第五十話 「アルバムとベッド」

「残念ね、一番手は加奈ちゃんだったわね」

 加奈ちゃんが喜んで出ていったあと、あたしは二人にそう言った。

「じゃんけんの結果だもの、仕方ないわ」
「残念だなんて、そんな……」
 
 二人の性格がわかる返事だった。

「まっ、別に逃げるものじゃないから。気楽に待ってたら」

 皮肉なのかなぐさめなのか良くわからないことを言って、あたしは勉強の続きをし始めた。
 

―――涼一の部屋


「……つまり、この不等式を活用すれば、ここの式は解けるはずだ」

 俺は仕方なく、瑞樹の妹に数学の問題を教えていた。

「本当だー!浅田先輩って、やっぱりスゴイんですね〜」

 本当に理解しているのか、少し教えただけで随分喜んでいる。

「僕らは二年だからね〜、それくらい解けて当然だよ」
「じゃあお兄ちゃん、ここの問題解ける?」
「はっはっは、ごじょうだんを」 
「やっばりね〜……」

 この兄妹がやり取りしている間、村上は面白くなさそうに教科書を見つめていた。

「……さて、飲み物でも持ってくるか。なあ、村上」
「なんだ?」
「ちょっと部屋から出るから、この二人を見張っておいてくれ」
「オッケー、安心して行って来い。何かしでかしたら、カカト食らわせてやるからよ」
「おいおい、正弘のはシャレになんないって〜」
「浅田先輩、飲み物を持ってくるなら、加奈も手伝いましょうか?」
「いや、これくらい俺一人でいいさ」

 そう言って俺は立ち上がり、扉から出て行った。


―――恵美の部屋


「ほら、これよ。今とあんまり変わらないけど」

 あたしは、さっき取り出した中学時代の卒業アルバムを二人に見せていた。
 
「へえ……でも、なんとなくかわいいわね」

 美紀は卒業写真に写っている涼一を見て、そうつぶやいた。

「恵美さんは、一緒のクラスじゃなかったんですか?」

 由紀子が写真を見回したあと、そう聞いてくる。

「うん、この時は違うクラスだったから……
 それよりおもしろいのは、他のページにあるスナップ写真で、どこに涼一が写っているのかよ。
 あいつカメラに撮られるのあまり好きじゃないみたいだから、レンズを向けられた時に逃げちゃうのよ。
 だから見つけるのは困難よ」

 あたしはパラパラとページをめくりつつそう言った。

「おもしろそうね、じゃあ探してみましょうか」
 
 美紀は取り合えず、最初のページから探すつもりだ。

「あの……勉強は」

 そう言っても、由紀子もアルバムから目を離してはいなかった。


―――涼一の部屋


 浅田から見張りを頼まれたが、この二人を同時に押さえつけるのは至難の技だ。

「ふうん、涼一君はこういう本を読むのか〜」
「おい、勝手に触るなよ」
「ああ!こんな所に、浅田先輩の私服が」
「……そんなの見てどうするんだ」

 本当にカカトを食らわせてやろうかと思ったが、
 こいつらの実力からただで済むはずがないと思いつつ、二人に注意をしていた。

「さーて、机は……」
「おい加奈、さすがにそこはプライベートすぎるからやめろって」
「ちぇ、しょうがないな〜」

 さすがにさっきの手前、机に近づけるようなことはしなかった。

「お前ら勉強しに来たんじゃないのか?」
「はっはっは、そんなもの目的の一割にもならないよ」
「加奈は百パーセント、浅田先輩の部屋を見るのが目的〜」
「はっ……やっぱな」

 とりあえず、俺が着いてきて良かったと思う。

「そーだ、ベッドの下をまだ見てないね〜」

 そう言って慎也が、手をさすりながらベッドに近づく。

「ああ、加奈も〜」

 妹もそれに続く。

「オマエら、机はプライベートだからやめろって言ったじゃねえか!
 ベットの下なんか、もっとプライベートだぞ!」

 ベッドから戻そうと、二人の肩をつかむ。

――シュッ……

 その瞬間、慎也が俺の後ろに回りこみ、俺を羽交い締めにした。

「なっ?おい!何するんだ!」
「ふふふ……悪いが腕力は僕の方が上なんだ、そう簡単には引き剥がせないよ。
 この頃ちゃんと、トレーニングしてたからね〜」
「バカか!なんのために稽古してるんだオマエは!」
「ほら加奈、今のうちに早くベッドの下をー!」
「了解っ!」

 悔しいが、本当に慎也の腕から抜け出せない。
 こいつらはこんな時ばっかりコンビネーションを発揮しやがる。

「……だが脚力は、俺が上だ!」

――ゲシッ!

「はぐあっ!」

 俺は押さえられた足を引き剥がし、向う脛をカカトで蹴り付けた。
 慎也はたまらず脛を押さえて転げまわる。

「でも、瞬発力は加奈がいちばーん!」

 気付くと、加奈はベッドから何かを取り出して、部屋の向こうに立っていた。
 見事なくらいの早業だった。

「加奈……浅田が帰ってくる前にさっさと戻せ」
「その前に、ちょっと見るだけだよ〜……この箱、一体なんなのかな?」

 その手に持っているのは、無地の紙でできた、真っ白な箱だった。

「ナイスだ加奈!早く……」

――ボスッ

「うげっ……!」

 取り合えず、床に転がる慎也のわき腹に蹴りを入れる。地味だがちゃんと効いたはずだ。

「おい、浅田に嫌われてもいいのか?」
「……うっ」

 この言葉に、加奈は手を止めた。見ようか見まいか、かなり迷っているようだった。

「でも、浅田先輩のことを良く知るチャンスだし……」
「あのなあ、それでも許される行為じゃないぜ。ベッドの下に入れるなんて、よっぽど大切な物なハズだ」
「そう……だけど」

――コンコン

「……入るぞ」

 その時、浅田が戻って来た。その声を聞いた瞬間、俺達は疾風のような早さでテーブルに戻った。
 もちろん加奈も、ベッドの下に箱を戻してから座る。

「コーラでいいか?一応ウチは酒屋だから、他に頼めば持って来れるが……」

 部屋に入ってくるなりそう言って、盆をテーブルに置く。
 ちゃんと隣りの人間を含めて、七人分のコップが並んでいた。

「いや!キミが持ってきたのなら、なんだってオッケーだよ!」

 慎也は真っ先にコップに手を伸ばし、ぐびぐびと飲み始める。

「あ……じゃあ、いただきまーす」

 加奈も、恐る恐るといった感じでコップに手を伸ばした。
 あれだけの動きをしたのに、息を乱していないのはさすがだろう。

「ぷはーっ!勉強の合間に飲むコーラは最高だね」

 慎也はまだ、わき腹が痛むのか、少し引きつったような顔をしている。

「そうか……ん?」

 すると浅田は、何かに気付いたように部屋を見る。

「……ベッドに、誰か触ったか?」

 その言葉に一番驚いたのは、もちろん加奈だった。


―――恵美の部屋


「……なんか、さっきから涼一の部屋騒がしいわね。ちゃんと勉強してるのかしら」

 恵美が言うように、隣りからドタバタと何やら人が動き回る音が聞こえていた。

「あたし達も、人のこと言えないと思うけど……あっ、これじゃない!」
 
 そう言って私は、写真の一角に指を差した。

「どれどれ……ああ、ちがうわね。ちょっと横顔が近いけど、涼一じゃないわ」

 その登山の風景の写真を見て、恵美は言った。

「そうなの?本当に、このアルバムのどこかに写っているの?」
「本当よー、あたしが前に見たときに確認したもの。涼一本人にも聞いたけど、自分だって言ってたわ」
「ふうん……ちなみに、何カット写ってるの?」
「調べた限り、一枚だけ」
「これはレベル高いわね……」

 ため息を吐きつつ、あたしは次のページを開く。

「あの……ちょっといいですか?」

 すると、横でじっと見ていた北村さんがそれを制した。

「さっきに見たページの前……そう、そこです」

 そこには、運動会のワンシーンの写真が載っていた。
 だが、私はさっき見たけど浅田君は見つけられないでいた。だから次に進んだのだ。

「この客席の隅に……木の根元で横になっている人、涼一さんじゃないですか?」 

 そう言って、その人物を指差した。

「これ?でも、顔が見えないわよ」

 その人物は、カメラと反対側を向いているので顔がわからない。

「由紀子……正解よ」

 だが、恵美はこれが浅田君だと言った。

「えっ!?どうしてわかったの!」

 あたしは驚き、北村さんの方を向いた。

「い、いえ……なんとなく雰囲気が、涼一さんみたいでしたから……」

 そう言って、北村さんは恥ずかしそうに下を向いた。

「……あなた良く見てるわね、大したものよ」

 と言う訳で、浅田君探しゲームは北村さんに軍配が上がった。
 あたしはため息を吐きながら、アルバムを恵美に返した。