第四十九話 「イヤリングの想い出」

「はあい、コンニチワ!涼一君」

 翌日の昼、そいつらはやってきた。

「こんにちは、浅田君」
「おじゃましま〜す」

 皆ウチには始めてくるので、途中からの道案内は恵美が受け持った。

「いやあ、恵美と良一君の学校のお友達だね。よろしく」

 それぞれ、おじさんとの挨拶を交している。
 簡単な自己紹介をし、俺達は二階へと上がった。

「……さて」

 俺は自分の部屋の扉の前に立ち、後ろを振りかえる。

「誰々が、俺の部屋で勉強をするんだ?」

 皆を見渡し、聞いてみる。
 まさか、全員が一緒にする訳はないだろうから、グループ分けするはずだ。

「えとね、来る途中で話し合いたんだ。まず、最初は僕と正弘が涼一君の部屋。
 他の女性方二人と部外者約一名が、恵美さんの部屋ということになったよ」
「部外者ってなによ〜!」
「……早い話、男女それぞれ別れたというとこか」
「その通り。まあ、多分最初だけだと思うけどね。
 何か聞きたいことがあれば、部屋を行き来すればいいんだからね」
「まったく、司会進行ご苦労だな。オマエ結構、幹事とかに向いてんじゃねえか?」
「いえいえ、どういたしまして。
 でもここは涼一君と恵美さんの家だから、
 最終的な決定権はお二人方に委ねられるんだけどね」

 そう言って、俺と恵美とを交互に見る。

「いや、別にあたし達はいいよ。ねえ、涼一?」
「まあな……じゃあ、部屋に入ってくれ」

 そう言って俺は、扉に手を掛けた。

「よーし!ついに、涼一君の禁断のベールがついに明かされる時がきた。
 この瞬間を、僕は一生忘れることはないだろう」
「……恵美の部屋に行け」
「ジョーダンだって!さあ、中に入ろうか」

 あまり釈然としないまま、俺は二人を部屋に入れた。

――バタン

 後ろ手で扉を閉めると、先に入った二人は部屋を見渡していた。

「へえ……聞いた通り、本ばっかだね〜」

 瑞樹が、本棚に近寄りつつそう呟く。

「まったく、こんな環境で良くあれだけ強くなれたもんだ。
 鉄アレイとかスポーツ器具は置いてないのか?」

 村上も、そんな言葉を洩らす。

「そんな物は無いさ、とりあえず座ってくれ」

 俺は中央に置いてある小テーブルに促した。
 二人はそれぞれ、敷いてある座布団に腰を下ろす。

「結構、こざっぱりしてるね〜。
 というより、本以外あまり物が無いということもあるけどね」

 とりあえず勉強道具を用意しつつ、そんなことを聞いてくる。

「別に良いだろう……とりあえず何を勉強するんだ?」
「んーと、正弘どうする?」
「……お前等に任せるよ」

 セオリー通り、テスト日の近い教科から始めることにした。


―――恵美の部屋


「何?隣りが気になるの」 

 それとなくというよりは、そのものズバリを聞いてみた。
 みんな教科書やノートは開いているものの、
 なんとなく何かに気を取られているという感じがしたからだ。

「まあね、半分はそれが目的だったし」

 美紀はペン置き、片手を頬につけてながら言った。

「いえ、私は勉強をするために……」

 由紀子は慌てて教科書に目をやる。

「浅田先輩達、今ごろ何してるのかな〜。そろそろ言ってもいいかな?」

 加奈ちゃんは、すでに勉強などお構いなしといった感じだった。

「まったく、もう……」


―――涼一の部屋 


「あのさ、涼一君」

 しばらく黙って勉強していたかと思うと、瑞樹が急に話し掛けてきた。

「この部屋に来たら、一度見たいと思っていた物があるんだけどね……」
「ああ、あれか。慎也前に言ってたな」
 
 村上は何が言いたいのか判ったようだ。

「いや、こういうのはね。結構プライベートなものだから、
 僕みたいな他人がどうこう言える立場じゃないということは、重々承知しているけど。
 断れるのを覚悟で、お願いがあるんだけど……」

 なんとも言い出しにくいことなのか、はっきりと言ってこない。

「今さら何を言っているんだ……さっさと言ってみろ」

 埒があかないので、とりあえず先を促す。

「じゃあ言うよ、あのさ……
 神之木鈴乃ちゃんから貰った、イヤリングの片割れを見せてくれないかな!?」 

 すると、瑞樹はテーブルに身を乗り出して聞いてきた。

「……イヤリング?」

 その単語に、しばし記憶を呼び起こす。

『シンデレラの靴……じゃないけど……』

 その瞬間、あの時のことを思い出した。

(ああ……そういえば、そうだったな)

 つい、この前のことだった。町で偶然、俺が引っ越す前によく遊んだ人と出会ったのだった。

(……今は、テレビを賑わすアイドルになっているらしいが)

 俺はそういうことには疎いので、会っていた時は全然気付かなかった。

「そんなことも、あったな」
「だろう?でさ、その時にイヤリングを受け取ったんだよね」
「……たしかにそうだが、どこにしまったかな?」

 俺は立ちあがり、机に向かった。引き出しを一つ一つ開けていき、中を調べる。

「ああ……あった」

 そこには、その場所におよそ似つかわしくない、装飾されたアクセサリーが転がっていた。

「これだ」

 それを取り、瑞樹に渡す。

「うわっ、と……投げる?フツー」
「何かまずいか?」
「いや、大切な……まあ、いいさ。へぇー!これね」

 言葉を止め、白々しくイヤリングを見る。

「マニアが手にしたら卒倒するだろうね〜。鈴乃ちゃんまだ人気絶頂だから」
「あまり、そういうことには興味ないが……」
「知らないの?週刊誌なんかじゃ、『イヤリングの片割れを持つ、王子様は誰か!?』
 なんて特集をやったこともあるくらいなのに」
「知らん」
「はあ……まあ、それで一時ちょっとした問題になったけど、
 そのせいで女の子達の間でイヤリングを片方だけするのが流行っているんだよ。
 知ってる子にも何人かいるけどね」
「慎也、もしかしてこのイヤリングの持ち主が誰か、言ったんじゃないだろうな?」
「まっさか〜。僕がそんなこと言ったって、信じやしないよ」
「まっ、それもそうか」
「アッサリ納得するなよ……とりあえず知ってるのは、今この家にいる人達くらいじゃないか?」
「そうか……」

 そう言われ、何気なく恵美の部屋の方の壁を見てしまう。

「まっ、彼女達がこのイヤリングのことを言いふらすこともないと思うね」
「どうして、そう思う?」
「簡単さ〜、第一このイヤリングを見ただけで破……」

――コンコン

 その時、扉をノックする音が聞こえた。

「浅田センパ〜イ、入っていいですか〜?」

 この語尾を延ばした言葉は、瑞樹の妹だ。

「ああ……」
「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて瑞樹がイヤリングを俺に渡す。そして、耳打ち際に話し掛けてきた。

「これ、早くしまったほういいよ。彼女との想い出を壊されたくなかったら」
「はっ?」
「いいからほら、向こうは僕が引き付けるから」

 そう言って。瑞樹が扉に寄って行く。

「何してんだ加奈〜、ちょっと早く来すぎなんじゃないか?」
「えぇ〜、だって〜」

 その間、言われた通り俺は、イヤリングを元の場所にしまった。

「よし……しょうがないな〜!じゃあ入っていいよ」

 俺が行動を終えたのを確認して、瑞樹が妹を部屋に入れた。

「おじゃましまーす!」

 意気揚揚と入ってきて、部屋中を見まわす。

「へえ……聞いた通り、本ばっかですね〜」
「ははっ!そのコメント、さっき僕が言ったぞ」
「むっ……」
 
 すると、瑞樹の妹はテーブルに寄って来た。

「これはジャマ」

 テーブルの上に置いてあった瑞樹の教科書をどけて、自分のを乗せる。
 そしてそのまま瑞樹の座っていた場所に腰を下ろした。

「おいおい、何してんだよ」
「お兄ちゃんは、その辺でやってればいーでしょ!
 浅田センパ〜イ、加奈わからないところがあるんですけど〜」
 
 まったく……と呟きつつ、瑞樹はテーブルの空いている所に座った。