第五十八話 「球技大会〜其の一」

『――続きまして、BコートではF組とC組の試合です』

 と、アナウンスがグラウンドに響いた。

「おーし!気合入れっぜあ!!」
「うおおおっ!!」

 俺を含めて、うちのクラスの男達が声を張り上げる。

「よしっ、作戦どーりいくぜ」
「ああ」

 とは言っても、外野に戦力を集中させるというだけで、大した作戦でもない。

「なあ、内野あれで本当にいいのか?」

 俺はちょっと気になっていたことを、そばにいた友達に聞いてみた。

「あ? いいんじゃねーの別に。あいつ一人いりゃ、他の奴は壁だよ壁」
「まあ……な」

 詳しく説明すると、内野に一人強い奴が入り、
 戦力を集中させた外野にボールを回して責めるという作戦だ。

「そんなの気にしなくていーから、たのむぜ和泉」
「わあーってるよ」

 ちなみに俺も外野に回されている。まあ、壁にならずにすんでラッキーといえるけど……

――ピーーッ!!

 審判の笛が鳴り、俺達の球技大会最初の競技、ドッチボールが始まった。

「よっしゃ、ゲットー!」

 ジャンプボールは当然と言うか、内野の主力が買って出て、みごとにキャッチした。

「ほーれっ、まわせまわせーっ!」

 掛け声を交し、試合は展開していく。

「ナイスキャーッチ!さすがバスケ部」 

 主力は、一応バスケ部に在籍していて、背も高く、運動神経も良い。
 そのおかげで、内野の働きのほとんどをまかされている。
 他の人間はちょこまかとボールを避けて、主力の邪魔にならないように動いているような感じだ。

――バシッ!……ボスッ!

「おい、今のくれーキャッチせーよ!」
「わりー、わりー」

 一人、また一人と、内野の人間がボールにぶつかって消えて行く。
 このゲームのルールで、ボールに当たった内野は外野などに行かず、その場で退場というルールだ。
 だから、うちのクラスはこういう作戦に出た。

「――うわっ、なんかやばくねーか。おい」

 気付くと、内野の人間は主力を含めて三人しかいなくなった。相手のチームはまだ五人はいる。

「大丈夫だって、まだ主力がいるから……ああっ!」

 俺がそう言いかけた時、その主力がキャッチミスでボールヒットになってしまった。

「やばいな、あと二人……」

 その、残った内野の人間を見るとそこにはあいつが残っていた。

「………」

 気の無い様子でコート内に立っている男。浅田だ。

――ボスッ!

 と、また一人コートから消えた。これで浅田一人になった。

「あーあ、こりゃ終わったな……」

 もう、周りはあきらめムードになっている。

――シュッ!

「………」

 向こうの外野でボールが行き交っているが、浅田はあまり苦も無くかわしているみたいだ。

「――浅田くーん、がんばってー!」

 すると、その様子見てか女子のエールが飛んできた。

「………」

 その声援に応えてかどうか知らないが、浅田はボールに当たることなくかわし続ける。

「……アサダーッ! よけてばっかいないで、取ってこっちに回せぇー!!」

 俺はなんか腹が立ったので、そんな声を掛けた。

――ガシッ!

 その時だった。

「え……?」

 その様子に俺は眼を見張った。

「………」

 俺が言った通り、浅田はボールを取っていた。
 ただ、そのキャッチの仕方がなんかこう、
 片手で無造作に掴みかかるような感じだったから、少しびっくりした。

――シュッ

 そして、すぐに俺にボールを放った。

「あっ、と……」

 それを、俺はおっかなびっくりにボールを受け取った。

「言われた通り、ボールはくれてやる。後は勝手にしろ……」
「あ、ああ……」

 その後、なんとか健闘したものの、結局タイムアップの人数差で負けてしまった。


 別に必ずしも応援しなければならない義務もないので、俺は人気の無い校舎裏に来て暇をつぶしていた。

『――ワー、ワー……』

 さほど遠くない場所から、生徒達の歓声が聞こえる。

(まったく、元気な奴等だ……)

 ああいう大人数でのスポーツは、あまり好きではない。
 だからといって、個人競技が好きと言う訳でもないのだが。

――ザッ

 すると、土を踏みしめる音が聞こえた。

「よっ、ここにいたのか」 

 なぜか和泉がそこにいた。

「……何か、用か?」
「いや、まあ。ジャマって言うなら戻るよ。ちょっと話しがしたいと思って」

 一体何を話ししたいというのだろう?
 考えられることといえば、先ほどのドッチボールのことくらいだが。

「ちょっと、隣いいか?」

 そう聞かれ、少し考えたが。

「ああ……」

 と言った。すると和泉は承諾を得たと思ったらしく、隣りのスペースに腰掛けた。

「で、なんだ?」
「ああ、実はさっきの試合のことでさ」
「……やはりな。試合中の俺の態度が悪いとでも、クレームをつけにきたのか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだ。
 実際、みんなはよくやったんじゃないかって言ってたしさ。
 コートの主力が退場してから、負けたと思っていたんだから」
「………」
「でさ……正直、どうなんだ?」
「何がだ?」
「いや、浅田って……スポーツとか、得意じゃないのか?」

 つまり、和泉は俺の力量を確かめたいということか。

「なんだ、そんなことか……聞いてどうするんだ?」
「いや、どうする……ってわけじゃないけどさ。ただ、なんとなく気になったから」

 ただ興味本位で聞きたいということか。

「まあ……別に、スポーツは苦手ではないがな」

 隠し立てする必要もないので、俺は素直に答えた。

「ふーん、やっぱり。じゃあ、さっきのドッチボールなんかは、がんばれば勝てたんじゃないのか?」
「……さあ、な」

 そう言って俺は中空に視線を向ける。

「……浅田ってさ、ああいう試合で勝ちたい、とか思わないのか?」
「別に……」
「もうちょっとさ、クラスの輪に入って……一緒に楽しもうとか考えないのか?」
「いや……」

(そういえば、こういうことがどこかで……)

「……そうだ」
「えっ、なにが?」

 思い出した。

「和泉、おまえ……高宮と似てるな」

 たしかあの日も、彼女はこんな風に俺に聞いていたのだ。

「た、高宮さんとだって!? ……一体、どーいうことだよ」

 和泉は、高宮の名前を出したとたん、急にうろたえだした。

「いや……」

 俺は高宮との成り行きを、軽く話した。

「……で、今はどうなんだ? その、おまえの気持ちというか……どう、思ってるか……だけど」

 一通り話した後、和泉はそう聞いてきた。

「今、か……」

 そう言われると、あらためて考えたこともなかった。
 高宮の顔を思い浮かべ、自分の心に問い掛けてみる。

「……こう、言うのも妙かも知れないが。馴れてしまったな」
「馴れた?」
「ああ……最初は、鬱陶しいと思っていたが、
 そういう出来事が頻繁に起きていたせいか、大して苦にもならなくなった。
 かといって、それがなければ困る、という程でもないがな」

 それが引き金か、あれ以来何かと事が色々起きるようになった。

「うーん……」

 何かを考えているのか、和泉は腕を組んで唸っている。

「なんでかなー……いや、たしかに納得できるとこはあるけど……早めにあきらめたっていいんじゃ……」

 何かしらぶつぶつ言っている。

「どうした?」
「い、いや。あのさ……あー、やっぱいいや」

 和泉は何か言おうとしたが、結局言わなかった。

「………」
「………」

 そして、二人の会話は止まった。

「――じゃあさ、俺行くわ」

 しばらくすると、和泉は立ちあがった。

「もう少ししたら、また競技あるから。それまでには戻ってこいよー!」

 そう言い残し、和泉は立ち去って行った。

「………」

 そして、校舎裏には俺一人残された。

「俺も、どこか行くかな……」

 後に続くように、俺もその場から立ち去った。