第五十三話 「メッセージ」

「………」
 
 気付いたら、またもや俺の部屋に全員が集まっていた。

「何か、勘違いしているんじゃないのか?」

 全員を見渡し、あきれるように呟いてしまう。

「いやいや〜、そういう訳じゃないよ。
 別にちょっとした気がかりだっただけであって、特に深くは考えていないよ」

 あのことを、『気がかり』と言っている。

(……俺は知らず知らず、思わせぶりな態度を取っていたのだろうか?)

 ついさっきのことだった。

「涼一さん、あの……ベッドの下の箱はなんですか?」

 高宮がこの部屋から離れた後、北村が突然そんなことを言い出した。

「……は?」

 その言葉を聞き、俺は本から目を離して北村を見据えた。

「い、いえ!その……別に、気になった訳じゃないですけど。あの……」

 聞いた当人は、聞かれた俺よりも当惑している。
 自分の言った言葉を、ちゃんと理解しているのだうか?

「箱って……あれか」

 俺は本を閉じ、ベッドの下の方へと目を向けた。そこには、北村がいう箱がしまってある。

「なんだ、と聞いたな?あの箱がどうかしたのか」

 そう言って、椅子から立ちあがる。その動作に、北村は驚いたように身をすくめた。

「そんな、どうとか……あの、お気に触ったのなら……すみません、でした。
 私が、その……そんなことを口出しする権利なんかないのに……」

 うつむいて、何やら言い訳をするようなことを言っている。

「あの箱は……まあ、いい。見ればわかるだろう」

 俺はベッドに足を向けた。

「えっ!あの……」

 屈み込んで、奥にしまってある箱を取り出す。

「これだろ?」

 手に持った箱を、北村の方に見せた。

「そう、ですけど……あの、いいんですか?」
「何を言いたいのかよくわからんが……この中を見ても、つまらないと思うがな」
 
 そう言って、蓋に手をかけた時だった。

――ガラッ

「あれ、浅田君……?」

 ちょうどその時、高宮が部屋に戻って来た。

「その箱……えっ?あれ?」

 状況を掴めていないのか、俺と北村を交互に見つめている。

「浅田君、その箱って……」
「ああ、北村が見せて欲しいと言ったからな」
「北村さんが?」

 その言葉を聞き、北村に目を向ける。

「へえ……じゃあ、それで今からその箱を公開するわけね」
「公開と言うほどの物でもないが、それがどうかしたのか?」 
「ちょっと待ってて!みんな呼んでくる」

 すると高宮は、扉を引き返して向こうへと消えた。

「………」

 俺は蓋に手を掛けたまま、その光景を見ていた。

(なんだ、一体……)

 そして、今に至る。

「なんかドキドキしますね〜」

 瑞樹の妹は、何やら期待の眼差しを向けていた。

「あのな……」

 少々呆れつつ、蓋を外して中を皆に見せた。

「……えっ?」

 中を覗き込み、皆は意外そうな声を出す。

「涼一君、それって……」
「ああ」
 
 俺は箱を逆さにして振って見せた。

「空だ」

 何も入っていないその箱を、俺は机の上に置いた。

「ただの空き箱だ……だから、見てもつまらないと言っただろう?」

 俺は、もう一度皆を見渡した。

「はっ!確かにな。俺達はたんなる空箱を何か入ってるんじゃないかと、
 考えてたわけだ。まったくお笑いだぜ」 
 そう言って村上は、両手をすくめて笑い出した。

「なーんだ、がっかり〜」
「何があるのか、期待してたのにねえ」

 多少不満が飛び交う中、俺は箱をしまおうとした。

「ちょっと待った!」

 すると、瑞樹がそれを制した。その言葉に俺は動きを止めた。

「なんだ、瑞樹」

 蓋と箱をそれぞれ両手持ち、俺は瑞樹の方に向き直った。
 
「その箱見せてくれるかい?」
「……かまわないが」

 俺はその空箱を瑞樹に渡した。

「ふーん……」

 しげしげと眺め、底の方をまさぐったりしている。

「ただの紙の箱……白い無地で、特に何か仕掛けがある訳でも……ないね」
「お兄ちゃん何やってんの?」
「いやね、もしかしたら何か秘密が……ね」
「オマエなあ、そんなもんあるわけねえだろ。どう見たってそりゃただの空き箱だよ」
「表面の加工に何か……」
「はいはい、名探偵ごっこは終いだ。ほれ」
「あっ、ちょっと待てよ〜」

 村上は瑞樹から箱を取り上げ、俺の方へと返した。

「アンタねえ、空箱なら空箱って、なんで最初から言わないのよ」
「ん……すまなかったな。まさかこの箱を気にかけていたなんて思ってもいなかったからな」
「大体わざわざベッドの下に……」
「いいじゃないのよ、浅田君がたまたま空き箱をしまっていたのを、
 たまたま見つけちゃっただけなんだから」
「まあ……そうだけど」

 高宮に言われ、恵美も納得したようだ。

「そういうことだ……」

 俺は箱に蓋をし、ベッドの下へと戻した。

「……さて、勉強の続きでもするのか?」

 そうしてまた、皆はそれぞれ部屋に分かれて勉強の時間を過ごした。
 それからは特に何もなく、ただ普通に時間は経ち、夕方になって皆が帰る時間になった。

「それじゃ、おじゃましましたー」

 俺と恵美は外に出て、皆を見送りに出ていた。

「お勉強教えてもらってありがとうございました〜、これで期末テストもバッチリでーす!」
「本当〜?加奈ほとんど勉強してなかったんじゃないの?」
「む〜っ!お兄ちゃんに言われたくないよーだ!」
「オマエらなあ、帰る時くらいちゃんとしろよ」

 そう言って村上が、二人を軽く小突いた。

「いたっ。じゃあね涼一君、また学校で〜」
「バイバ〜イ」

 そして三人は帰り出した。

「あの……」

 だがその場には、北村はまだ残っていた。

「なんだ?」

 問い掛けられ、俺が尋ね返す。

「い、いえ。なんでもないです……それじゃ!」

 そう言って、北村も帰って行った。

「なんだったのかしら……ま、いいか。涼一、家に戻りましょ」
「……ああ、そうだな」

(まさか……な)

 そうして、俺達も家に戻った。これで、騒がしい休日も終わったのだった。


―――深夜 就寝前


 寝床に入る前、ベッドの前に立った時。ふと、箱のことを思い出した。

「………」

 屈み込んで、ベットからあの箱を取り出す。

(瑞樹が箱を見たいと言った時は、少し焦ったがな……)

 そう思い、蓋を開ける。

「………」

 そして俺は、箱の中ではなく、蓋の裏側のある一ヶ所を見つめていた。そこには、

『ごめんなさい 涼一』

 と、小さく書かれてあった。

(多分……)

 筆跡から、母親のものだろう。
 この箱はもともと、あの七才の時の誕生日プレゼントの箱だった。
 車のトランクの奥にあって、あの事故にあった時に、なんとか原型を保っていたのだ。
 だが、箱を包んでいたリボンも、肝心の中身もいつの間にかどこかへと消えた。
 今は、この箱だけしか残っていない。
 
(なんで、あやまる必要があるんだろう……しかも、こんな見つけづらい所に……)

 何回か考えたことだったが、明確な答えは出てこない。
 俺は箱をベッドの下にしまい、部屋の電気を消して、自分はベッドの上で横になった。

「………」

 その暗闇の中で、一瞬両親の顔が浮かんだが、すぐに頭から消した。