第六十八話 「旅は道連れ (道連れ編)」

――ッガアン!! ガランッ! ガランッ!

 甲高い音が鳴り響いたと思うと、それに続いて金属が砕ける衝撃音が走った。

「きゃあーっ!」
「な、なんだ……!」

 車内に悲鳴が鳴り響く。そして、連結部分が音を立てて列車は急停車した。

「おい、事故だぞ事故!」
「マジかぁ! なんだってこんな……」

 止まった車内で、人々が騒ぎ立てる。前の方に様子を見に行こうとする野次馬もいた。

「……どうやら、のっぴきならぬ状況に陥ったようですね」

 俺の前に座っていたサングラスの彼が言った。当然、さきほどまであった笑みはない。

「ですね……。衝撃音からして、資材を積んだトラックにでもぶつかったか。
 まあ、典型的な踏切事故、というとこですか?」
「私もそう思います。前の車両の人は、大丈夫でしょうかね?」
「さあ……。あっ、車掌が来たな」

 どたどたと車内を駆け込んできた車掌は、客達に向かって大声で叫んだ。

「みなさん、落ちついてください! どうか、席を離れないで下さい!」

 そう言い回り、前の車両に移っていった。

「……だそうですね。仕方ありません、大人しくしていましょう」
「ええ。復旧は望めそうにないですけどね……」

 前の車両を覗くと、明らかに傾いているのが見えた。

「……脱線していますか?」
「まあ、そうですね。丁度ここは山中だから、鉄道警察やらが来るのにも時間がかかると思います」
「なるほど。すると当然、代わりの足を探すにも時間がかかるでしょうね。電車に乗れない以上……」
「急ぎの方は大変でしょうね」
「そうですね。まったく不運ですよ」

 などど、俺達はまるで他人事のように話していた。

「死人は、出たでしょうか?」
「さあ……。前の様子を見なければ、なんとも言えませんが」
「前方にいた車掌は、助かっていないかも知れませんね。あと、ぶつかった車の運転手も」
「そう、ですね。運が良くて重症だと思います」
「お客にも、怪我人はいるでしょうね」
「それは当然……」

 淡々と、話しをしていた。

「今から各車両のドアを開けます! みなさん、落ちついて一人ずつお降り下さい!」 

 と、車掌が戻ってきて言った。

「……と言うわけですから。降りましょうか?」
「ええ……」

 そして俺達は、他の客と共に外に出る。

「……どうですか? 惨状は」
 降りて早々、彼が聞いてきた。

「まあ……、思ったより酷くはなさそうですよ?
 怪我人はいますが、死人は……目に入る範囲にはいません」
「……そうですか。あなたは、これからどうしますか?」
「まあ、鉄道側の判断にもよりますけど……」 

 と、また車掌が言葉を発した。

「みなさん! ここより20分程戻った所に、最寄の駅がございます。
 ここは危険ですので、ただちに移動してくださいませんか?」
「あの、私達はそれからどうするんですか?」
「代行バスを手配しておきました。そこから、乗り換えてください」
「やれやれ、歩きかよ……」

 そして乗客達は、線路を歩いて最寄の駅へ歩いて行った。

「大丈夫ですか?」
「すみません、ちょっと足を……」

 中には、肩を貸してもらって歩く人もいた。

「そうですね、指示に従うしかないでしょう。ここは電話も届かないらしいですし」

 気付くと彼は、携帯電話を耳元に当ててそう言った。 

「ええ、じゃあ行きますか?」
「はい。線路沿いを歩くなんて、めったにない体験ですし」

 こんな状況でなければ、笑い飛ばせた冗談だったかもしれない。

「あ、足元気をつけてください。砂利道ですから」
「ええ、わかってます。……しかし、ここは一体どの辺なんでしょうかね?」
「さあ……。俺も馴れていないですから」

 駅に着くと、そこで人がごった返していた。
 中でも、一つしかない公衆電話には大勢が群がっていた。

「……これだと、バスに乗れるかも怪しいな」
「そうなんですか? 確かに多くの人の気配は感じますが……」

 怪我人は救急車に乗るとして、それでもバスが足りるかどうか解らない。
 ここで、しばらく足止めになるだろう。

「ふむ。今の時間は……?」

 すると男が、懐から何やら取り出した。

『10時、37分、デス』

 その小型の機械は、音声で時刻を知らせた。

「まあ、毎回人に尋ねるわけにもいきませんしね」
「はあ、なるほど……」

 そんな中、車掌は乗客の苦情に対し、しきりにあやまっていた。

「……ここから海岸まで、歩いてどのくらいかかるんですか?」
「えっとですね、そこの車道沿いを歩けば、一時間で着くと思いますよ」
「一時間か……。ここにいてもしょうがないしな」

 すると、俺と車掌のやりとりを聞いていたのか、彼が聞いてきた。

「歩いて行かれるのですか?」
「まあ……、バスに乗れる保証もないですし。一時間なら……」
「そうですね。あの、私も付き合わせてもらえないですかね?」
「あなたもですか?」
「ええ、こんな身体ですし……。こんなことが起きるとも思いませんでしたから」
「そうですね……。別にいいですよ」
「いやあ、ありがとうございます。旅はなんたらと言いますしね」
「ええ、じゃあ行きましょうか」

 そして俺達二人は、山道へと出て歩き出した。


―――ワゴン車 


「……てな具合だからさー! 参っちゃうよ、まったく」

 あたし達の乗っていた車は、瑞樹君の面白話で盛りあがっていた。

「いやはや……。そうだ? ラジオでも付けない?」
「ああ、そうだな。なあ、ちょっと付けてくれ」
「わかりました……」

――パチッ

『――線の踏切で先程、トラックと衝突する脱線事故がありました。
 乗員乗客、及びトラックの運転手の安否の程は、詳しくはわかっておりません。
 なお、鉄道側では、臨時にバスを代行させるという……』

 何気なく聞いていたニュース速報だったが、やがて由希子が驚いた声を挙げた。

「も、もしかして。涼一さんの乗っている電車じゃ……」

 その瞬間、まわりのみんなが息を飲むのが解った。

「そ、そうと決まったわけじゃないだろ〜」
「でも、私達の向かう場所への線路ですし、時間的にも……」
「ダイジョーブよ! たとえたまたま乗ってたからって、
 そんなことで何かが起きるような男じゃないわよ」
「まあな。アイツなら殺しても死なね―だろ」
「よくそんなことが言えるわね! 心配じゃないの!?」
「そんですよ〜、加奈だって心配ですぅ」
「大丈夫……、来るって言ったもん。涼一は……」


―――山道


「意外と涼しいものですね。山道も」
「まあ、木陰が多いからですね。電車に乗っている時よりは、快適なんじゃないですか?」
「それに、車道なのに車がほとんど通っていないのが良い。
 町中じゃあ、たとえ青信号でも油断できませんから」
「そうですね……」

 俺達は、二人でハイキング見たく山道を歩いていた。

「しかし、私達だけですよね」
「ええ」

 他の乗客で、この道を歩こうと思うものはいなかった。
 別に山道と言っても、ちゃんと舗装されているし、
 標識だってあるのだから普通の道路と一緒だ。

「……このガードレールの向こうは、沢ですか?」
「ええ。あっ、釣りをしている人がいますよ」
「へえ、いいですね」

 どういう経緯で、こんなハイキングめいたことをすることになったのだろうか?
 ただ、車に乗りたくなかったということから始まり、
 この男と出会い、事故に合い、今こうして歩いている。

「なんとも不思議なものだな……」
「えっ? なんですか?」
「いや、こういうことが起こったことに関してですね。
 たまたま駅の券売機で会った人と、こうやって歩いているということに……」
「そうですね。人の縁って、どこに転がってるかわからないものですよ。
 特に、運命がどう転がるかなんかはね」
「運命?」
「ええ……。十二年前、私は今日の事故みたく、大きく運命が変わる出来事がありました」
「それは……?」
「これですよ」

 そう言って彼は、サングラスを外して俺に見せた。

「あっ……?」
「ひどい傷でしょう? 私は見たことはないが、周りの反応と、触った感触でわかります」
「……はい」
「いやいや、お見苦しいものを見せてしまいした。おゆるしください」

 そしてまた、サングラスを戻した。

「まあ、ちょっとした昔話を聞いてもらえますか? 道中はまだありそうですしね」
「いいですよ、俺でよければ」
「ありがとうございます。そもそも、この眼の原因は、交通事故なんですよ」
「交通事故……」
「ええ。昔私はこう見えて、ちょっとしたロックバンドの一員だったんですよ」
「はあ」
「でね、いい気になってた日々が続きました。
 色々な都市でコンサートを開き、女性ファンもたくさんいましたね」
「人気、あったんですね」
「いやあ、お恥ずかしい。若気の至りですよ、さんざん無茶なこともしました。
 会場で危険な火薬を使ったり、バイクを乗り回したりね。
 おかげで火事騒ぎも、一度や二度じゃないです」
「へぇ……」
「そんなある日、私達メンバーは海に出かけたんです。
 キーボードをやってた私と、ボーカルの女の子と、ギターのリーダーと、ドラムの四人ですけどね。
 色々遊び通しましたよ、明日も仕事だっていうのに、酒をがんがん飲んでね。
 それでひとしきり遊び終えたあと、じゃあ帰ろうかって話しです。
 みんな飲んでましたから、当然車はだめなんすけど、それリーダーの愛車だったんですよ。
 置いて行くわけにもいかないから、乗って帰ろうって。
 夜中は車が少ないから大丈夫だろうって……。間違いですよ、そんなの」
「それで、ですか?」
「ええ……。帰り際に、電柱に衝突しました。
 私はたまたま運転席の真後ろにいたから、重態で済んだんですが。あとの三人は……即死です」
「………」
「そのせいで、私は一生太陽を拝むことができなくなりました。あの夏の日以来……」
「あの……、その海岸って、もしかして」
「ええ。これから向かう先の海です。毎年この日には出かけますよ。
 メンバーの、友達の命日ですから」
「そうなんですか……」
「いやいやこんな話し、あまり人にするものじゃないですね。
 いやあ、どうしてでしょうかね?」
「さあ……。でも、俺も似たような経験はありますよ」
「そうなんですか?」
「ええ。……昔、目の前で、知り合いが車に轢かれたんです」
「それは……ショックでしたでしょう」
「はい。残されたものというのは、特に……・」

 今、ようやく合点がいった気がする。どうして俺が、この男と気が合ったのか?
 似たような過去を持った二人は、似たような匂いを感じたのではないだろうか?

「……そのせいで、車が苦手になりましたね。あなたは?」
「私も、最初はそうでした。目の前が永遠の闇になってから、
 車に乗るとあの日の出来事が思い起こされます」
「それじゃあ……?」
「ですけどね、そのままじゃあいけないと思って。
 リハビリのつもりで、車に乗るようにしました」
「で、どうなったんですか?」
「最初はね、当然嫌がりましたよ。
 車から下ろせって、怒鳴り散らしたりしてね。自分で頼んだのに」
「それでも……ですか?」
「ええ。二年もするころには、どうにか落ちついて車に乗れるようになりました」
「すごいですね……。それに比べて、俺なんて子供みたいに……」
「いやあ、仕方ありませんよ。それに私は、音楽がありましたから」
「音楽、ですか」
「ええ……。というより、すがり付くのがそれしか無かったからですね。
 逝ってしまったみんなのためにも、音楽だけは続けたいと思いまして……」
「………」
「いや、偉そうなこと言うかも知れませんが。
 過去はね、どうやったって逃げ切れないんですよ。こればっかりは一生ついてくる。
 ですけどね、人間は結構便利にできてるらしいんですよ。
 どんなにつらい思い出も、いずれは向き合えるようになるんです。
 ただ苦かった酒が、いずれ身体に馴染むように」
「ええ、そうですね……」
「まっ、人生の先輩が言うことです。心のどこかに留めていても、損はありませんよ」
「はい。どうも、ありがとうございます」
「いえいえ、礼を言われる程でもないですよ」

 過去に車の事故に遭遇した二人、
 電車の事故で一緒になるとは、なんとも奇妙な運命だった。