第三十話 「瞬く星空の下で」

『涼一、今日おまえの誕生日だな』
『うん』
『お父さんとお母さんは今日遅くなるけど、帰ったらお祝いしましょうね』
『わかった』
『いいか?プレゼント買ってくるから、キチンと待っているんだぞ』
『うん、僕ずっと待ってるよ』
『ははは、七月七日に七歳になるなんてラッキーだな』

  それが・・・両親との最後の会話だった。

――キーン・・コーン・・

「浅田君、今日は・・・」
「・・・すまない、用事があるんだ」
「え?」

――ガタン

  俺はさっさと教室を出た。

「・・・・・」

  学校から出て、家とは違う方向へ向かう。

(・・・そうだ)

  俺は花屋に足を向けた。

「あ!いらっしゃいませー」
「えと・・・」
「彼女にプレゼントですかー?」
「・・・墓に添えるのを」
「あ・・・はい」

――ガサガサ・・・

  金を払い、店を出る。そこから俺は真っ直ぐ墓地に向かった。


「・・・浅田先輩どうしたんでしょうね」
「いつものことなんじゃないの〜」
「そうかな・・・」
「高宮さん、どうしたんですか?」
「・・・彼ね、なんか今日違うような気がして」
「違うって?」
「いや・・・それは・・・わかんないけど」
「ふーん」
「・・・・・」
「八木さん、さっきから黙ってどうしたんですか?」
「いや・・・な〜んか忘れてるような・・・」
「?」
「そういやさ、今夜もこのまま晴れるって。やったね〜」
「え、なんで?」
「なんでって・・・決まってるじゃないか、お星様だよ・・オ・ホ・シ・サ・マ!」
「は?」
「もう、今日は七夕だろ〜!」
「この歳でお星様はないだろ・・・」
「タナバタ・・・?ああっ!!」
「ど・・どうしたの恵美?」
「そーだ!今日はアイツの誕生日だ!」
「あいつ・・って、浅田君?」
「うん・・・そう」
「ヘぇー、てことはあいつも十七か」
「お祝いしましょうよ〜」
「あ・・・いいですね」
「でも・・・あいつ用事があるって言って、どこか行ったんだろ?」
「そっか〜、ザンネン」
「あたし・・・わかるよ」
「え?」
「・・・涼一ね、多分・・・お墓に行ったんだと思う」
「お墓?なんで?」
「今日は・・・アイツの誕生日でもあるけど・・・」
「けど?」
「アイツの・・・両親が亡くなった日」
「え・・・!?」


――シュボッ

  朝、家から持ってきた線香に火を点ける。

「ふっ・・・」

  独特の匂いを漂わせる線香を差し、花を添えた。

(あれから、ちょうど十年・・・)

「・・・・・」

  墓と対峙して、しばらく物思いにふける。

(・・・スリーセブンの日に亡くなるなんて・・・とんだブラックユーモアだ)

「・・・さてと」

  そろそろ帰ろうとした時だった。

「はあはあ・・・よかった!まだいた!」

  声の方向を見ると、そこには走って来たらしい恵美の姿があった。

「恵美・・・?」
「ふう・・・ちょっと待って、あたしもいいかな?」
「・・・ああ」

  そう言って、恵美は墓の前に立ち、手を合わせる。

「おじさん・・・おばさん・・・
 涼一は、ちゃんとあたしが面倒みています。安心して下さい・・・」
「・・・おい」

――クルッ

「・・・さ!行こうか」

  こちらに振り向きつつ、いきなりそんなことを言い出す。

「どこに?」
「いいからいいから、ほらっ、ついてきて!」
「あ・・・おい」

  強引に手を引っ張られ、俺は連れて行かれた。

「・・・一体」
「黙ってついてきなさい!」

  段々町の中心部へと入っていく。

「え・・・と、ほらあそこ!」
「・・・・・」

  恵美が指差したのはカラオケボックスだった。

「さ、入りましょ。みんな待ってるよ」
「・・・みんな?」

  中に入り、恵美がなにやら店員と話している。

「・・・あっちだって、行こう!」
「・・・・・」

――コンコン

「連れて来たわよー!・・・ほら、入った入った」
「え・・・」  

――ガチャ・・・

  背中を押され、開いた扉に入ると・・・

――パンッ!パーンッ!

「いえあーっ!」
「お誕生日おめでとー!」
「浅田せんぱーい!おめでとーございまーす!」
「よお」

  クラッカーと、みんなの歓声が俺を迎えた。

「・・・え?」
「ほら!突っ立ってないで、中に入った」
「あ・・・」
  
  部屋の中の一つの椅子に座らされる。

「・・・みんな」
「ほらほら!アンタが主役なんだから、もうちょっと嬉しそうにしなさい!」
「ああ・・・」
「あの・・・涼一さん、これ・・・みなさんからのケーキです」

  それには、十七本のロウソクが立っていた。

「・・・ありがとう」
「あ・・・いえ」

――ブウン・・・

「それじゃー!僕の美声を聞いてもらおうかぁー!!」

  突然、瑞樹がマイクを持ち出した。

「いえ〜い!いけいけ〜」

  そして歌い出す。

『・・・♪・・・♭・・!!』

  熱唱しているが、これは・・・

「お兄ちゃんのへたっぴ〜」
「なにをー!」

  そんなこんなで、みんなが次々と歌っていった。

「ふう・・・そうだ!涼一君も一曲どう?」
「え?」
「あ、聞きたいです〜」
「浅田君、歌ってよ」
「涼一が歌うの・・・聞いたことないわね」
「・・・いや、俺は」
「ほらほら!マイク持った!」

  そう言われ、マイクを渡された。

「・・・しょうがない」
「で、なんにするんだい?」
「え・・と」

  俺は、本屋の有線で良く聞く一曲を選んだ。

「お!いいとこつくね〜」
「・・・・・」

――パチパチパチ

(まあ・・・大丈夫だろ)

  イントロが流れ、歌詞が出てくる。

『・・〜・・♪・・・♭♯・・』

「・・・え?」
「ウソ!」
「涼一さん・・・」

『〜♪・・・♪・・・・』

  歌が終わった。

「・・・ん?」

  マイクを置いて周りを見ると、みんなは何も言わずにこちらを見ていた。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

  少し驚いたような顔をしている。

「・・・何かまずかったか?」

――ぶんっぶんっ!

  すると、首を横に振る。

「・・・涼一、アンタ・・・なんでそんなに上手いのよ!」
「え?」
「浅田君は・・・よくカラオケとかに行くの?」
「いや・・・今日が始めてだ」
「じゃ・・・じゃあ、この歌が得意とか・・・」
「・・・今、始めて歌ったよ」
「なんで、そんなに上手なんですか〜」
「聞いたことあるから・・・そのまま同じように歌っただけだ」
「歌手みたいだった・・・」

  そのせいで、続けざまに何曲も歌わされた。

―――数時間後

「じゃあね〜」
「ばいば〜い」
「浅田せんぱ〜い!カッコよかったです〜」
「・・・・・」

  パーティが終わり、皆それぞれ帰宅することになった。

「はあ〜、楽しかったね」
「ああ・・・そうだな」
「涼一があんなに歌が上手だなんて、知らなかった」
「・・・そうか?」
「ほんとよ〜、どこで覚えたの?」
「・・・本屋の有線」
「え?・・・あははは!そっかー・・・なるほどね」
「・・・・・」
「良かったね」
「・・・ああ」

  ふと見上げると、無数の星々が瞬いていた。

「キレイ・・・七夕だもんねー」
「・・・そうだな」

――キラッ・・・キラッ・・・

「ねえ?」
「ん・・・」
「涼一がさあ・・・彦星だったら・・・織姫はだれかな?」
「は?」
「・・・もしかしたら、あたしかなー・・・なんて」
「何言ってんだ?年に一回どころか、毎日顔を会わせているだろう?」
「そういう意味じゃなくて・・・もういい・・・」
「?」

  そうして俺達は、満天の星空の下、家路についた。