬぐいで視界を覆われた。

「はい、棒です。頑張って下さい」

 北村から棒を受け取る。

「じゃあ、指定の位置について、三回転する……と。オッケー! スタート!」 

 視力が用の成さない世界で、みんなの声が聞こえた。

「まっすぐ、まっすぐ!」
「涼一! そのまま、そのまま」

 聞こえる声の情報を頼りに歩く。

(相良さんは、この世界で生きているんだな……)

 そんな中、途中で出会ったあの人のことが思い浮かんだ。もう、お参りは済んだろうか。

「そこそこ! ストーップ!」

 そう言われ、足を止めた。

(……今は、これに集中すべきか)

「棒の位置そこっ! そのまま!」
「思いっきり、振りかぶってくださ〜い!」

 今まで水平に持っていた棒を、上空へと掲げる。

――バコッ!

「やったーっ!」
「涼一君お見事!」

 手ぬぐいを取ると、そこにはビニール上で砕けたスイカがあった。

「考えて見れば、破片だから食いづらいよな……」
「気にしない、気にしない! 第一目的は割ること! 食べるのはその次!」
「じゃあ、食おうぜ」
「わーい! 浅田先輩の割ったスイカだ〜」

 そうやってスイカを食べた後、日が暮れ始める頃までビーチバレーをし、別荘へと戻った。


―――屋台


「……もう夕方じゃないか!? おばさん、まだ!?」
「だめだね。あの後から、あまり人来なくなったからねえ」
「くっそー……!」

 悔しい思いと共に、ヤキソバをかき混ぜた