第三十三話 「涼一、バイトをする (一日目)」

――ガラッ

「・・・ただいま」

 扉を開けると、おじさんとお客が話しをしていた。

「おっ、おかえり」
「やあ、こんにちは」
「どうも・・・」

 その人は、俺がたまに配達をする先の人。

「なあ、八木さん。彼はどうかな・・・」
「涼一君が?」

 何やら俺に対しての話題らしい。

「・・・・・」

 とりあえず上にあがろうとした時だった。

「涼一君」
「・・・はい」
「ちょっといいかな?」
「ええ・・・」

 呼び止められて俺はおじさんと向き合った。

「何ですか?」
「・・・この人、知っているだろう?」
「まあ・・・配達先で少し」
「改めて自己紹介しようか、私の名前は久坂。
 知っての通り君が配達してくれる店の店長だ」
「はあ・・・で?」
「実はね、私の所で急に欠員が出てね。今人手不足で困っているんだ」
「・・・・・」

 話が見えてきた。

「・・・次の人は見つけたんだが、都合により一週間後でないといけないらしい」
「つまり・・・そこで手伝ってほしいと」
「まあ、簡単にいえばそうだ」
「・・・・・」
「私はたまたまこの店に寄って、八木さんと話をしていたらこの話題になったんだ。
 だれいい人いないかって」
「恵美も候補に上がったんだが、あいつは部活やら家事やらで忙しいだろ?」
「まあ・・・たしかに」

(暇そうに見えるのか?・・・俺が)

「あの・・・たしか久坂さんの店って・・・」
「ああ、いわゆるファミリーレストランだ。
 もし手伝ってくれるなら・・・ウェイターなんかかな?」
「接客業ですか・・・」
「何、ちゃんとバイト料は払うさ。時間も学校が終わってからでいい」
「・・・・・」
「どうだい、涼一君?社会勉強だと思ってやってみたらどうだ?」
「夏休み前だし、ちょっとした小遣い稼ぎと思ってくれればいいよ。
 ウェイターといっても大して難しくはないさ」「・・・・・」

 二人が俺の言葉を待つ。

(・・・まあ、やってもいいが・・・
 学校から帰ってきてもやることはないしな、金が入るのに悪いことはない)

「わかりました・・・いいですよ」
「本当かね?じゃあ明日、水曜日から来てくれるかい」
「ええ」
「じゃあ・・・夕方五時から十時の五時間だ、ちなみに一番混む時間帯だから」
「はい」
「ウェイターのマニュアルを渡しておくよ、目を通してくれ。じゃあ明日会おう」
「・・・・・」

 そう言って久坂さんは帰っていった

「・・・・・」

 俺は手渡されたマニュアルに目を落とした。

――ガラッ

「ただいまー!」
「おかえり、恵美」
「ふぅ〜疲れた・・・あれ涼一、何見てんの?」
「・・・マニュアル」
「え?」
「涼一君は、明日から一週間バイトすることになった」
「ええっ?」
「・・・ファミレスのウェイターだそうだ」
「ええええーーーっ!?」


―――次の日

「・・・浅田君、それ本当?」
「ああ・・・」
「うわ〜、浅田先輩がバイトするんですか〜」
「ふふん、こりゃ見物だね〜」
「・・・・・」
「あの・・・何日くらいするんですか?」
「今日から一週間・・・夕方からだ」
「しかし・・・アンタに接客業なんて出来るの?」
「さあな」
「涼一さん、がんばってください」
「・・・・・」

 放課後、俺は真っ直ぐ店に向かった。

「・・・・・」

 表通りに面したこの店は、割合客がくるらしい。
 夕方の今ごろがピークらしいが・・・

――・・・プシューッ

「・・・あの」
「あ、いらっしゃいませー!お一人様ですか?」

 ポニーテールの女性店員が話し掛けてきた。

「いえ、違います。浅田ですけど・・・久坂さんは?」
「・・・ああ、浅田君ね?店長から話は聞いてるわ。
 そこから奥に事務室があるから・・・そこに行ってくれる?」
「あ・・・はい」

 言われた通り、奥の部屋に入ってみる。

――ガチャ・・・

「・・・・・」

 誰も居ない部屋で少し待っていると・・・

――タッタッタ・・・ガチャ!

「・・・おっ?来てくれたね、さっそくだけどこれに着替えてくれないか?」

 久坂さんが指差したのは、壁に掛かってあるこの店のコスチュームだった。

「はあ・・・」
「隣りに更衣室がある、そこに行って着替えてくれ。
 そうそう、一番左端のロッカーが君のだ」
「・・・わかりました」

 俺は服を手に、更衣室に向かった。

「・・・ここか」

 二つのドアが並んでいて左が男用、右が女用と書かれている。

――ガチャ・・・

「・・・・・」

 中は誰もいない、俺は手早く着替えを済ませて事務室に戻った。

「・・・お、良かったサイズが合ってるね」
「ええ・・・」

 見ると、事務所内には数人の男女が集まっている。

「彼が、浅田君だ。一週間の短い期間だが、よろしく頼むよ」
「どうも・・・」

 久坂さんがめいめいに俺を紹介する。

「じゃあ・・・瀬名君、彼が仕事中に何かあったら指導してくれ」
「はい、わかりました・・・よろしくね、浅田君」
「・・・はい」

 その人は、さっき店に入った時に最初に会った人だった。

「えと・・・マニュアルはちゃんと頭に入ってるのね?」
「はい」
「練習する?」
「いえ、いいです」
「・・・じゃあ、実際の雰囲気を見てもらおうかしら。ほら、あそこ」

 顔を向けた先には、この店の人がオーダーを受けている。

「・・・はい、お飲み物はいつお持ちしますか?」
「えーと・・・先に」
「はい、かしこまりました。ご注文を繰り返させていただきます・・・」

 そこには、ごく一般的なファミリーレストランの対応がなされていた。

「どう、できそう?」

 横の瀬名さんが聞いてきた。

「ええ・・・まあ」

 とりあえずうなずく。

「じゃ、あそこのオーダーとってきて」
「・・・はい」

 俺は、瀬名さんが指すテーブルに向かった。

「いらっしゃいませ」

 ・・・受け答えはとどこおりなく済んだ。

「うん、上出来じゃない。初めてにしてはね」
「・・・・・」

 そうして、俺はいくつかのオーダーを取っていった。

「・・・ねえ」
「うん、いいよね・・・」
「バイトかな?」
「・・・ご注文はお決まりでしょうか?」
「え?あ・・・ええと、このセットの・・・」 
「・・・・・」

 無駄なく、テキパキとこなしていく。
 オーダーを取り、注文の品を持っていく。ただそれだけだ。

―――閉店時間

「どうだい?アルバイト初日目は、疲れたかね?」
「いえ・・・」

 着替え終わった俺に久坂さんが話し掛けてきた。

「ま、あと六日だ。がんばってくれよ」
「・・・はい」

――ガチャ

「お疲れ様です、お先に」
「瀬名君、お疲れ」
「あ、そうそう。浅田君」
「は?」
「・・・中々サマになってたわよ。じゃあ、また明日ね」
「・・・・・」

 そう言って瀬名さんは出て行った。

「じゃあ・・・俺も帰ります」
「ああ、明日も頼むよ」
「・・・・・」

(あと六日か・・・)


――ガラッ

「ただいま・・・」
「おっかえりー!お勤めご苦労さまでーす」
「・・・・・」
「どうだった?」
「別に・・・」
「ま、アンタのことだから適当にこなしたでしょうね」
「・・・・・」
「ゴハンは食べてきたの?」
「いや・・・」
「じゃあ、用意するね」
「え?・・・いや・・・いい、自分でするよ」
「そお?」
「・・・ああ」

(はあ・・・)

 なぜか、心の中でため息をついた。