第六十六話 「村上家の事情」

「うわあ! マジだっ!」

 いつもの様に集まっていた俺達。

「本当にこれ、浅田君が作ったの?」
「まあ……、約束だったからな」

 いつか言った、浅田が弁当を作るという話し。こいつはそれを実行してきたのだった。

「コイツね、朝早くから意外と真剣な顔して作ってたのよ」
「不真面目にもできないだろう……。
 それに、あんまりせがむから、結局恵美の分も作ってやったろう?」
「うん、ありがとー」

 そう言って、嬉しそうに弁当を広げる。

「おいしそ〜。高宮さん、加奈ももらっていいですか?」
「だめよ! 私のために作ってきてくれたんだから」
「え〜? ケチー」
「……一人で食うには量があるだろう? 別に構わないぞ」
「やったー!」
「由希子も、あたしの食べる?」
「えっ? いいんですか?」
「まあ、いいじゃない。こいつの手料理んなんて、めったに食べられないわよ」
「はい。じゃあ、いただきます」

 そして、いつものように食事をする俺達。

「もぐもぐ……もうすぐ夏休みだね〜。正弘?」

 そんな中、いつのまにか弁当をつまんでいた慎也が、突然言い出した。

「あぁ? 何?」
 
 意味がわからず、聞き返す。

「やだな〜、とぼけちゃって。アレだよアレ」
「はぁ?」

 そう言われてもピンとこない。
 
「夏の恒例行事、海だよ海っ!」

 そこまで言われて、ようやくわかった。

「ああ。つまり、またあそこに連れてけってのか?」
「そのとーり」
「あ、そっかー。私も行きたーい」
「だよね〜。連れてってよー、正弘」

 俺と瑞樹兄妹だけが、この会話の意味をわかっていた。

「何? なんなの?」

 当然、周りの者はわからない。

「ああ? あのね、今度の夏休みに海に行こうって話しなんだけど……」

 そう言って慎也は、俺の方をちらりと見る。

「いいかな? 言って」
「オマエ、そのためにここで話したんだろ? 別にかまわねーよ」
「うん。あのね、そこで正弘の『別荘』に行かせてもらおうってことなんだ」

 その『別荘』の言葉の所で、やっぱり皆驚いているようだ。
 
「えっ、ちょっとまって。……『別荘』?」
「そうだよ」
「誰の?」
「正弘の」
「……オレの家のだ」
「うっそー!?」
「信じられないだろ〜。こんな貧乏臭い男が」
「やかましいっ!」

 だが、事実は事実だからしょうがない。

「へえ、素敵ね。それで、夏休みに遊びに行くの?」
「そうなんだ〜。でさ、どうだい君達も?」
「えっ? いいの?」
「ありがたいわね。北村さんは?」
「あ、はい。私も……」
「よっしゃ〜、これで華ができたぞ。現地調達する必要もなくなったよ」
「お兄ちゃん、やっらし〜」
「ジョーダンだよ〜」
「……お前ら、オレ抜きで話し進めんなよ」
「あっ、ゴメンゴメン。でもいいよね?」
「まあな。構わねぇよ、部屋数もあるし」
「決っまり〜! あとは……」

 みんなの視線が、一人の男に集まる。

「……俺か?」

 そ知らぬ顔をしていたそいつは、当然浅田だった。

「他に誰がいるんだよ〜」
「……まあな」
「で、涼一君は行くかい? ああ、別に泳げなくたっていいよ。砂遊びだって悪くないし」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「何くすぶってってんのよ。行くでしょ? はい、決定」
「おい、恵美」
「なによー、いいじゃない」
「……わかったよ。ああ、ちなみに聞くが、泊まりなのか?」
「当然だよ。なんのための別荘だい?」
「オマエが言うな」
「まあ、ともかく。これで夏休みにみんなで海に行くのは決まったね」
「あ〜、海かあ。なんか久しぶりだなー」
「ねえ浅田君、私新しい水着買おうと思ってるんだけど、一緒に付き合ってくれないかな?」
「あー! ずるいです〜。加奈も行きたいです〜」
「……知るか、そんなの。どうだっていいだろう」

 そうして俺達は、それぞれの予定に合うよう計画を立てて、その場を解散した。


―――夜 マンション


 学校帰りに軽く道場で汗を流したあと、俺はまっすぐ自分のねぐらに帰ってきた。

「鍵、鍵……」

 懐を探りながらドアの前に立つと、部屋から違和感を感じた。
 
「……誰かいる」

――ガチャ……

 ドアノブに手を掛けると、抵抗もなく開いた。

「おい! 勝手に家に入るなと言ったろ!」

 俺は中に向かって、思いっきり怒鳴りつけた。

「……申し訳ございません」 

 そう言って部屋から出てきたのは、エプロン姿の女だった。

「ですが、お父様から許可はいただいております」
「わあってるよ……、あのクソ親父」

 靴を脱ぎ散らし、俺は家に入る。

「あっ……」

 それを見てか、その女が駆け寄ってきて靴を戻した。

「いいって、そこまでしなくても……」
「いえ、これが私の仕事ですから」

 そう。この女は、俺の実家のメイドだ。親父の言いつけで、俺の面倒を見ているってわけだ。

「まったく。せっかく一人暮しできると思ったのに……」

 その交換条件がこれだった。俺が無茶しないよう、お目付け役をつけるということで。

「お夕食はできております。……正弘様、
 インスタント食品やコンビニエンスストアものばかりでは、お身体に悪いですよ」
「別にいいだろ、俺の勝手だ」
「ですが……やはり、前にも言ったように私が毎日……」
「必要ない!」

 食事を作ってくれるのは、まあ、ありがたいが。
 毎日来られると、せっかく家から離れて一人になれた意味がない。
 週に一回でも来てもらえれば、それでいい。

「お洗濯もしておきました。掃除も……」
「わかったって。もういい」

――どさっ

 部屋に入り、鞄を投げる。

「……ああ、そうだ」

 腰を落ちつけたところで、学校で立てた計画を思い出した。

「今年もあの別荘に行くことになった。人数がちょっと増えたが、構わないだろ?」
「はい。何人ですか?」
「えーと、俺と、いつもの瑞樹兄妹、八木、高宮、北村、浅田。……男三人、女四人だ」
「わかりました。さっそく手配しておきます。
 あと、例年通り私もご一緒しますが、よろしいですか?」
「ああ。まあしょうがねーな。車、調達できるだろ?」
「はい。多人数が乗れるワゴン車を借りておくことにします」
「よし、それでいい。……じゃあ、メシ食わせてもらうわ」
「はい」
 
 俺が食卓につくと、そこには普段まず目に付くことのない凝った手料理が並べられていた。

「おっ、うまそうだな」
「恐れ入ります」

 箸を持って、おかずに手をつけようとする中、彼女はじっと立ったままこちらを見ていた。

「……どうしたんだ? 立ってないで、座って一緒にでも食べたらいいじゃねーか?」
「私は使用人の身です。主とともに食卓に座るなど……」
「俺がいいって言ってんだ、座れよ」
「はい……。それでは失礼します」

 そう言って、彼女も食卓についた。

「……正弘様」 
「なんだ」
「来週、我社の創立記念パーティがございます。ご出席なさいますか?」
「俺はいい。パスだパス」
「ですが、お兄様方も出席なされて、正弘様だけが出ないというのも……」
「ほっとけ! どうせオレは一族のはみ出し者だ。行ったところで、邪魔者扱いされるのがオチだ」
「わかりました……。お父様に伝えておきます」
「……まったく。
 電気、貿易、工業、情報、医療、ウチは手広くやりすぎて、何がしたいんだかわかりゃしねぇ。
 おまけにハイエナみてえな政治家ともつながってやがる。
 そんな奴等がうじゃうじゃしたパーティなんかに、出られるほうがどうかしてるぜ」
「正弘様……。ご自分の家のことを、悪く言うのはどうかと思いますが」
「自分の家? はっ! いずれ勘当されるオレに、そんなことは関係ないね。
 高校卒業したら手ぇ切って、なんとしてでも独立するさ」
「ですが、あなたは立派に村上グループの跡取りなのですよ?」
「知らねーよ。俺と違って、優秀なアニキ達がいるじゃねーか。奴等にまかせりゃいいだろ?」
「あなたは……、それでいいのですか?」
「ああ。まあ、別れる際にごっそり手切れ金は貰うけどな」
「………」
「だからアンタも、今オレに付いていたってなんのメリットもねーぜ?
 アニキ達にでも鞍替えしたほういいんじゃねーか?」
「私は……、正弘様の元にいて、ご迷惑でしょうか?」
「あっ? そういうわけじゃねーけど……」
「それならばいいでしょう。私は、あなたの元にいます」
「……変な女だな」
「はい」

 そして食事が終わり。

「では、失礼します。おやすみなさいませ……」

 きっちり後片付けをして、彼女は帰って行った。