第五十四話 「藤校の生徒会」

――…コーン…カーン

 ようやく第一日目のテストが終了した。

「あ〜あ……疲れた」

 ベルと同時に緊迫した空気が解け、教室内はざわついている。

「さーて、帰るか」

 俺はあまり中身の入っていない鞄を持った。

「おいどうだ、帰りどっかに寄って行かないか?」

 すると、友達がなにやら誘ってきた。

 午前中に学校が終わったけど、さすがに派手に遊びに出るわけにはいかない。
 見まわりの教師なんかに捕まったら何かと面倒だからだ。

「いや、俺はいいよ」

(高宮さんが誘ってくれたら、捕まってでも遊ぶけどなあ……
 あっ、そうしたら彼女も捕まるか?やっぱだめか)

 ふと見ると、彼女は浅田にテストのことで話しているようだった。

「どうした?」
「いや……それより、遊んでばっかしてないでちゃんと勉強しとけよ」
「おめーに言われたかねーよ、じゃあな」
「ああ」

 俺は他の友達に一言二言挨拶をして、一人教室を出ようとした。

「あっ……」
「ん?」

 すると、入り口の所で女子生徒と鉢合わせになった。

「……和泉さん?」
「やあ」

 その彼女だが、一応知り合いだ。この頃浅田とよく一緒にいる北村さんだ。

「浅田だったら、教室に居るよ。それじゃあ」
「あ、どうも」

 軽く言葉を交して、彼女は教室に入り、俺は教室を出た。

「………」

 後ろを振り返ろうと思ったが、やめた。そのまま俺は校舎内を歩いた。

(彼女……最初見た時は、びっくりしたけど)

 そんな風に考えていたら、廊下で見知った顔を見かけた。

「よう新崎、生徒会の方はどうだ?」

 俺はそいつに近づいて声を掛けた。

「うん?」

 そいつは俺に気付き、俺を見て軽く微笑んだ。

「やあ、和泉か。ああ、ちょっと今はね……」

 そう言って、ちょっと力ない笑みに変わった。

「そっか。テスト期間だし、これが終われば球技大会だからな」
「そういうことだよ。まったく、生徒会役員をこき使いすぎだよ、うちの教師共は」 
「ははは、そーだな。しかし、新崎もがんばってんだな」
「まあね」

 そいつ、『新崎 春彦(にいざき はるひこ)』は俺の中学時代からの仲である。
 高校がたまたま一緒になり、教室が一緒だったことはないが、
 たまにこうやって会うと話しをしたりする。そして……

「でも、うちの生徒会長は優秀だから。なんとかこなしているよ」
「だな」
「三年で受験勉強とかで忙しいはずなのに、生徒会の仕事をしているんだからね」
「でもさ、普通三年になったら生徒会とかは辞めるんじゃないのか?」
「うーん……普通はね」

 そう言って、ちょっと苦笑いをする。

「内申書とか良いからかな?」
「それもあると思うけど、大概は生徒の自主的な希望によって仕事をしているはずだよ。
 きっと、やりがいがあるからだと思うよ」
「そんなもんか?」
「そうだよ」

 現にこいつも、自分から志願して生徒会に入ったから、なんとなく説得力がある。

「そういやさ、さっきウチの教室を出る時に北村さんを見かけたよ」
「……ユッコを?」
「ああ、また浅田に会いに来たんだろう」

 そう。俺が北村さんを知っていたのは、こいつが紹介してくれていたからだ。
 二人は小さい頃からの知り合いで、いわゆる幼馴染というやつだ。
 ちなみに『ユッコ』とは、北村さんの名前の『由希子』からきているらしい。
 そしてこいつは『春彦』なので、『ハル君』と呼ばれていた。
 最初聞いた時は大笑いし、俺は今でもふざけてこいつを『ハル君』と呼ぶ時がある。
 そして、そんな風に呼ぶ合うくらいだから、てっきり……だと思った。

「ふうん、そう」

 だが、あまり関心が無いようだった。本当にただの幼馴染なのだ。

「あ、そうだ!僕そろそろ生徒会室に行かなきゃ」
「そっか、わりーな。忙しいのに立ち話なんかさせちゃって」
「いいよ別に、それじゃあ今度ゆっくりね」
「じゃあな、ハル君」
「うん」

 そう言って、新崎は廊下の向こうへと走って行った。

「……まったく、笑い顔が似合う奴だよ」

 その後姿を見送り、俺もその場から離れた。


――タッタッタ……


 和泉と立ち話をして、ちょっと時間を食ってしまった。僕は駆け足で生徒会室に向かった。

「すいません!ちょっと遅れましたー!」
 
 生徒会室の扉を開けると、あわただしく動き回る生徒会役員の姿が目に入る。

「遅いぞ新崎君、うちの生徒会は時間厳守がモットーだ」

 手厳しい声を掛けたのは、この学校の生徒会長の、月原先輩だ。

「すみません会長、以後気を付けます」

 そう言って、僕は頭を下げた。

「当然だ、とりあえず処罰としてこの書類整理をしてもらおうか」

 月原先輩が指すその先には、机の上に置かれた大量の書類だった。
 今も何人かの生徒会役員が取りかかっている。

「ええ、またですか?」
「これも生徒会の仕事の一貫だ、不満か?」
「い、いえ。やります」 

 僕は机に向かい、他の人と一緒に書類に取りかかった。

「このプログラムをB4で二十部コピーしてくれ、大至急だ!」
「あ、はい」
「十七ページのこの文法は間違っている、タイプし直してくれ」
「はい、わかりました」 
「会長、球技大会のタイムテーブルについてですが……」
「わかった、今見る」

 目の前で、会長はテキパキと指示を出している。役員みんなは、その指示に従って動いている。

(すごいなあ……さすが月原先輩だよ)

 うちの学校の生徒会は少し変わっていて、生徒会長などを任命するのは前期の生徒会長である。
 つまり、学校生徒の投票などではなく、たった一人の人間が決めるのだ。
 そういう訳なので、任命されるのは生徒会の人間がほとんどで、一番優秀なのが会長になれる。
 大体は二年間生徒会役員の下積みをして、三年の会長が卒業する時に任命されるのを待つしかない。
 だけど、月原先輩は二年になって早々生徒会長に抜擢された。
 当時三年の先輩もいたけど、その人達を押しのけて会長になったのである。
 一年の時の仕事ぶりが買われて、前期の生徒会長に任命されたのだ。

「新崎君、手が止まっているぞ」

 と、いきなり注意をされた。

「あ、すみません!」

 慌てて僕は書類に目を向けた。仕事をこなしながらも、回りの注意を怠ったりはしていない。

(さっすが……)

 そういえば和泉が言っていた、生徒会に入れば内申書に良いと。
 たしかに、周りにいる役員のみんなもそれが目当てだと思うし、
 僕もそうだった。でも、生徒会の仕事のあまりのハードさに辞めて行った者も多い。
 僕と同時期に入った人もほとんどいなくなり、現在二年は四人しかいない。
 三年は月原先輩一人しかいなく、あとの大部分は一年生だ。

「あの、一年生のクラス名簿はどこにあるんですか?」
「ああそれはね、そこの棚の……」

 こうやって、一年生に指導をするのも僕達上学年の仕事のうちだ。
 ここの仕事は実践を通して体で覚えるしかない。僕も一年の時にそうされたみたいに。

「違う!A4用紙じゃない!B5用紙にコピーしろと言ったはずだ!」
「す、すみません!急いで印刷し直してきます!」

 一年生の女子役員が、会長に叱咤されて慌てて出て行く。
 半分泣きそうな顔をしていた。

(こうやって、ふるいにかけられるんだよなあ……シビアだよ、まったく)

 自分も一年の頃はよく注意されていた。
 すでに月原先輩が会長だったので、
 さっきみたいな感じで僕も印刷室に走って行ったことがあった。
 我ながらよく今まで役員を続けられたものだ。

「皆も知っての通りテスト期間だから、今日は四時までだ。
 それまでに各々仕事を切り上げるように」

 会長に告げられ、ちらりと腕時計をみたら一時を回った所だった。
 あと三時間は雑務に追われることになる。

「そこの一年!手際が悪い、他の者に代わってもらえ!」

 生徒会室は、彼女のよく通る声が響いていた。