第五十五話 「似たもの同士」

「――おはよう、ハル君」

 朝、学校に登校する途中でユッコと出会った。

「やあユッコ」

 僕は軽く挨拶をした。そして僕らは、なんとなくそのまま一緒に学校に向かった。
 
「テスト期間だけど、生徒会は活動してるのよね?」
「まあね……それより僕に会うとなると、みんな生徒会の話しをするのは、どうしてだろうね」
「え、そうかな?」
「いや、別にいいんだけどね」

 そんな風に取り止めのない会話をしていく。
 でも、ユッコは他の人と会話をする時は結構奥手な方だ。

「そういえばさ、彼とはどうなったの?浅田君……だっけ」
「えっ!………まあ、そこそこ……かな」
「そこそこって何?付き合ってるわけじゃないの?」
「も、もう!そんなわけないよ!」

 力一杯否定している。ただ照れているわけじゃないみたいだ。

「ははっ、そんなことだろうと思ってたけどね」

 浅田君、という人とのことを聞いたのはいつだっただろうか。

『あのねハル君、私昨日危ない所をある人に助けてもらったの』

 ある日、今日みたく学校に行く途中でユッコがそんなことを切り出してきた。
 話しによると、町の本屋で不良にからまれていた所を救ってくれた人がいたらしい。

『それでね、お礼とか言った方がいいのかな……と思って』

 その人は同じ学校の人らしい。それならば言った方が良いんじゃないかと言って上げた。
 
『そうだね!じゃあ、がんばって捜してみる!』

 そう言って、ユッコは嬉しそうに学校内に消えて行った。
 捜すと言っていたから、名前も学年もわからないのだろう。
 手伝って上げることもできたけど、ユッコのためにあえてそうしなかった。
 
「うん。まあ、お互いがんばろうね」
「えっ?お互いって」
「あ、いや……テストのことだよ」  
「ああ、うん。がんばろうね」

 その後、ユッコはその彼と会うことに成功したらしく、
 そしてなんだかんだでよく一緒にいるらしい。
 引っ込み思案の彼女にしてはめずらしいと思った。

「じゃあね」
「うん、またね」

 校門をくぐった辺りで、僕達は別れた。

(そう、僕達の立場は似ている……)
 
 その時、ふとそんなことを考えた。


―――1時間目 テスト中 


  教師は壇上で何かの作業をしている。昨日のテストを今採点しているのだろうか?

(……と、そんなのを見てる場合じゃないって)

 そう思い、私は答案に顔を戻した。

『1年C組 12番 水野 葉森(みずの はもり)』

 見ると、始まったばかりなので答案には名前しか書かれていない。

「はあ……」

 だけど、さっき見た出来事のせいでなんだかやる気が起きない。

(新崎先輩……)

 今朝、校門の前で先輩の姿を見かけた。

「あっ!新……」

 声を掛けようとした所で、先輩が一人じゃないことに気がついた。

「……テストのことだよ」
「ああ、うん……」

 女子生徒と二人で仲良さそうに歩いている。

「………」

 私はその様子を、ただ後ろで見ているだけしかなかった。

「じゃあね」
「うん、またね」

 そして、二人はすぐに別々に歩いて行った。
 見ていた時間はほんの数十秒だったと思う。
 でも、二人が親しい仲だとわかるには十分な時間だった。

「新崎先輩……」

 私はそのまま、校門の途中でぼーっと立っていた。

(だめだめ!こんなこと考えてないで、テストに集中しないと……)

 そして私は、遅れながらもテストに取りかかった。


――キーン…コーン……

 なんとか、時間内に空欄を埋めることができた。

「ふう……」

 とりあえずペンをケースにしまい、後ろから回ってきたテスト用紙を自分のを合わせて前に渡した。 

「ねえねえ、どうだった?はもりん」

 すると、用紙を受け渡しながら前の子が振り向いてきた。

「えっ何?」
「何って、今のテストに決まってるでしょ」
「うーん……まあまあ、かな?」
「うっそ〜、そんなワケないでしょ〜」
「そう言うカナはどうだったの?」
「だめだめ最悪〜」

 そう言って加奈は、目の前で手の平をヒラヒラさせるジェスチャーをとった。

「はもりんも偉いよね〜、生徒会で忙しいのに勉強もできるなんて」
「えー、そんなことないよ」

 ちなみに『はもりん』は、私の名前の『葉森』をもじったのである。
 いつのまにか加奈がそんな風に呼ぶようになってしまった。

「いちおー、勉強はしてたんだけどな〜」
「そーなの?」

 彼女、瑞樹加奈は私と苗字が近いこともあって、出席番号が隣同士だ。
 だから、この学校に入学して最初に親しくなれたのが加奈だった。

「ほら、前言ったじゃない。浅田先輩と……」
「ああ!そういえばそうだったね」

 彼女も、上の学年に思いを寄せている人がいるのだ。
 その人はたしか浅田涼一とかいう人で、結構このクラスで知っている子がいるらしい。
 噂ではカッコイイとか聞くけど、実際には見たことがない。

「でもね〜、お兄ちゃんとか余計なのがたくさんいたからね〜。あんま楽しくなかったなー」
「ええー、勉強しにいったんじゃなかったのー?」
「あははは、そっか〜」

 と会話していた所で、入り口から次の先生が入ってきた。 

「あっ、ほら。先生来たよ」
「うそ!やっばーい、教科書教科書」
「ほら、まだ時間あると思うから一緒に見よ」
「あ、うん。ありがと!」

 そう言って私達は、最後の復習を始めた。

(私も、加奈と同じ……)

 新崎先輩のことは、加奈にもまだ話していない。


―――放課後


 今日もテストは午前中で終わった。
 家から持ってきた弁当を早めに平らげ、僕は生徒会室に向かった。

「――あっ、新崎先輩」

 廊下の角の途中で、見知った人を見かけた。一年生で僕と同じ生徒会の水野さんだ。

「やあ、水野さんも今から生徒会室に?」
「ええ、そうです……あの、よろしかったら一緒に行きませんか?」
「うんいいよ」

 そうして僕達は、二人で生徒会室へと向かった。 

「どう?生徒会の仕事、馴れた?」
「いえ、まだまだ私は……今日だって、失敗しないか不安です」
「ああ、そういえば昨日してたね」

 彼女コピーに走らされて、用紙設定を間違えて月原先輩に怒鳴られてたっけ。

「あの先輩、ちょっと聞いていいですか?」
「何?」
「今朝、先輩と一緒にいた……その……」
「?」

 なんか口ごもっていて聞き取りづらいけど、なんとなく聞きたいことはわかった。

「ああ、ユ…北村さんのこと?」
「え、ええ。まあ……」
「彼女がどうかしたの?」
「いえ、別にその、聞きたいというかそういうのじゃなくて……
 あの、お二人はどういう仲なのかなあ……って」
「仲?ああ、友達だよ」
「友達……ですか?」
「うん」
「………」
「………」 

 そこでちょっと会話が止まった。
 なんだかわからないけど、気まずい雰囲気だ。とりあえず違う話題でもしないと。

「あー……なんとかこのまま、みんな生徒会の仕事を続けてほしいけどね」
「えっ?」
「うちはあの通りの忙しさだから、毎年途中で辞めていく人が多いんだ」
「はい……わかります」

 そういえば今年入った一年生も、すでに三人辞めている。

「でも私、なんとかがんばって続けて行きたいと思っています。先輩と……」
「うん、ありがとう。そうすれば僕の仕事も減るしね」
「せ、先輩!」
「ははっ、冗談だよ。うん、一緒にがんばろう」
「はいっ!」

 と、会話が一区切りついた所でちょうど生徒会室のドアが見えた。