第三十四話 「涼一、バイトをする (二日目)」

――コーン・・・カーン・・・

「さてと・・・浅田君、今日も帰りにバイトだよね?」
「ああ・・・」
「大丈夫?」
「・・・別に」
「ふうん・・・ならいいけど。じゃあ、また明日ねバイバイ」
「・・・・・」

 学校を出て、真っ直ぐ店に向かう。

(昨日で、大体の要領を得た・・・簡単なことだ)

 裏口をくぐり、店の奥入った。


「あ・・・」

 彼が来た、昨日からお手伝いで来ている浅田君。今・・・客の相手をする所だ。

「いらっしゃいませ・・・メニューはお決まりでしょうか?」

 そつなくこなし、淡々と仕事をしている。二日目とは思えないほどの落ち着き振りだ。

(私が手ほどきする所なんてないわね・・・もしかして経験者かしら?)

 なんとなくそう思ってしまう。私が最初にこの仕事を始めた時とは大違いだ。

「・・・ありがとうございましたー、え〜・・・1260円になります」

 そんなことを考えつつレジを打つ、私も結構長いことこの仕事をしていると思う。

(二年位前だったかな・・・)

「『瀬名 のぞみ』といいます、どうぞよろしくお願いします」

 大学に入りたてのあの頃、一人暮しを始めて
 仕事を探していた時にここの店のバイトに入った。

「え・・・えと・・・メニューはお決まりでしょうか?」

 あの頃はまだ慣れなくて、たまにしどろもどろになってしまう時があった。

「10980円・・・あれ?ちがいますか?・・・あああ、えと・・・」

 失敗も多々あった、あの頃は随分若かったような気がする。

(・・・って、私もまだ二十歳じゃない、何考えてるのよ)

 
―――休憩時間

「お疲れ、浅田君」
「どうも・・・」

 彼は事務室の椅子に腰掛けていた、特に何をしているという風でもない。

「早くも仕事に慣れたみたいね、もしかして・・・こういう仕事に経験でもあるの?」
「いえ・・・始めてです」

――コポコポコポ・・・

 コーヒーを紙コップに入れつつ、私は彼に話し掛けた。

「へえ・・・あ、飲む?」
「いえ、いいです」
「そう・・・」

――ズズ・・・

 少しコーヒーをすする。

「まだ高校生よね、何年?」
「・・・二年です」
「どうしてここで手伝うことになったの?」
「どうしてって・・・聞いてませんか?」
「うん」
「・・・久坂さんに頼まれたんですよ、一週間だけって・・・断る理由も無かったですし」
「ふーん、店長にね・・・どういう関係?」
「・・・・・」
「あ・・・ごめん、ちょっと突っ込みすぎたかな?」
「いえ・・・俺はこの店にたまに配達来ていたんです、
 もしかしたら・・・瀬名さんと会っていかもしれませんけど」
「配達?」
「ええ、家が酒屋で・・・」
「あー!あー!そうかあ・・・あなたねー。なるほど見たことあるわ」
「・・・・・」
「ちょっと二、三回見ただけだから気づかなかったわ。ごめんね」
「いえ・・・」

――ズズ・・・

 またコーヒーをすする、その際ちょっと髪の毛をいじる。

「でも・・・一週間続けて休み無しよね?大変じゃない?」
「大丈夫です・・・別に」
「まっ、私もあんまり休みなんてないけどね・・・こう見えても大学生なんだけど」
「・・・・・」
「悠悠自適のキャンパスライフを予定してたんだけど・・・こうもバイト三昧じゃねぇ・・・」
「・・・・・」
「あれ?グチっちゃったね、ごめんなさい」
「いえ・・・」

――ズズズズ・・・

 残りのコーヒーを飲み干した。

「さてと・・・休憩時間も終わりね、もう少しがんばりましょう」
「・・・はい」

 そうして私達は事務室から出た。

(仕事だけじゃなくて、普段もあんな感じなのね・・・)

 彼の後ろ姿を見てそんな風に思った。


―――閉店間際

「ありがとうございましたー」
「・・・てきたよ」
「ええー!」
「ずるーい!」

 三人連れの女子高生が帰っていった、あと二つのテーブルが終わったら閉店だろう。

「・・・あら?」

 今帰っていった客のテーブルの後片付けをしていたら、
 グラスの脇に折りたたまれた紙片があった。

『かっこいいウェイターさんへ』

 見える位置にそう書かれていた。

(ふうん・・・浅田君ね、なるほど・・・彼、結構かっこいいもんね)

 私は紙片をポケットに入れた。

「あ・・・浅田君、ちょっと」
「・・・はい?」

 店が終わり、着替えて帰ろうとする彼を呼び止めた。

「これ・・・さっきのテーブルにあったわよ」
「・・・・・」

 彼は渡した紙片に目をやる。

「・・・なんですか?」
「さあ?見ればわかるんじゃない?」
「・・・・・」
「・・・なんて?」
「電話番号・・・それとメッセージ」
「へぇー、あなた結構やるわね。で、どうするの?」
「・・・捨てます」
「え?」
「俺には必要ないです」
「いいの?結構かわいい子だったわよ。もったいないんじゃない?」
「別に・・・」
「もしかして彼女持ちとか?」
「・・・いえ」

 そう言って彼は本当にごみ箱に捨てた。

「あらら・・・後悔しない?」
「・・・・・」
「なんか、そういうことに興味無いってかんじね」 
「・・・そうですか?」
「まあ、なんとなくよ・・・なんとなく」
「・・・・・」
「さてと・・・じゃあね、私は明日休みだから。
 わからないことがあったら他の人に聞いて」
「・・・はい」

 私はそうして店を出た。まあ、彼なら大丈夫だろうと思ったけど。