第四十二話 「責任と権利」

 少しばかり夢を見た。
 両腕が縛められ、鉄の牢に閉じこもっている夢だった。
 ただし、その牢に鍵は付いていなかった。出ようと思えば、いつでも出られるものだった。
 こんな浅い眠りで、しかも数分の時間だったのに、夢を見るものかと思った。

「おはよ!涼一君」

 気付くと、いつものメンバーが机の周りに揃っていた。

「聞いたよ、テストで教師を一泡拭かせたんだって?いやあ、さすがだね〜」

 いつものように、瑞樹がしゃべりだす。

「そんなこといいじゃない。それより涼一、お医者様はなんて言ってたの?」
「ああ……」

 俺は、机の上で交差させている両手を見詰めた。

「大したことじゃない……一週間もすれば、包帯も取れる」
「そう……ごめんね」
 
 少し、恵美の表情が暗くなる。

「いやいや、まったく。バイトが終わって早々怪我するなんて、キミも不幸だね」
「……そうだな。いや、バイト期間中に怪我しなかっただけでも、幸運だったな」
「浅田せんぱーい、その手じゃ色々不便じゃないんですかー?」
「まあ……そうだが」
「あの、ノートとかはどうなされてます?」
「あたしのをコピーさせてあげる……って言いたいけど、浅田君ノート取らないしね」
「……まあな」

 その時、もうすぐチャイムが鳴るという時刻になった。

「あっ。じゃあまた後でね、涼一君」
「いっけなーい!急がないと」
「それでは……」
「またね涼一、お昼一緒に食べようね」

 そうして、みんなそれぞれ散って行った。一応俺も授業の準備をする。

「私達、次の授業移動教室よ。教科書、持ってあげるわ」
「いや……」
 
 断ろうとしたが、高宮はさっさと教科書を持って行った。


「だうしたんだ正弘?さっきから黙っていて」
「ん?いや……浅田は今、両手が使えないだろう?」
「そうだね」
「そうしたら、今襲われたらどうなるんだ?」
「正弘まさか……」
「俺はそんな姑息な真似はしなしい!……ただ、他の連中はどうかな」
「うーん……どうだろうね、でも涼一君だからね〜」
「ああ、違った闘い方が見れるかもな……」


―――昼休み


 俺達は、いつも通り屋上に上がったが……

「ちょっと待ってよ美紀。だから、あたしが食べさせるって言ったてるじゃない!」
「あら?それは違うんじゃない」

 高宮と恵美が、何やら口論をしている。

「涼一は、あたしのせいで怪我したのよ。責任として、あたしが食べさせるわ」
「でも、このお弁当はあたしが作ってきたのよ。だから、食べさせる権利は私にあると思うわ」
「あのー、それなら加奈が……」
「だめっ!」
「だめよ!」
「お兄ちゃ〜ん、怖いよ〜……」
「加奈、この闘いはじっと見ているだけしかないんだ」
「ううう……」
「……大体、夕べの食事も手伝ったんでしょ?」
「うん、まあ……」
「いいな〜」
「それなら、昼くらいは私が担当するわ」
「だめよ!一日中看病したって、足りないくらいなんだから……」

 会話がそこまで行く頃には、すでに俺は屋上から消えていた。


「あれ?浅田君は……」
「あの……先程、屋上から出て行かれました」
「えっ、なんでよ!」
「キミ達が討論している間に、あきれたんじゃないの?」
「………」
「………」
「僕は悪くないって!睨まないでよ〜」
「……浅田も災難だな」


 俺は校舎を渡って、購買に来た。

「はい、320円です」

 財布から小銭を出すにも、少しばかり苦労する。
 パン二つと、パックのジュースを買い、俺は外へと出た。

――ガサガサ……

 ビニールを剥がすのも、これまた一苦労だ。
 両手の手の平でビニールの端をはさみ、もう一方を口で引っ張って開ける。
 パンの開封の次は、ジュースのパックだが、これがまた困難だった。

「あ……ここに、いらしたんですか」

 振り向くと、北村が立っていた。そして、俺の手元に目を向ける。

「ジュース……ですか?よろしければ、貸してください」
「……ああ」
 
 俺は素直にジュースを渡した。すると、パックの口を開けてくれてた。

「どうぞ」
「すまない……」

 それを受け取る。

「いえ、いいんです……これくらい」

 そう言って、うつむいた。

「あの……お隣り、よろしいでしょうか?」
「ん?構わないが……」

 そして、俺の隣りにといっても、少し間を空けて座った。

「………」

 俺は黙々とパンを口に運び、ジュースをすすった。

「あの……」

 しばらく経って、北村が話し掛けて来た。

「お怪我……大丈夫ですか?」
「……大丈夫、じゃないな。それだったら、パンを食うにもこんなに苦労はしない」
「あ、すみません!そうですよね……そんな当たり前のことを聞いて」
「いいさ……」
「……何かと、不便でしょう?」
「まあな……だが、俺なんかの為にあそこまで世話を焼こうとするのは、どうかと思うがな」
「……恵美さん心配していました。自分のせいで、涼一さんを傷つけてしまったことを」
「俺が勝手にしたことだ・……そこまで責任を感じることはない」
「でも!……恵美さんを助けたのは、事実なんですよね」
「……ああ」
「やっぱり、涼一さんは優しい方なんですね……」
「優しい?……俺がか?」
「はい」
「……よしてくれ」
「あの、私……できれば、涼一さんのお手伝いがしたいです。
 私にできることがあれば、なんでもおっしゃってください」 
「いや、しかし……」
「遠慮なさらないでください、涼一さんは怪我人なんですから……」
「……さっき、ジュースのパックを開けてくれた。それで十分だ」
「そんな……」
「俺のせいで、他人に迷惑を掛けたくない」
「迷惑じゃ……ないです、私がしたくてやっている訳ですから。気にしないで下さい」
「………」
「あの……」
「もうすぐ休み時間が終わる。そろそろ戻ろう」
「あっ……はい」

 そうして、立ち上がろうと地面に手を掛けた時だった。

「ぐっ……」

 うっかり、怪我のことを忘れていた。手先に痛みが走る。

「あ、大丈夫ですか!」

 北村が慌てて俺を見る。

「ああ……大したことはない」

 そう言って、俺は手を使わずに両足だけで立ち上がった。