あれから数日経ち、両手の火傷も順調に回復してきた。
――ぐっ…ぐっ…
「……これなら、世話を焼かせることもないな」
両手を握りつつ、そう呟く。ここ数日間、色々な人間から世話を焼かせてしまった。
特に恵美は、自分の責任を感じてか、献身的に尽くしていた。
もし、学校を休んでいたら、あいつも休みかねない程だった。
「だが、もう終わりだ」
俺は鞄を持ち、部屋から出た。
「あっ!何、勝手に着替えてるのよ!」
すると、廊下で恵美と出くわした。さっさと着替えた俺を見て、怒っているようだ。
「もういいんだ、怪我は回復した」
「だって、まだ数日しか……」
「……見ろ」
俺は片手を上げて、指先を軽く動かしてみた。
「本当に?」
「ああ……」
「あーあ、結構この生活、楽しかったけどなあ……」
残念そうにそう言って、後ろを向く。
「せめて、一緒に学校に行くくらい、いいよね?」
「……勝手にしろ」
そうして俺達は、一緒に学校へと向かった。
―――学校 昼休み
「もう、大丈夫なんですか?浅田先輩」
「ああ……」
いつものように屋上に集まっていた。
「だから、もう俺に構わなくていい。大概は一人でできるさ」
「でも……安静にしているのに、越したことはないんじゃないですか?」
「そうよ、別にあたしは構わないわよ浅田君」
「いや、本当にいいんだ……今まですまなかった」
「あ、いえ……別に」
「……仕方ないわね」
そう言うと、一応は納得してくれたみたいだ。
「はあ……怪我人ってのも良いよね〜、みんなに看病してもらえるから。僕もケガしてみようかな〜」
「慎也、それなら簡単だぞ。そこのフェンスを飛び越えるだけでいいぜ」
「あ、なーるほど……って、ケガどころか死んじゃうじゃないか!」
「なんだ、気付いたか」
「あのねえ……」
そんなやりとりを聞いて、皆が声を立てて笑う。
「……飛び越えるで思い出したけど。
一年前にここで、女子生徒の飛び込み未遂事件があったのを知っているかい?」
すると、瑞樹が声をひそめてそう言った。
「えっ、本当に?」
恵美はその話に興味を示したようだ。
「うん。その女子生徒はこの屋上に来て、遺書まで用意したんだけど、自殺はしなかったらしい」
「それって、死のうと思って来たら、途中で怖くなったの?」
「いや違うんだ。噂では、一人の男子生徒が説得して、自殺を思い留まらせたらしいんだ。
なかなか感動する話だね」
「へえ〜……」
瑞樹の話に、素直にうなずいている。
「ちょっと待って……去年そんな事件があったら、あたし達だって知っているはずよ?」
高宮の言葉に、瑞樹はチッチッチ……と言って指を立てた。
「いや、それはね。学校側が体裁を立てるために、一部関係者以外には極秘事項にしたんだ」
「でも……それをなぜ、瑞樹さんが知っているのですか?」
北村が聞くと、瑞樹は少しうろたえたようになった。
「いや……その女子生徒の友達の、妹の、クラスメートの、知り合いの女の子に、
この間ちょっと聞いたんだ。あはは……」
「それって、ウソくさ〜い!」
「慎也、あまりそういう冗談は言わない方がいいぞ。ますます嫌われるぜ」
「いや、本当だって!」
回りの冷ややかな視線に耐えながら、瑞樹は必至に弁明している。
「ねえ!涼一君は信じてくれるよね!」
すると、俺の方に振ってきた。
「浅田先輩が、そんなホラ話信じるわけないじゃない。そうですよね〜」
だが、俺は首を横に振った。
「いや……信じるさ」
そして、そう言った。
「ええっ!?」
回りはその言葉に驚いている様子だ。ただ一人瑞樹は、満面の笑みを浮かべて俺の両手を握ってくる。
「ありがとう!キミだけは僕のことを信じてくれていたんだね。
ああ……僕は涼一君みたいな友達を持てて幸せだよ〜……」
「ちょっと、お兄ちゃん離れてよ!……浅田先輩、どうしてお兄ちゃんのホラ話を信じるんですか?」
「そうよ浅田君、どうしてなの?」
そうやって、俺を問い詰める。
「どうして……って、言われてもな……」
俺は、フェンスの一角に顔を向けた。
「……その話の男子生徒が、俺だからさ」
―――昨年 五月
入学してから一月が経った。
クラスの人間はそれぞれ打ち解けてきて、
これから入る部活やら学校行事やらで、ガヤガヤと騒いでいた。
そんな中、俺はそういう人間達には加わらず一人だった。別にいつものことだった。
「義務教育は終わったはずなのに……なんで、この高校に入ったのだろうな」
そんな風に呟いてしまう。
学校に入って、やりたいことも見つけられないでいると、そんな風に考えてしまう。
「知らず知らずに回りから圧迫され、惰性のような感じだったのだろう……」
この学校を選んだ理由は、歩いて通える近さがあったからに他ならない。
「……俺は、何をしているのだろうか?」
朝学校に来て、授業を受け、ただ帰るといった生活が続いていた。
たまに、図書館を活用する以外、行動範囲は限定されていた。
そんな時、屋上の存在を知った。
――ギィ……
放課後あたりに扉を開けると、ほとんどと言っていいほど誰もいなかった。
「……静かでいいな」
昼間の学校内の喧騒が嘘のように、屋上は静かだった。
遠くからわずかに聞こえるグラウンドの掛け声が、風に乗ってくるくらいだ。
俺はたまに、そこで本を読んでいた。
そして、しばらくしたある日、放課後遅くのことだった。
――ガチャッ!
いつもの様に、屋上で一人で本を読んでいたら、突然扉が開かれた。
「……ん?」
見ると、一人の女子生徒が入ってくる所だった。
――バタン!…・・ガチャ、ガチャ……
そして、扉を閉めて何やら作業をしている。その様子に、何やらただならぬ雰囲気を感じられる。
(……おいおい、勘弁してくれ)
扉の作業が終ったと思うと、今度は向こうのフェンスの方まで駆け出して行った。
――ガシャ……
フェンスに手をぶつけ、頭を垂れている。
「なんだか知らないが……帰るか」
俺は本を閉じて鞄にしまい、屋上の出口に向かった。
「……えっ?」
見ると出口には、取っ手の所に鎖が巻かれており、大きな南京錠がしっかりとはまっていた。
(これは……あの女子生徒がやったのか?)
振り向くと、まだあのフェンスの位置に立っていた。
「これでは……帰るのに困難だな」
仕方なく俺は、その女子生徒の元へ向かった。
――ガシャ…ガシャ…
すると、その女子生徒はフェンスの登りはじめた。
「………」
そしてフェンスの向こうに立ち、何やら外を見詰めている。
(何か……穏やかな雰囲気ではないな)
「……ちょっと、すまないが」
多分自殺でも図ろうとするだろう、その女子生徒に俺は声を掛けた。
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