第六十七話 「旅は道連れ (出発編)」

 夏休みに入り、かねてから計画があった海に遊びに行くということになった。

「やっ、涼一君。ちゃんと来たね、結構結構」 
「当然よー、あたしがちゃんと引っ張ってきたんだから」
「おまえは騒ぎ過ぎだ……」

 場所は、学校前に集合となった。

「おまたせ。待った?」
「す、すいません遅れましたか?」

 次々とやってくる。

「……たかだか二泊三日で、荷物多すぎないか?」
「あのね、女の子は色々あるのよ」
「そんなものか?」
「ええ。男の子にはわからないかもね」

 そして、時間前にはすでに全員が集まった。

「もうすぐ来るはずだが……」

 村上が腕時計を覗く。

――キッ

 すると、ワゴン車が止まった。

「おっ、来た来た」

――ガチャッ……

「お待たせ致しました。
 私、村上家に勤めております『桐野 千夏(きりの ちなつ)』と申します。
 以後お見知りおきを……」

 中からスーツを着こなした桐野という女性が現れ、自己紹介をした。

「あ、どうも。こちらこそ……」

 その丁寧な言葉使いに恐縮してか、恵美なんかは萎縮している。

「さーて! 荷物は後ろに乗っけて、みんな乗り込もうかあ」
「いえーい!」

 瑞樹兄と妹は、朝からテンションが高い。

「あら? どうしたの浅田君」

 皆が乗り込む中、俺だけが外に残っていた。

「いや……、狭くないか?」

 俺はさっきから思っていたことを口にした。

「そう言われれば……。私達の荷物のせいかしら?」
「何言ってんだよ涼一君! 多少きつかろうが別にいいじゃないか」
「その分、女の子と密着できるからでしょ〜」
「加奈、余計なことは言わなくていいんだよ」

 そんな中、運転席から桐野さんが降りてきた。

「申し訳ございません。
 丁度八人載りの車を用意した私のミスでした。もっと余裕を持っていれば……」

 と謝った。別に彼女の責任でもないのだが。

「いや……、だったら簡単なことだ」
「どうするのですか?」
「俺が乗らなければいい」
「何言ってんのよ涼一! アンタが来なくてどーすんの?」
「いや、まて……。行かないとは言っていない」
「えっ?」
「俺一人が別に、電車ででもいくさ」
「そんな、せっかく……」
「……それに、車は好きじゃない」
「あっ……」

 恵美は、俺が言いたいことがわかったようだ。

「えっ、何?」
「ごめんみんな、涼一言う通りにさせて。涼一、絶対に来るのね?」
「ああ……」
「わかりました。駅をご利用なられますか?」
「ええ、まあ」
「でしたら、後程お送りさせていただきます」
「いや、いいですよ。歩いて行きます」
「そうですか……、それならば」

 そう言って、桐野さんが手帳になにやら書いた。

――びりっ

「……別荘周辺の地図と住所を。あと、万が一のために電話番号を記しておきました」
「ああ、手間をかけさせてすみません」
「いえ、こちらこそ……」

――バダン! ブロロロロ……

 そうしてみんなと、俺の荷物を載せた車が出発して行った。


―――ワゴン車


「ねえ、なんで浅田君だけ別なの?」

 車が走り出してすぐ、さっそく美紀が聞いてきた。

「あのね。えと……涼一、車だめなのよ」
「うわ、意外だなー! 彼が車に弱いなんて。とんだ弱点があったもんだね」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「どういうことなの?」
「あの……、もしかして」
「何? 北村さん」
「車に弱いんじゃなくて、車が嫌いなんじゃ……?」
「うん。多分、由希子が考えてることで当たりよ」
「何々? なんなんですか〜?」
「あれよ。……七年前の事件」
「あっ……!?」

 そして、しばらく車内が静まり返った。


―――駅


 身軽になった俺は、ぶらぶらと駅にやってきた。

「さて、とりあえず切符だな……・」

 そう思って行くと、切符売り場は結構混雑していた。

(休みに入ったからな……。当然か)

 俺は一つの列の後ろに並んだ。
 
「えっと……」

 ようやく販売機に近づいた頃、目の前の男性が何やらてこずっているようだった。

――スッ、スッ

 見ると、その男は券売機の表面をしきりになぞっている。

「………」

 しばらくその様子を見ていたが、このままではラチがあかないと思って声を掛けてみた。

「……どうしました?」

 そう言って横に並ぶと、男がしているサングラスが目に付いた。

「あっ、いえ……。ちょっと値段がいくらかわからなくて」
「どこの駅ですか?」
「ええとですね……」

 その男が口にした駅名は、偶然にも俺と一緒だった。

「それならばここですよ。お金、入れましたよね?」
「あ、はい」

――ガタン チャリン、チャリン

 ボタンを押すと、券とともにお釣りが出てきた。

「いやあ、どうもすみません。ここの表示ががおかしくて……」

 そう言われて券売機を見たが、特におかしい様子は見られなかった。

「では、これで」

 そう言って男が去る時。

――かつ、かつ……

 片方の手にしていた杖が目に付いた。

(白杖……。盲目か)

 そうなると、表示がおかしいというのは、このボタンの下の点字のことだろう。

(まあいい、俺も早く券を買わないと……)

 そう思い、金を入れてさっきと同じボタンを押した。

『まもなく、四番線から列車が発車します。危険ですので、黄色い線まで……』

 車内に乗り込むと、中はそこそこに混んでいた。

「……さて」

 できれば座っていきたいところだが、あまり見知らぬ人間と接近するのも遠慮したい。

「あっ……?」

 四人シートのところに、先ほど券売機のところで見かけた盲目の男性を見かけた。

(一人か……)

――すっ 

 他に空いている場所も見当たらなかったので、俺は男の向かいに座った。

「こんにちは」

 すると、男が突然声を掛けてきた。

「えっ?」

 俺は驚き、声を洩らす。

「ああ、先程の方ですか。偶然ですね」
「いや……。わかるんですか?」
「まあ、声を聞けば大体ですけどね」 
「はあ……」

――ピリリリリッ!

 がたんと音を立て、列車は動き出す。

「このように、私は目が不自由なもので。そのかわり、音と臭いには敏感なんですよ」
「そう、いうものなんですか?」
「いや、私だけかもしれませんけどね。ははは」

 障害者とも思えぬ、性格の明るさだった。
 目の見えないことが、さして不自由でもないかのように。

「どこまで行かれます?」
「……あなたと、同じですよ」
「すると海ですか」
「まあ、そうです」
「それにしては、荷物が少ないようですが……?」
「ああ、荷物は他の車に……網棚に置く気配がなかったから、わかったんですか?」
「ええ、まあ。すみません、詮索するつもりはなかったんですけどね」
「いえ、別にいいですけど」
「そうですか。よかった」

 向こうは、思わぬ話し相手ができて嬉しいのかもしれないが、
 俺がそれに付き合う義理はない。だが、俺はなぜか、この見知らぬ男と会話を続けていた。
 
(この男の人柄のせいか……、盲目という人間に興味を持ったからか……)

 多分、両方だろう。

「夏休みですか?」
「ええ、まあ。高校生ですし」
「いやあ、羨ましいですね。
 私もやっととれた時間を利用して、こうやってゆっくりと旅にでたんですけど」
「はあ……」

 サングラスをしていて詳しくは解らないが、多分三十代前半くらいだろう。
 来ている服も、見てみれば良い物のようだ。

「いつも、お忙しいんですか?」
「ちょっと音楽関係をね。この身体じゃ、画家は目指せませんからね」
「それはちょっと極端のような……」
「いえいえ、もともと興味はあったんですよ。今だってほら……」

――ゴソゴソ……

 男が鞄から出したのは、小型のテープレコーダーだった。

「気に入ったフレーズが浮かべば、こうやって録音するんですよ」
「へえ、本格的ですね。プロみたいだ」
「いやー、実はそうなんですよ。世に出てるミリオンヒットものは、大抵私が作曲してますよ」
「……嘘ですね?」
「はっはっは……」

 それはともかく、目が見えないのを悔やんで人生を投げるより、
 音楽に情熱を注ぐというのは、結構すごいことではないだろうか? 

「まっ、趣味というか、生きがいですね」

 普通の人間より、人生を楽しんでいるかのようだ。

「すごいですね……。そうやって、人生に生きがいを見つけて。俺なんて、とても……」
「いやいや、あなたはまだ若いんですから。焦らなくていいんじゃないですか?
 生きがいを探すのが生きがい、という裏技もありますしね」
「そんなんでいいんですかね?」
「そんなんでいいんですよ」

――ギギギィーッ!!

 そう言って男が屈託なく笑みを浮かべた瞬間、車内中を響かせる音と振動が走った。