第五十一話 「ホワイト・ボックス」

 その反応を見る限り、どうやら何かしたらしい。

「村上、ちゃんと見張っていたか?」

 とりあえず聞いてみる。

「一応……その努力はしたが」

 そう言って、他の二人に視線を向ける。

「あっ、えーと……」
「浅田先輩、あの……」

 二人は顔を合わせ、何を言ったらいいか考えているようだ。

「そうだ!そろそろ、向こうにおじゃましようするか!」
「うん!加奈もそうする!」

 そう言って二人は、あたふたと道具を持って立ちあがる。

「……逃げんなよ」

 だが、村上が二人の襟首を掴んでその動きを止めた。

「ごめんなさーい!ちょっとした出来心なんです〜」
「そうだよ〜!第一、実行犯は加奈なんだから」
「お兄ちゃん!人のせいばっかりしないでよ!」
「そんな、僕のせいだってのかい!」
「オマエら二人でやったことだろーが!」

 三人は、それぞれ言い争いをしている。

(つまり……村上が止めようとした所を瑞樹がそのじゃまをして、
 その間瑞樹の妹がベッドの下を探ったという訳だな。まったく……)

「ちょっと、何騒いでるの」

 すると、恵美が部屋にやってきた。後ろには他の二人の姿も見える。

「ちょっとした事があってな……そうだ、とりあえずみんな入ってきてくれ。
 一応飲み物を持ってきたんだ」

 俺はテーブルの上にある盆を指した。

「あら?涼一にしては気が利いてるじゃない。でも……」
「何人かベッドに座れば大丈夫だろ。とりあえず勉強は一時休憩だ」
「休憩ね……まあ、いいけど」 

 そう言って、三人も部屋に入ってきた。
 とりあえず俺がベッドに座り、問題の瑞樹二人も横に置いた。
 他の者はテーブルの周りに思い思いに座る。

「浅田君、何かあったの?」

 盆にあったコップの一つを掴み、高宮がそう聞いてきた。

「俺がいない間に……」

 横でうなだれている二人を見ながら言葉を続ける。

「どうやら、このベッドの下を覗いたらしい」
「ベッドの下?あんた何か、隠してでもいたの?」
「別に隠していた訳じゃないが、物があったのは確かだ」 

 そう言って俺は、ベッドの下から箱を取り出した。

「何それ?」

 恵美は不思議そうにそれを見つめる。

「別に大した物じゃないが……この中を見たか?」
「い、いえ!見てません!」

 瑞樹の妹は、必至に首を横に振る。

「その前に、涼一君が来たからね〜」
「お兄ちゃん!」

 どうやら本当らしい。その言葉を聞いて俺は、その箱をベッドに戻そうとした。

「ちょっと待ってよ涼一。一体なんなの、それ?」

 恵美は、この箱が気になったらしい。そういえば、こいつもこの箱のことを知らなかった。

「恵美さん……そういうことは、別に聞かなくても……」

 北村がそれを制する。どうやら、見られたくない物だと思っているらしい。

「……つまらない物さ」

 そう言って俺は、箱をベッドの下にしまった。


―――恵美の部屋


 その後僕達は、浅田君の部屋に高宮さんと、北村さん。
 恵美さんの部屋には、僕と、加奈と、正弘という風に別れて勉強を始めた。
 この分け方は僕が提案したものだったが、特に反対意見がなかったので採用された。

「……さてと。とりあえず当面の問題を解決しようじゃないか?諸君」

 しばらく勉強した後、頃合いを見計らって言い出した。

「何カッコつけてんだ、慎也」
「ええーい、こういうのはムードが肝心なんだよ」
「……ムードって何?」
「まあまあ、とにかく」 
 
 僕はペンを置き、みんなを見渡した。

「まさか、忘れちゃいないよね。さっきの箱」

 箱という言葉に、皆それぞれの反応をする。

「でも、お兄ちゃん……」
「わかってる、涼一君が見せたくなかったのなら、それはしょうがない事だ。
 だれもそれを覗く権利はない」
「……よく言うぜ」
「まあ、あの時はそういうノリだったし」

 そう言って、ハハハと乾いた笑いを出す。

「ノリって、何なのよ」

 それを聞いて恵美さんが、ちょっと鋭い視線を送ってきた。

「いやいや恵美さん、ちょっと聞きたいけど……あの箱のことは、あなたも知らなかったんだね?」
「うん、まあね……さっき始めて見たわ」

 しばらく考えた後、彼女は知らないと言った。多分ウソじゃないと思う。

「あんな風に思わせぶりに見せられると、あまりにも気になって勉強どころじゃない」
「そうでなくても、勉強なんてする気ねえだろ?」

 正弘が教科書を置いて、嘲るように笑った。

「それはさておき、多分みんなも気になっているんじゃないかな?
 どうだろう、ここは一つあの箱の中身がなんなのか考えてみないか?」

 僕は両手を広げ、周りを見渡した。

「オマエなあ……別にそう、深く考えなくてもいいんじゃないか?
 本人が大した物じゃないと言っていたんだ、俺らがそれを見たって……」
「チッチッチ、わかってないなあ正弘。あの涼一君だよ?
 彼が大した物じゃないと言っても、僕ら一般人が見たら卒倒するかもしれないじゃないか」
「……涼一って、一体どんな風に見られてるの?」

 そこでコホンと咳払いを一つ。

「加奈、おまえはあの箱を手に取った唯一の人物だ」

 僕は隣りで会話を聞いていた加奈に振りかえる。

「う、うん……そうだけど」

 まだ罪悪感が残っていたのか、あまり元気ではない。

「持ってみた感じはどうだった?重さとか、中でどんなものが動いていたとか……」

 加奈はちょっと考えていたが。

「……わかんない、あの時結構夢中だったし、そんなに長く持ってわけじゃないから」

 そう言って首を振る。

「唯一の証言がこれか……まあ、しょうがないね」
 
 僕は前に向き直った。

「しょうがないから、とりあえず思いつくだけの予想を立ててみようか?
 第一ベッドの下にしまうものなんて相場が決まっているから、たとえばエ……」

――ガスッ、ゴッ!

 そう言いかけた時、加奈の肘打ちが胸に、正弘の蹴りが背中に入れられた。

「お兄ちゃん!浅田先輩がそんなもの持ってる訳ないじゃない!」
「いたたた……わかんないよ〜、彼だって健全なる男子高校生なんだから」
「オマエじゃねえんだからよ、アイツにはあまり似合わないぜ」
「そうかな?恵美そんはどう思う」
「……ノーコメント」

 このやりとりに、ちょっとあきれ気味だ。

「まあ、たとえだよたとえ。加奈はどう思う?あの箱」

 とりあえず、加奈に意見を聞いてみる。

「うーん……ペットを飼っているとか?」
「生き物か、なるほどね〜」
「……だけどよ、さっき俺達が部屋にいたとき、ベッドから物音なんて聞こえなかったぞ?」
「いや、大人しいやつかもしれないし、あの時は眠っていたのかも知れない」
「でも〜、箱を持って動き回ったけど、その後もなんも反応がなかったじゃない?」
「……たしかに、じゃあ生き物系は却下だね。死体なら別だけど」
「いやよそんなの、隣りの部屋にあるなんて」
「まあまあ、たとえだって……」

 恵美さんは、あまり乗り気な気分じゃない。こういう時は、さっさと話題を変えるに限る。

「ま、いくら言い合いしてもラチがあかないね。しょうがないから……」
「大人しく勉強しよっと」

 その加奈の一言に、その場の会話は区切りをついた。