第二十六話 「彼との別れ」

  そうして・・・私達は色々なお店を廻った。

「・・・ねえ、このイヤリング似合うかな?」
「・・・ああ」

  彼は何も聞かずに付き合ってくれた。私には、それが一番ありがたかった。


「い〜な〜・・・浅田先輩とショッピング」
「・・・なんか空しくなってきたわね」
「僕も・・・」
「・・・やっと気付いたか」
「じゃあ・・・そろそろ帰りましょうか」
「そうですね」
「でもなぁ・・・あの子どっかで・・・」


  CDショップの前を通った時だった。

『今週のオリコンチャート一位は!・・・』

  ウインドゥの中でテレビが宣伝をしている。

『今や役者でも大活躍のアイドル!神之・・・』

「アー!・・アー!・・涼ちゃん、あっち行こう!」
「え?」
「いいから・・・ほら!」
「・・・・・」

  私は強引に彼を引っ張った。

(危ない、危ない・・・)

――ドンッ  

「きゃっ!」
「・・ああ?そんなに急いでどうしたんだい?カーノジョ」

  通行人にぶつかってしまった。

「どうした?」
「いや、この女がな・・・」
「ほぉー、そうかい」

  (ああ・・・まずい・・・)

「これも何かの縁だ、一緒に付き合わない?」
「い・・・いえ、結構です」
「へぇ〜、断るっての?」
「あの・・・私、彼がいますから」

――ギュッ

  そう言って、涼ちゃんの腕に抱き付いた。

「・・・は?なんだこの男、すましたツラしやがって」
「・・・・・」
「涼ちゃん・・・行こ」
「待ちなよ!」

――グイッ

「あ!」

  私は強引に引っ張られた。

「オマエ・・・どっかで見たような」
「・・・!」

(ああ・・・どうしよう!)

――ガシッ!

「あ?」
「・・・その手を離せ」

  見ると、彼が向こうの腕を掴んでいた。

「なんだてめえ!・・・う・・あああっ!」

――メキメキメキ・・・

「・・・涼ちゃん!」

  縛めから解けた私は、急いで彼の後ろに隠れた。

「て・・・てめえ、やる気か!」
「かまわねえ!やっちまえ!」
「おう!」

――・・・ドッ・・・バシッ・・ガッ!

「・・・・・」

  あっという間に、向こうはダウンした。

「・・・行こうか」
「あ・・うん」

  私達はさっさとその場を離れた。

「・・・涼ちゃん、強いんだねー」
「まあな・・・」
「くすっ・・・そういえば昔も、私がいじめっ子に泣かされたときも・・・助けてくれたね」
「・・・そうだったかな」
「ほら、幼稚園の時。私・・・靴を隠されたじゃない?」
「・・・・・」
「・・・涼ちゃんその時、犯人と靴の場所見つけてくれたよね」
「ああ・・・あの時」
「・・・私ね・・・あの時、すごく嬉しかったよ」
「・・・・・」
「みんなは何もしなかったのに・・・涼ちゃんだけが・・・味方になってくれた」
「・・・・・」
「あの頃からね・・・私・・・」
「・・・なあ、時間いいのか?」
「え?・・・あ!やだ・・こんな時間!」

  確かに、辺りはかなり暗くなってきている。

「七時まで行かないと・・・」
「どこに?」
「えっと・・・」

  私はロケ隊がいる辺りの場所の説明をした。

「・・・遠いな、走っても間に合わないぞ」
「え!・・・あ・・・じゃタク・・」

――ガチャ

  私がタクシーと言おうとした時、彼が自転車にまたがった。

「乗せてやるよ」
「あ・・・でも」
「・・・いやならいいさ」
「ううん!・・・お願い」

  私は荷台に横向きに乗った。

「・・・じゃあ、行くぞ」
「あ・・・ちょっと待って」

――バサッ

  帽子と眼鏡を外した。

(暗いし・・・大丈夫よね)

「・・・?」
「さ!・・しゅっぱーつ!」

  私は彼の腰に手をまわした。

――シャーーーッ・・・・

「ねえ!」
「・・ん?」
「今日は・・・ありがとね」
「・・・・・」

  自転車はスピードを出して走っていく・・・私が帰る場所へ・・・

(ありがとう・・・涼ちゃん・・・)

  私は、彼の背中に頬を付けた。

――シャーーーッ・・・

  この道を抜ければすぐ、という所まで来た。

「・・・あ、ここでいいよ」

――キッ

「・・・いいのか?」
「うん・・・すぐ、そこだし」
「・・・・・」

  この道にはほとんど人の姿がなかった。

「・・・よっと」

  私は自転車から降りた。

「今日は本当にごめんなさい・・・私のワガママに付き合ってくれて」
「・・・いいさ」
「私ね・・・もう・・・涼ちゃんに逢えないかもしれない・・・」
「・・・・・」
「もっと・・・一緒にいたかったけど・・・私・・・色々忙しくて・・・」
「・・・そうか」

――ガチャ

「・・・じゃあな」
「あ・・・うん」

  彼は自転車の方向を換え、行こうとする。

(行ってしまう・・・彼が・・・あの時みたいに)

「待って!」

  私は行ってしまおうとする彼の背中に抱き着いた。

「駄目!・・・あの時みたいに・・・行っちゃやだ・・・・」
「・・・・・」

――ガタン

  彼は自転車を立てかけて、私の方を向いてくれた。

「あの時・・・涼ちゃんが引っ越す・・・なんて言って・・・すごく寂しかった」
「・・・・・」
「私ね・・・涼ちゃんのこと・・・ずっとずっと・・・」

――ツ・・・

「・・・あ」

  彼が私の涙を拭ってくれた。

「今でも泣き虫だな・・・鈴ちゃんは」
「・・・うん」
「また逢えるだろ・・・今日みたいに」
「・・・そうだね」

  薄暗い小道で、二人っきりの時だった・・・

「私ね・・・今の生活に疲れてたんだ」
「・・・・・」
「今日もね・・・そんな中の、つかの間の休みだったんだ」
「・・・そうか」
「でもね・・・涼ちゃんに逢えた」
「・・・・・」
「涼ちゃんに逢えたおかげで、私・・・楽しかった」
「・・・・・」
「だから・・・これからも、がんばれると思う」
「・・・ああ」
「涼ちゃんに逢えたから・・・」
「・・・・・」

――ぽん

「・・・あ」

  彼が私の肩に手を置いた。

「・・・がんばれよ」
「うん・・・」

  私もその手に触れた・・・

「・・・そうだ」

――プチッ

  私はイヤリングを片方外した。

「はい、これ」
「・・・え?」

  彼の手の中に渡す。

「これは、さっき買ったやつ・・・」
「・・・涼ちゃんにあげる」
「でも・・・」

――ギュッ

  私は彼の手を握らせた。

「シンデレラの靴・・・じゃないけど・・・こうすれば・・・いつか逢えるかも・・・」
「・・・そうだな」
「私は・・・涼ちゃんに逢えないけど・・・涼ちゃんならどこでも・・・」
「え?」
「ううん・・・なんでもない」

(彼なら・・・テレビや雑誌を通して、私を見れる・・・)

「じゃあ・・・行かなきゃ」

  私はそっと彼から離れた。

「・・・さようなら、涼ちゃん」
「・・・・・」

  そのまま後ろを振り返り、私は駆け足で離れた。

(立ち止まっては駄目・・・もう一度振り返ったら・・・また泣いてしまう・・・)

「・・・鈴乃」

  その時、後ろの方から彼の声が聞こえた。

「・・・!」

  私はつい、立ち止まってしまった。

「またな」

(・・・涼ちゃん!)

  また涙が溢れてきた・・・

――ガチャン

  自転車の音・・・彼も行ってしまう・・・

「涼ちゃん!・・・私・・・」

  振り返っても、薄暗くて彼の姿は見えない。

「私!・・・ずっと、涼ちゃんのこと!・・・」

――・・・パパァーーンッ!!

「・・・・・!」

  ・・・表通りの車の音で、彼に届いたかわからない。

(でもいい・・・いつか・・・また逢ったら・・・)

  私は涙を拭い、ロケ隊もとへ走った。


―――次の日

「おはよー、涼一君・・・」
「・・・何だ?」

  なぜか俺の席の周りをみんなが囲っている。

「浅田先輩!昨日の女(ヒト)は誰ですか?」
「・・・え?」
「いや、あのね・・・あたし達偶然一緒にいて、そしたら偶然涼一を見掛けてね・・・ははは」
「・・・そうか」

(こいつらあの場にいたのか・・・)

「でさ〜、ちょ〜っと気になったんでね・・・良かったら教えてくれない?」
「・・・昔の友達だよ」
「昔の?あたし、あんな子知らないわよ」
「それはそうだ・・・俺が引っ越す前・・・両親が生きていた頃のことだ」
「・・・あ」
「幼稚園の頃、家が近くだったんでな・・・」
「・・・じゃあ、どうして会ったの?」
「それこそ偶然だ・・・配達が終わった帰りにばったりとな」
「ふ〜ん・・・じゃ今度はいつ会うの?」
「・・・さあ」
「さあ・・・って、連絡先を聞くか教えるかしたんだろ〜」
「いいや・・・」
「え?・・・じゃあ、もう会えないんじゃないの?」
「・・・かもな」
「やった〜!・・・あっ、ごめん・・・」
「彼女忙しいらしくてな・・・たまの休みだったらしい」
「・・・その人、一体何をやってるの?」
「さあ・・・」
「浅田せんば〜い、今度は可奈とショッピング行きましょ!」
「あら?浅田君とはあたしが・・・」
「あの・・・私も・・・」

  また騒々しくなった時だった。

「・・・ああっ!!」

  突然瑞樹が大声を出した。

「どうした・・・慎也」
「ちょ・・・ちょっと待っててくれ!」

――バタバタバタ・・・

「・・・?」

――・・・バタバタバタ

「はあはあ・・・涼一君!昨日の彼女って・・・この人じゃないか?」
「え?」

  見ると瑞樹は雑誌のカラーページを開いて見せている。そこには・・・

『トップアイドル「神之木  鈴乃」!今のドラマでの役どころと・・・』

  と書いてあった。

(なるほど・・・そういうことか)

「え!?どうなんだい!」
「・・・彼女だよ」
「えぇ〜っ!!」
「本当ですか!?」
「嘘・・・」
「や〜っぱり!どこかで見たことあると思ったんだよな〜!」
「・・・・・」
「あの場で気付いていたら、隠れてないでサイン貰いに行けば・・・」
「・・・隠れる?」
「あ・・・いや、なんでもないよ〜」
「あの・・・涼一さん、彼女のこと知らなかったんですか?」
「・・・ああ」
「涼一はね〜、テレビあんまり見ないのよ。本ばっか読んでるから・・・」
「・・・・・」

(あの時の不自然な態度は、そういうことだったのか・・・)

  その時、一時間目のチャイムが鳴りみんなはそれぞれ散って行った。

「・・・ねえ、浅田君」
「ん?」
「昨日・・・楽しかった?」
「・・・まあな、昔の友達に会えたし」
「そう・・・」

(やれやれ・・・あの話題で、しばらく肴にされるな・・・)


―――しばらく経ったある日・・・

「もぐもぐ・・・あ!彼女出てるよ」
  
  夕食の場のテレビに、彼女が写っていた。

「・・・・・」

  俺は箸は休まなかったが、たまに視線を向けていた。

『・・・鈴乃ちゃん、どうして片方だけにイヤリングをしているの?』
『あ・・・これですか?』

――キラッ

  それは、あの日貰ったイヤリングの片方だった。

『これはですねえ・・・もう片方は、私の大事な人が持っているんです』
『え!?もしかして彼氏ですか?』
『いえ違います・・・』
『じゃあ・・・一体』
『・・・偶然町で出会ったんです、その人と・・・昔の友達で・・・私の大切な人です』
『イヤリングはその時・・・』
『ええ・・・いつかまた逢えるようにと・・・私が』
『・・・素敵ですね』

「・・・ごちそうさま」
「ちょ・・・待ちなさいよ!涼一」

  構わず俺は自分の部屋に戻った。

――バフッ

  ベッドに横になる。

「・・・・・」

  目線の先の机の奥には、イヤリングの片割れがしまってある。