第五十九話 「球技大会〜其のニ」

「――あっ!? どこいってたの、浅田君!」

 向こうから歩いてくる彼を見て、私は声を挙げた。

「高宮……どうした?」
「どうしたじゃないわよ、もうすぐ浅田君のチームの試合がはじまっちゃうわよ」
「ああ、そうだったな……」
「ほらっ、早く早く!」

 そう言って私は、彼の手を引いて体育館に向かった。

「……たしか、バスケだったな?」

 行く途中、彼がそう聞いてきた。

「ええ、そうだけど……相手のチームが2年B組なのよ」
「それが?」
「それが……」

 そうして体育館に入り、コートの近くに来た時だった。

「はっはっはーっ! ようやく登場したか、涼一君!」

 と、コートの中央から勢いの良い声が体育館内に響いた。

「瑞樹君がいるの……」
「……見ればわかる」

 そうして浅田君は、ゼッケンを受けとってチームに加わった。
 遅れてきたので、ちょっと文句を言われている。

「ふふ、とうとうこの日が来たね」
「……何がだ?」
「あの日の雪辱は今でも忘れないよ。
 でもね、あんなマグレみたいなロングシュートができたからって、
 バスケの腕がいいとはいえないんだよね。
 だからと言って、なめてかかる相手ではないのはわかってるけど……」
「キミキミ、私語は慎みなさい」
「はい、はーい。わかりましたよセンセー……じゃ、始めようかあ!」

――ピーッ!

 そして、ボールが高く上がった。

「そーれ!」

 ジャンプボールは、瑞樹君がはじいた。
 向こうの仲間がそれを受け取り、パスでつなぐ。
 浅田君はそれに参加せず、その様子を後ろの方でそれを見ていた。

――キュッ、キュッ……

「はいっ! パース!」

 瑞樹君がボールを受取り、素早いドリブルで次々と抜けて行く。

「甘いね、キミ達! お先に失礼!」

 やはり、動きがあるとそちらの方にどうも目が行ってしまう。
 私は浅田君をずっと見ていたいのだけど……
 そういえば、体育で何かしらスポーツをやっている浅田君をこう観戦するなんて始めてのような気がする。
 同じクラスでも、男子と女子が別々に体育をするというのは多い。
 例え一緒になっても、当然、自分達も体育の真っ最中なのだから、
 あまり見る時間がないのもしょうがないことかも知れない。

「………」

 だけど、浅田君自身はあまりスポーツに興味がないみたい。
 実際今も、コートの中でボールの少し離れた所に立っている。

――ダンッ! ……ダンッ!

 気付くと、瑞樹君がゴール目前までせまっている。

「はははっ! 誰も僕を止められないのさ!」 

 浅田君の姿を探した。どこに行ったのだろう?

――パシッ

「あれ……?」

 瑞樹君が間の抜けた声を出した。見つめるその手には、ボールがない。

「!?」

 彼が振り向くと、そこには浅田君がボールを手にして立っていた。

「い、いつの間に……!」

 驚いたのも無理はない、コートの外で眺めていた私でも、浅田君の動きが見えなかった。

「……隙だらけだな。それとも、こういうものなのか?」

 そう言って、浅田君は味方の方へとボールを渡した。

「い、今のはちょっと油断しただけさ……!」

 そして、瑞樹君は急いでボールの元へと向かって行った。

「やれやれ……」

 浅田君は、別に急ぐ風でもなく。歩いて行った。

(すごい……)

 私は、声を出さずに呟いた。
 見えなかったけど、浅田君の実力の一端を垣間見たような気がした。
 瑞樹君は、傍目から見ていてかなりバスケが上手いように見えた。
 現に、浅田君のチームには現役バスケ部員もいるのに、彼一人に翻弄されていた。
 その瑞樹君から、いとも簡単にボールを奪ったのだ。

「やばい! 戻れ戻れー!」

 それからも浅田君は……

――バスッ

「おおっ!?」

 何かとピンチになると、いつのまにかそこにいて、
 ボールをカットしたりシュートを防いだりしていた。

「………」

 だけど、決してボールを自分の物としない。
 すぐに味方にパスをしてしまう。ドリブルをしたり、シュートをしたり決してしない。
 動きは忍者みたいに鋭いのに、決して前にでようとせず、裏方に徹していた。

――ピーッ!

 審判の笛が鳴る。前半戦が終了した。得点は今の所同点だった。

「はあ、はあ……」

 選手達は、息を切らせて陣地に戻ってくる。そして、今後の作戦についてか、何かを話し合っている。

「ああっ! 何言ってんだよ?」

 すると、中の一人が声を挙げた。

「そりゃあ、まあ。勝ちたいけどよ……」
「でも、いいんじゃないかそれくらい。いいぜ別に」
「確か、二人までならオッケーだったな」

 なんのことだろう? 気になって私は近づいてみた。

「……じゃあ、この約束忘れるなよ」

――ピーッ! 

 浅田君がそう言った時、ハーフタイムの終了知らせる審判の笛が鳴った。

「よっしゃ! いくぜーっ!」
「おおっ!」

 そして、すぐにコート内に戻って行く。仕方なく私も、自分が元居た場所に戻って観戦した。

(約束って、なんだろう……)

 そんなことを漠然と思いながら、試合の行く末を見つめていた。

「パス! パース!」
「あいつに渡った! まずい、下がれー!」

 得点は、取りつつ取られつつ、うちのチームがなんとか二点差をつけて勝っていた。

「抜かれた!」

 自軍のゴール下には、浅田君が動かずに守っていた。

――バシッ

「ナイス!」

 こうやって、大概のドリブルシュートは止めていた。

「おいっ! ボールをよこせっ!」

 残り一分を切った時、ついに瑞樹君が単身で乗り込んでいった。

――キュッ! キュッ!

 素早いドリブルで、今までに無い動きだ。

「どけっ!」

 うちのチームが、一人、また一人と抜かれて行く。

――キキッ!

 すると、突然立ち止まった。そして、瑞樹君は浅田君を見る。

「僕の勝ちだよ……涼一君」

 そう呟いた後、なんとそこからシュートした。

(3ポイントシュート……!)

 ボールはゆっくりと放物線を描き……

――スパッ

 ネットの音を響かせて、地面に落ちた。

『オオオオオーーーッ!!』

 向こうのチームや、応援している人々から声が挙がる。

「これが僕のとっておきさ……まっ、切り札は最後まで取っておくものだね」

 そう言って瑞樹君は、悠々と背中を向けて自軍のゴールの元による。

「やったなー!」
「おいおい、まだ勝負は決まってないよキミ達」
「ムーリだって、あと30秒くらいしかないんだぜ」
「はっはっは、それもそーだね」

 うちのチームを見ると、もはやあきらめたのか、気力のない表情をしている。

(負けるの……? 浅田君……さっきのドッジボールみたいに……)

 それでも、私は浅田君に言いたい。無駄かも知れないけど、こう言ってあげたい。

「浅田くーん! がんばってーっ!」

 この応援は届いただろうか? 届いてほしい、私の声が。

――バスッ……バスッ……

 チームの一人が、ボールをどうしたらいいか考えているみたいだ。

「おい、よこせ……」

 すると、浅田君がこの試合で始めてボールを要求した。

「……ほらよ。やれるものならやってみな」

 そう言って、ボールを浅田君に渡した。

――バシッ

「………」

 ボールを受け取り、浅田君は勝利気分の相手コートに向き直った。

(!?)

 その瞬間、何かが変わったように見えた。

「なっ……!?」

 向こうのコートで最初に気付いたのは瑞樹君だった。

「涼一君……やる気か?」
「………」

 そして、緊張が走ったと思った途端。

――ダンッ!!

 お互い、相手に向かうように走る。稲妻のような動きが接触し……

「……!?」

――シュバッ!!

 浅田君は、凄まじいスピードで横を抜けた。

「くっ! なんとしてでも止めるんだぁーーっ!!」

 瑞樹君が叫ぶ。弾かれたように、選手が浅田君に向かって行く。

――ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 そして、浅田君はフリースローラインの辺りを飛ん……

(……飛んだ!?)

 中空を駆ける様に。そして、地上のコートの選手を嘲笑うように。

――………ガゴォンッ!!

 そのまま、ゴールに叩きつけるようにダンクを決めた。

――タン………タン……タン…タタタ……

 落ちたボールが、コートの隅に転がって行く。

『………………』

 コート……いや、体育館が静寂に包まれた。

(………)

 私も、何も声を出せずにいた。たった今見たものが信じられなかった。

「……はっ?」

――ピリリリリーーーッ!

 そして、審判の先生が思い出したように笛を鳴らした。
 試合終了。
 浅田君によって、逆転勝利になった。

「りょ、両選手整列!」

 コートの中央に選手が並び、互いに礼をした。

「………」

 普通ならここで、声の一つでも掛け合うのだろうが、両方選手は何も声を発しなかった。

――パスッ

 浅田君はゼッケンを脱ぎ、カゴへと放りこむ。

「あ、浅田君……」

 私が寄って行くと、突然浅田君が自分のチームの方に振り向いた。

「約束……忘れるなよ」

 指差して、そう呟いた。
 その瞬間、チームの人達は信じられないことを知ったように、驚いた表情になった。

「あっ、待って……」

 そして、そのまま体育館を去ろうとする彼を、私は追いかけた。