第六十話 「球技大会〜其の三」

 体育館から離れ、適当にぶらぶらと歩いていた時だった。

「――浅田涼一か?」

 その人の名前をフルネームを呼ぶ声に、俺は聞き覚えがあった。

「あんたか……生徒会長」

 俺はその人物に向き直った。

「どうやら、覚えてもらっていたようだな」
 
 そう言って月原は、俺の方に歩み寄ってきた。

「ふん……こんなところで立ち話をしていていいのか? 生徒会長ともなれば、色々忙しいだろうに」
「心配はいらないさ。当日の方がやることが少ないくらいだからな。軽く立ち話の時間くらいはあるさ」

 それ以前に、話す用事なんてあるのかと考えたが、口にするのは止めておいた。

「どうだ? スポーツを堪能しているか?」

 そんなことを聞かれ、俺は苦笑したくなった。先ほどの自分の行動を思い出したからだ。

(ちょっと、やりすぎたかな……)

 まあいい。特に深くは考えまい。

「どうした?」

 急に黙ったことを不信に思ったのか、月原が聞いてくる。

「いや……まあ、やるべきことはやっているさ」
「それならいいだろう。まあ、優勝を狙えとは言わないが、がんばってくれ」
「……応援か?」
「そうだ」
「クラスも学年も違い、果てはあんたは生徒会長だろう?」
「肩書きなど関係ない。ただ、個人的に応援したかっただけだ」
「………」

 何を考えているかわからない人間だ。

「なあ、生徒会に入ってみる気はないか?」  

 すると、唐突にそんなことを言い出した。

「……こんな所で勧誘とはご苦労なことだが、生憎、興味はないんでね」

 わざわざ学校に居残ってまで、勉強意外の仕事に束縛されたくはない。

「第一、なぜ俺なんかを誘う?」
「一応、人を見る目はあるつもりだ。優秀な人間かそうでないかは、特にな……」

 そう言って、俺の瞳を覗き見る。

「残念だが……」

 その視線を外しつつ、俺は呟いた。

「そうか……まあいい。だが、万が一興味でも出てきたら遠慮なく言ってくれ」
「ああ、そうするよ」 

 多分、そんな日は来ないだろうが。

「また会おう。球技大会を満喫してくれ」

 そう言い残し、月原は足早に去って行った。

(急ぐなら、立ち話ししなければいいのに……)

 そう思い、俺もその場を後にしようとした時だった。

「あっ、見つけた!」

 またか……と、思いつつ後ろを向く。

「こんな所にいたんだ、浅田君……あら?」

 高宮は、何かを感じたかのような顔を見せる。

「今、誰かと会ってたの?」

 少し驚いた。
 月原はとっくに視界から消えていたし、
 ただ立ち話をしていただけで、何か痕跡が残るのかと思ったからだ。

「……まあな、なぜわかった?」
「なんとなくね。こんな所にただ立っているのも、なんかおかしいと思って」
「なるほどな」

 と、そうだった。なぜ高宮はまた俺さがしに来たのだろうか?

「で、俺に何か用か? 試合ならしばらくは無い筈だぞ」
「そうなんだけど……ああ、そうだ。さっきの試合おめでとう。勝ったね」
「そんなこと……」
 
 勝ったとしても、俺としてはどうでもいいことなのだ。

「チームの人に、約束……とか言ってたわね。あれ、どういうことなの?」
「ああ、それか……」

 なるほど、それが聞きたくてわざわざ探しに来たのか。

「ハーフタイムの時に言ったんだ。
 もし、俺がチームの勝利に貢献したら、次からの試合は出さないでくれとな。
 たしか、一チーム二人まで交代が可能だった筈だからな」
「ええっ! それって……」
「あの時、瑞樹が3ポイントシュートを決めた時、もう終わったかと思ったんだが…
 …高宮の声が聞こえたんだ」
「えっ……?」
「応援するってことは、勝って欲しいわけだろ?
 ドッジボールの時も、結局は負けたしな……俺は別にそれでも構わないが」
「ええ、でも……次の試合には出ないなんて、勿体無いんじゃない?」
「いいや。一回も出れば十分だ。あまり目立ちたくもないしな……」

 そんな奴が、あんな派手なパフォーマンスをするべきではないだろう。

「そう……応援、届いていたんだ」
「ん? ああ、まあ聞こえてはいたが」
「それじゃあ、もういいわ。ありがとう」

 そう言って、笑顔になって離れる。

「良かったら、私の試合も見に来てねーっ!」

 そう言い残し、駆け足で去って行った。

「………」

 残った俺は、さて、どうしようか?

『ワー、ワー……』

 静かになると、遠くから歓声が聞こえてきた。
 多分、昼になるまでにはこの声は途切れないだろう。

「応援か……」

 今更体育館に戻るのもなんだし、屋上にでも行こうと思った。


―――屋上


 考えてみりゃあ、出る種目なんてほとんどないから、
 わざわざ学校に来ることなんてなかったかも知れない。

「そーいや、そーだな……フケりゃあ良かったかな?」

 フェンスの下で精一杯がんばってる奴等を見下ろしながら、俺は呟いた。

「まったく……クラスの奴等ときたら、変に気使いやがって」

 種目決めの時、色々話し合いがあって、
 あれやこれやで俺は最低限の範囲でしか出場する必要がなくなっていた。
 特に自分が何かと言った覚えがないが、どうもこういうスポーツは嫌いだと見られているみたいだ。

「そーいうワケじゃ、ねーけどよ……」

 だが、決まってしまったものにあれこれと口出しする気もないので、
 そのまま決定となった。おかげで午前中に出場するものが一つもない。

「慎也をからかいにでも行くかな……」

 そう思って、フェンスから腰を離した時だった。

――キィ……

 屋上の鉄の扉が、わずかなきしみ音を立てて開いた。

「ん……?」

 入ってきた人物は一人。男子で、体操着を着ていて、背の高く、隙のない雰囲気の……

「よお、浅田!」

 俺はその訪問者に声を掛けた。

「……村上?」

 向こうは俺と気付いたようだ。

「奇遇だなおい、暇つぶしか?」
「まあ、な」

 そう言いながら、お互い近づく。

「ちょうど良かった。俺も暇だったんでな、相手が欲しかったんだよ」
「ああ、別に構わないが……」
「とりあえず、下の奴等でも眺めようぜ。結構良い席だぜ、ここは」
「………」

 そうして俺達二人は、フェンスに並んで立った。

――カキーン……

 ソフトボールをやってる所で、何か一発出たようだ。

「おーおー、走ってる走ってる」

 周りの応援が一層激しくなる。それに後押しされてか、ランナーは一塁、ニ塁と周り……

「……あーあ、アウトか」

 落胆の雰囲気が、ここまで伝わってきた。

「浅田は、試合とかは出てきたのか?」
「ああ……ドッジボールと、バスケにな」
「へえ。で、結果はどうだった?」
「ドッジボールは敗退、バスケは何とか勝てたさ」
「良かったじゃねーか。てことは、またバスケに出るんだな?」
「いや……辞退してきた」
「えっ、なんでだ?」
「まあ、色々あってな……」
「……ふーん」

 下の野球場で動きが見えた。どうやらチェンジらしい。

「俺さあ……出る種目が、後前中一つもねーんだよ。おかげで暇で暇でしょうがねーぜ」

 フェンスに背を預け、愚痴るように言った。

「ほう、それは良いな」

 すると、浅田はそんなことを言い出した。

「そうか?」
「ああ、試合にさえ出なければ、余計な期待やプレッシャーを感じずに済むだろう」 
「はっ! 俺がそんなタマに見えるか?」
「まあ、俺の個人的な意見だがな……ということは、村上は競技にもっと多く出場したかったのか?」
「んーまあ、そこそこな。あーいう風に……」

 俺は下に向き直った。

「大勢ではしゃぎあうのも、嫌いじゃねーけどよ」
「………」
「オマエは、そういうのは苦手だったな?」 
「まあ、な……」
「俺もマトモな生活してるわけじゃねーからな。
 人にアレコレ言う筋合いもないけどよ……少しは、自分をさらけ出したっていいんじゃねーか?」
「俺に、説教する気か?」
「いやいや! まあ、タワゴトだと思って聞いてくれ……
 とは言っても、こんなこと他の奴等にも言われてんじゃねーのか?」
「後察しの通りだ。なんでわざわざ、俺なんかの為にそんなこと言うのかな……」

――シュッ!

 その瞬間、俺の蹴り足が浅田の顔面すれすれで止まった。

「………」

 向こうはそれ対し、まばたき一つせずこちらを見据えていた。

「俺は……オマエの実力買ってんだぜ? そうじゃなきゃ、こんなこと言わねーよ……」

 そう言って俺は、ゆっくりと足を下ろした。

「それじゃ、ここの風景も飽きたし、そろそろ行くわ」
「……試合は、まだ無いんだろ?」
「冷やかしついでに、クラスの応援でもしてくるさ……」

 俺はフェンスから離れ、ドアに向かって歩き出す。

「ああ、そうだ……」

 思いついて、立ち止まって振りかえる。

「いずれまた立ち合ってくれ。道場でも、どこでもいいからな……」
「ああ……考えとくよ」
「いいか? オマエを倒すのは、この俺だからな!」
「わかったよ。覚えとく」
「はっ! まったく……じゃあな」

 浅田に別れを告げ、俺は屋上を出て行った。

「……さーてと。今、ウチのクラスはどこにいるんだ?」

 校舎内を歩きながら、そんなことを呟いた。