第三十一話 「可奈のキモチ」

  私はどう思われてるんだろう?

「あ・・・瑞樹」
「こんにちわ!浅田せんぱ〜い」

  いつもお兄ちゃんの妹・・・っていう、感じで見られているのかな?

「昨日スゴかったですね〜、先輩があんなに歌がお上手なんて〜」
「・・・ああ」

(いつもこんな調子・・・)

 でも、これはみんなに言えることだ。浅田先輩は誰にだって、こんな風な感じ。

「あ・・・授業始まっちゃう!浅田先輩、まったね〜」
「・・・・・」

(・・・可奈だって、大丈夫よね?)

――科学室

「いいですか?この薬品を・・・」

  私は黒いテーブルにヒジを付けて、両手でアゴを支えていた。

「・・・はぁ」

  少しの間ぼーっとする。

(浅田先輩・・・)

  カッコ良くて、スタイルも良くて、クールで、ケンカも強くて、
 歌も上手くて、スポーツも頭もいいらしい・・・

(・・・考えたら、めちゃめちゃスゴい!)

  本当にこんな人がいるんだと思う、こんな完璧な・・・

(・・・でも)

  もし、あれで性格がお兄ちゃんみたいなだったら・・・
 私なんか近づくことさえ出来なかったかもしれない。

(そう思えば・・・私は幸運かな?)

  私の周りでも、浅田先輩に近づきたい子はいっぱいいる。
 普通に話しかけても、無視されるのが大抵だ。

「ハードルは・・・高いな・・・」

  思わず、そうつぶやいてしまう。

「可奈?」
「え?」
「何やってんの?早く実験しないと」
「あ・・・なんだっけ〜」
「もう〜、聞いてないんだから!」
「あははは・・・」

―――昼休み

「あっさだせんぱ〜い!」

  元気良く、ご挨拶をする。

「・・・ああ」

  少しこちらを見たが、あまり気が乗らない様だ。

(う〜む・・・手強い)

  でも、こんなのはいつものことだ。

「あはは、お兄ちゃんったら〜」
「なんだよ〜!悪いか?」

  こんな楽しい会話でも、浅田先輩は・・・

「・・・・・」

  くすりとも笑わない・・・

(・・・どうしてかなぁ)

  彼女がいないって言ったけど、その気になればいくらでもできるだろうな。

(もし・・・)

  もし私が、浅田先輩とお付き合いできたらスゴいだろうな。

(きっと、みんなにうらやましがれるだろうな〜)

「くすくすくす・・・」
「可奈?急に笑い出して・・・気がふれたのかい?」
「な・・・何言ってのよ〜!バカお兄ちゃん!」
「・・・バカはないだろ〜」
「でも当たってるだろ?」
「正弘まで〜」
「あはは・・・」


――放課後

 私は真っ直ぐ浅田先輩の教室に向かった。
「あ・・・せ〜んぱい!」
 見ると、ちょうど教室から出るところだった見たい。
「・・・・・」
 向こうはこちらをちらりと見たが、何も答えなかった。
「あれ?ほかのみなさんは・・・」
「さあ・・・」

(今は一人・・・チャンス!)

「じゃあ!一緒に帰りましょ!」
「え?」
「ほら、はやくはやく」
「・・・・・」

 私は強引に浅田先輩を引っ張っていった。


「・・・なんですよ〜」
「・・・・・」

 帰り道、私は色々な話題を持ち出したけど、全然乗ってくれない。

(う〜ん・・・)

 浅田先輩はずっと前を見て、私のことなんか気にもとめないって感じだ。

「あの〜・・・聞いてます?」
「・・・ああ」
「本当ですか〜」
「・・・・・」

(せっかく二人っきりなのに・・・)

「あ!ここのお店、けっこう美味しいって評判・・・」
「・・・・・」
「ちょっと・・・あ、待って下さい・・・」

(本当に私って・・・どう思われてるのかな・・・)


―――次の日

「はぁ〜あ・・・」

 結局昨日はなんの進展もなかった。
 気づいたら時間だけが経ってて、いつのまにかお別れしていた。

(せっかくのチャンスだったのに・・・)

 そんな風にトボトボと歩いていたら、廊下の途中で八木先輩達を見かけた。

「あ、こんにちわ〜」
「あら?加奈ちゃん」
「こんにちは」
「どうも」
「皆さんなにしていらっしゃるんですか?」
「ん?ただの井戸端会議よ」
「恵美・・・それはちょっとオバさんくさいわよ」
「私もそう思います・・・」
「そう?」
「・・・・・」

 私もその井戸端会議に参加した時だった。

(そうだ・・・浅田先輩のことでも聞いてみよう、何かいい情報が聞けるかも)

「え?」
「彼のこと?」
「涼一さん・・・ですか」
「アイツねぇ・・・はたからみたらただの変わり者にみえるでしょうけど・・・」
「う〜ん・・・難しいわね」
「・・・私は、やさしい方だと思いますけど」
「由紀子〜、それがわかんないのよ。なんで?」
「さあ・・・私にも・・・」
「・・・浅田君は何か・・・完全なところがあるけど、どこか欠落している気がするわ」
「美紀、なんか文学的ね」
「そう?・・・彼みたいな人は・・・多分、心の拠り所が特に必要だと思うわ」
「心の・・・?」
「ええ、これは・・・あたしの個人的な解釈だけど、
 彼は普通の人では無い様々な過去を背負っているわ。
 浅田君はそのせいがあってか、周りの人とは打ち解けようとしない・・・そうでしょ?」
「そうですね・・・」
「そんな彼を支えてあげる人が必要だと思うわ・・・なーんてね」
「ふ〜ん・・・美紀って結構考えてるのね、お弁当も作ってあげてるし・・・
 母性本能でもくすぐられてんじゃない?」
「まあ・・・当たらからずとも遠からずってとこかしら。
 北村さんはどう思ってるの?良かったら聞かせて」
「あ・・・私ですか、さっきも言いましたけど・・・涼一さんはやさしい方だと思います。
 涼一さん良く・・・冷たい人だとか色々言われますけど、私は・・・違うと思います。
 知り合ってまだ間も無いのにこんなことを言うのも・・・あの・・・」
「気にしなくてもいいわよ、アイツを考えてくれる人がいるだけで良いことなんだから」
「そ・・・そうですか?
 あの・・・私は、涼一さんはその・・・昔は明るくて、やさしい人だったと・・・
 高宮さんが言った通り色々なことがあって今みたいになってしまいましたけど・・・
 多分、心の中は変わっていないと思います。
 たまに出る態度から・・・そんな気がするんです・・・」
「な〜るほどね、みんな良く考えてるわね」
「あの・・・恵美さんは?」
「そうね、彼のことを一番良く知っているのはあなたじゃない。聞かせてほしいわ」
「あたしは・・・う〜ん・・・まあ、アイツはねえ・・・
 無表情だし、態度は素っ気無いし、何を考えているのかわかりづらいけど。
 でもまあ・・・二人が言ったことは結構当たってると思うよ。うん、良く見てるじゃない」
「・・・・・」
「・・・・・」
「心の中か・・・確かに悪い奴じゃないよね。
 まあ・・・正義感丸出しでしゃしゃり出る奴よりはマシじゃない。
 アイツは下心もなければ、よこしまな考えをもってなそうだから・・・無害な奴って所かな。
 その気になれば勉強でもスポーツもかなりのとこまで行くのにね」
「・・・そうね」
「ええ・・・」
「涼一が人と接しないのは、過去に自分が人を守りきれなかったことに対して
 負い目を持っているからだと思う。なんでも出来ると思っていた自分の自信が
 粉々に壊れちゃったから・・・だから、もう人とは交わらないって・・・」
「でも・・・それは・・・」
「ええ、違うわ。アイツだって・・・わかっていたはずよ。
 こんなことしたってしょうがない、意味がないって・・・
 でも、そうするしかなかった・・・そのうち、それが身に染み付いてきて今みたいになった
 ・・・てとこかな?まったく世話の焼ける男ね。ある意味子供みたい。
 そばに居る人がしっかりしないとアイツはどんどん落ちて行くわ・・・て、あれ?加奈ちゃんは?」
「あれ?そういえば」
「さっきまでいたんですけど・・・」

――タッタッタッタッタ・・・

 私は思わずその場から逃げてしまった。

(恥ずかしい・・・彼女達があんな風に浅田先輩のことを考えてるなんて・・・
 外見や表面しか見ていない自分が恥ずかしい!・・・
 これじゃ、私なんてただのミーハーといっしょじゃない!)

 そう思うと、自分のしていることがバカみたいになった。

(私なんて・・・浅田先輩に近づく資格なんてない・・・) 

――タッ・・・タッ・・・

 足が遅くなり、トボトボと教室に帰ろうとした時だった。

「・・・どうしたんだ」

 急に後ろから声がかけられた。

(!?)

「浅田先輩!!」

 振り向くとそこには・・・

「よっ、加奈。今の声似てた?」

 お兄ちゃんだった。

「・・・・・」
「いやあ・・・加奈に通じるなんてね、僕は結構物マネの才能があるんじゃないかな?」
「お兄ちゃんの・・・」
「えっ?」
「・・・ばかぁ!!」

――ズガァアアア!!!

「ふげぁああ!!」

――タッタッタ・・・

「い・・・妹よ・・・強くなったな・・・がくっ」

 私はまた走り出した。どこに向かっているだけでもなく。

(もう信じられない!・・・浅田先輩だと思って喜んだのに、こんな時にあんな冗談するなんて!)
 
「はぁ・・・」

 ため息をつき、再び歩き出したその時だった。

「あ・・・瑞樹」

 また声が聞こえた。

「しつこぉーい!!」

――ひゅっ!

 私は振り向きざまに裏拳をはなった。

――・・・スカッ

「え?」
「・・・・・」

 そこには本物の浅田先輩が立っていた、裏拳はすれすれでかわされたみたい。

「あ・・・あの・・・すすすすみません!・・・てっきりお兄ちゃんかと思って・・・」
「・・・いいさ」

 見ると本当に気にもとめていないって感じだ。

「ちょっと・・・お話してもいいですか?」
「・・・まあ、かまわないが」

 私達は廊下の窓際に移動した。

「その・・・私は・・・浅田先輩のそばにいていいんですか?」
「・・・は?」
「あ・・・いえ、その・・・私みたいな子が浅田先輩に近づく資格なんて・・・」
「なんだかわからんが・・・」
「だから・・・あの・・・」
「・・・何を考えているんだ?君らしくない」
「え?」
「いつもどおりに振舞えばいいじゃないか」
「じゃあ・・・これからも昼休みや、帰りに一緒になってもいいんですか?」
「まあ・・・断る理由がなければな」
「やったぁ〜!!」

 私は心底に喜んだ、思わずその場で飛び跳ねてしまう。

「・・・それが一体?」
「あ・・・いえ、えへへ〜」
「?」

――キン〜コン〜・・・

「あ!授業始まっちゃった」
「・・・じゃあな」
「はい!昼休みにまた!」
「ああ・・・」

 私はその場から離れようとした時に、ふと振り返った。浅田先輩の後姿が見える。

「加奈でも先輩を支えられますか〜!?」
「・・・・・」

 私の呼びかけに、彼は少し振り返っただけだった。