第五十七話 「ランチ・タイム」

―――第五十七話 「ランチ・タイム」


 気に入っていると言えば、気に入っているのかもしれない。

(……この場所がな)

 なんとなく、その誰も居ない屋上を見渡した。
 今日で期末テストが終了し、その開放感からか生徒の大半は、さっさと意気揚揚と学校を出て行く。
 残っているものと言えば、熱心な部活部員だけだ。

――カキーン……

 野球部かソフト部か、あの独特の金属音が響く。

「まあ、しばらくはここにいるか……」

 午前の早い時間にテストが終わったので、時刻はまだ昼前。腹でも減ったら帰るとしよう。
 俺は手元の小説に目を向けた。

「………」

 それは、結構名の売れた小説家の推理物だった。


―――生徒会室


「えー、球技大会の種目に参加する生徒で、部活動に所属している生徒はどうするかという議題ですが……」 

 今、生徒会室では球技大会での議論が続いている。

「去年は部活動に所属しているものは、それに属する球技に参加できなかったのですが、
 大会が始まる前から終わってまでもクレームが続きました。
 それなので、今年はどうするかですが……」
「ですけど、去年もその議論はやりました。
 やはり、部活経験者が参加することは、他のクラスに大きなハンデがつくんじゃないですか?」
「ですが、同じ部活をしている生徒が固まっているクラスもある訳ですし、
 そうすると逆にハンデになると思いますけど」

 議論には一応全員参加だが、実際に発言しているのは二年生の四人しかいない。
 まだ新人といえる一年生は、恐縮してか、ただその情景を眺めているだけだった。

「………」

 私も黙って見ているだけだったが、ただ見ているのではない。
 議論は役員が交し、最終的な決定を下すのが生徒会長だからだ。
 余計な口は挟まず、会話の流れを聞くのだった。

「僕のクラスにも、バスケ部やバレー部の生徒がたくさんいるので、
 今年こそは得意種目で参加したいと願いが多数出ています。
 まあ、僕個人としても参加させたいという気持ちはありますけど」
「それはわかりますが、やはりクラスそれぞれにバラつきがあり……」

 どうも議論は平行線だ。こうなると、早めに私に決定をうながされるだろう。

「……ですが」
「それでも、生徒の意向を……」

 もはや聞く気にもなれない。
 第一、球技大会など期末テストの鬱憤晴らしのようなものなのだ。
 内申点が上がるわけでもないし、精々担任教師に少しばかり印象が良くなるだけだ。ただし、勝てばの話しだ。

(……どちらでもいいことだ。こんなのはを終わらせて、次の仕事に取り掛かるべきだな)

 そう思い、発言しようとした時だった。

――キーン…コーン……

 ちょうどチャイムが響いた。普通の日なら、ここで昼食の時間となるはずだ。

「……もういい、休憩としよう。各自昼食でも取ったらいい。
 時間は普通の日と同じように、次のチャイムまでだ」

 そう言って私は席から立ちあがった。

「あっ、会……」

――バタン

 一人生徒会室を出て、廊下を歩く。

「まったく……」

 なんとなく、屋上にでも行こうかと思った。風にでも当たりたい気分だったから。


―――廊下


「新崎先輩」

 生徒会役員のみんなが、ぞろぞろとお昼のために出て行く中。私は先輩に声を掛けた。

「……えっ、何?」

 私の声に気付き、先輩が振り向く。何か考え事をしていたみたいだけど……。

「お昼……食べますよね?ご一緒してもいいですか?」
「………」

 でも、なんか上の空だ。

「あの、先輩?」
「えっ?ああ、お昼ね……うん、いいよ」

 先輩どうしたんだろう?でも、あまり深く考えないことにした。一緒にお昼できるし。

「じゃあ、どこで食べる?」
「そうですね……あっ、その前に教室からお弁当持ってこないと」


―――屋上


 先程、チャイムが鳴った。どうやら平日でいう昼休みの時間に入ったらしい。

「ふむ……」

 小説もちょうどいい区切りの所で、そろそろ終盤に入る所だった。

――ガチャン……

 鉄の扉が開く音がした。誰かが屋上に上がってきたようだ。

(さて、そろそろ帰るか……)

 そう思って、文庫本にしおりを挟もうとした時だった。

「……ん?」

 その屋上に入ってきた人物は、いつのまにか俺の目の前に立っていた。

「こんな所で会うとはな……」

 その女子生徒は、俺を見据えている。

「私を覚えているか?」

 その人物は、訝しげな俺にお構いなく話し掛けてきた。

「………」

 一応、記憶の糸を手繰り寄せてみる。すると、すぐに思い浮かんだ。

「そうか、昨日……」

 放課後、廊下でぶつかりそうになった人物だった。

「どうやら、思い出してくれたようだな」
「……何か、用なのか?」
「いや、とりあえず今ここで会ったのは偶然だが、せっかくだから話でもさせてもらおう」
「話だと?」

 昨日今日たまたま出会った人物が、俺に一体なんの用だというのだ?

「さて、自己紹介でもするか。私はこの学校の三年、生徒会長を務めている月原優だ」
「生徒会長か……なるほどな」

 あの時見た生徒会の予算とかいう資料からして、そういう関係の者だとは思った。
 
「あなたの名前も、伺っておこうか」
「……浅田涼一。二年だ」
「二年の浅田……か、成績優良者リストには無い名だな」
「リストだと?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ」

 この生徒会長は、一体何をしたいのだろうか?

(なんにせよ、また厄介な者に付かれたようだな……)

「……そんな所に立っていないで、座ったらどうだ?」

 少し諦めの気持ちが入り、この際付き合ってやろうという思いがあってか、そんな言葉が出た。

「ん?そうだな。ではお言葉に甘えるとしよう」

 そう言って俺の隣りに腰掛ける。促さなかったら、ずっと立っていたのだろう。

――ゴソゴソ……

「ちょっと失礼させてもらう。一応今は、昼食の時間だからな」

 そう言って取り出したのは、携帯型のバランス栄養食だった。

――カリッ

 それを噛み砕く音が聞こえた。

「………」

 その光景を隣りにして、俺は何をしたらよいかわからず、無意味に屋上を眺めていた。

「君は食事をしたのか?」
「あ……いや」
「そうか。私ばかり隣りで食べているのもなんだからな、半分差し上げよう」

 その袋からもう一本取りだし、俺に向けた。

「……いいのか?」
「遠慮などいらない。早く受け取れ」
「………」

 それを受け取り、俺も口に運んだ。

――カリッ

 チーズ味だった。

「さて、と……」

 大した量でもないので、すぐに食べ終わったようだ。スカートについた粉の欠片を手で払っている。

「話とはなんだ?」

 その後すぐに俺も食べ終わり、向こうが切り出す前に俺が聞き出した。

「ああ、君はあの時廊下でこう言ったな。
 『余計なことかも知れないが。11ページの総計の金額、間違っているぞ。少し足りない』……とな」
「まあ、言ったことは言ったが……しかし、よく覚えているな」
「ふん、そんなことはどうでもいい。それより問題なのは、どうしてそんなことがわかった?」
「どうしてって、別にそんなこと……」
「答えてもらえば、私としてはありがたいのだが」

 そう言って、真っ直ぐ俺の目を睨みつける。

(なんなんだよ、一体……)

 まあ、黙っているほどのものでもないのだが。

「書類を拾った時に、たまたま目に付いただけさ。数字が並んでいたが、どこかしら妙だったからな」
「妙だった?」
「ああ。見た瞬間、どこか異質な感じがした。
 その数字をたどっていけば、総計が間違っていた。ただそれだけだ」
「直感というやつか……ちなみに、いくら足りなかったか正確な数字は覚えているか?」
「確か……140円だったか?」
「なるほど。当てずっぽうや、偶然なんかじゃなかったということか」

 と、生徒会長は一人で納得している。

「計算能力、あるいは情報処理能力に優れているようだな」
「さあな……」

 その辺は、あまり答える気にはない。俺はごまかすように小説に目を向けた。

「ん?それは……」

 すると、生徒会長がこの本に反応を示した。

「知っているのか?」
「ああ、読んだ事はある。難解な推理物で有名な筆者の作品だ」
「へえ……」
「犯人の見当はついているか?それとも、最初から解く気などなく読んでいるのか?」
「そんなの……」 

 俺は、小説の一説にある登場人物を示す個所を指差した。

「こいつが犯人に決まっているさ」

 すると、生徒会長はまた俺を睨みつけた。

「根拠は?」
「あんたも質問が好きだな……」
「答えてくれ」
「だから……まあいい。こいつは犯行時間に……」

 その犯人たる根拠となるべき考えを、かいつまんで説明してやった。

(……本当に、何をしているんだろうな。俺は)