第二十五話 「彼女との出逢い」

『・・・すずちゃん、僕・・・明日引っ越すんだ』
『えっ!?』
『お父さんと、お母さん死んじゃったから・・・他の家に行くんだ』
『・・・そんな!もう・・あそべなくなっちゃうの?』
『多分・・・』
『イヤ!・・・あたし、りょうちゃんのことが・・・』
『・・・ごめん』
『あっ・・・まって!』


―――とある日曜日の朝

「・・・・・」
 
 懐かしい夢を見た。

「・・・なんで今頃」

  俺はベッドの中でつぶやいた。

(この家に来る前だから・・・十年以上前か・・・)

「・・・・・」

  そのまま、もう一眠りした。

――バタバタバタ!

「りょ〜いち〜!」

――ドンドンドン!

「・・・・・」
「開けるよー」

――ガチャッ

「あっ!まだ寝てる」
「なんだよ・・・・騒々しい」

  俺はベッドから半身を起こした。

「なんだよ・・・って、今日のこと知ってるでしょ!」
「・・・は?」
「・・・あのね、映画見に行かない?・・・て誘われたでしょ!美樹と由希子に!」
「ああ・・・そうだっけ」
「で・・・どーすんのよ?」
「やめとく・・・」
「なんで〜、せっかくの休日を寝て過ごす気」
「・・・・・」
「もう!・・・じゃあ、あたし行くよ」
「・・・ああ」

――バタン!・・・バタバタバタ・・・

「・・・ふう」

  俺は、そのままベッドでもう一眠りした。


「ごめ〜ん、待ったー?」
「・・・あ、美樹」
「こんにちは」
「涼一ねぇ・・・やっぱり駄目だって」
「そう・・・仕方ないわね」
「・・・ええ」
「まっ、女三人で出かけますか!」
「そうね」
「はい」


  しばらくして、俺はベッドから起きた。
「・・・・・」
  軽い空腹感があったので、下に降りて適当に飯を済ませた。
「おーい、涼一」
「・・・ん?」
「悪いが配達してくれないか?」
「いいけど・・・今日は他に用事ある?」
「いや・・・これといってないな」
「・・・じゃあ、配達したらそのまま出かけてくる」
「ああ、いいぞ・・・たまには遊んでこい」
「・・・・・」
  俺は自転車に乗り、配達に行った。


「・・・そんな!」
「悪いけど・・・」
「だって!・・・あたしが・・・」
「・・・・・」

――カンッ!

「はーい、カット!」

  監督の掛け声で場の緊張が解けた。

「お疲れさま、大丈夫?鈴乃ちゃん」
「ええ、大丈夫です」

(・・・大丈夫な訳ないよ)

  そう思っていても、決して口にはしない。

「おいケーブル!」
「・・・そこ、直しといて」
「え・・・はい、わかりました!すぐに伺います」

  慌ただしい現場のスタッフ、私は椅子に座ってその動きをただ見つめていた。

――キャー!キャー!

「ちょっと・・・ロープから入らないで下さい!」
「鈴乃ちゃ〜ん!」

――ニコッ

  私が愛想笑いをすると、野次馬は一層盛り上がった。

(はぁ・・・何してんだろ)

「え!?・・・そう・・・仕方ないな・・・」

――ピッ

「プロデューサー!」
「どうした?」
「相手役の役者・・・新幹線なんですけど、途中で事故があって遅れるそうです」
「なにぃーっ!?それでどの位遅れるんだ!」
「ええ・・・大体3時間ほど」
「なんでもっと早く連絡しねーんだ!くそっ!」
「すると・・・駅から乗り換えで・・・約二時間」
「くそっ!五時間の空きか!」
「どうします・・・」
「・・・そうだな、おい!マネージャー!」
「はい」
「鈴乃ちゃんの予定は?」
「ええと・・・これから二十時にラジオ・・・二十二時に歌の収録・・・」
「あーあー、つまり五時間遅れても大丈夫なんだな?」
「ええ」
「・・・という訳だ、鈴乃ちゃん!」
  急にチーフが私に向いた。
「あ・・・はい」
「仕方ないからゆっくり休んでてくれ・・・なんなら出かけてきてもいいよ」

(え?・・・じゃあ)

「じゃあ・・・出かけて・・・」
「私も一緒に行きます」
「え!?・・・あの」
「一人では心配です「神之木  鈴乃」が町で見つかったら騒ぎになってしまいます」
「マネージャーさん・・・でも・・・私一人の方が・・・」
「まあまあいいじゃないか」
「プロデューサー?」
「鈴乃ちゃんも、この頃働き詰めだったし・・・一人でゆっくりして来たら?」
「しかし・・・」
「まっ、変装すりゃ大丈夫だろ?」
「・・・ありがとうございます」
「いいって・・・ただ、七時まで帰ってくんだぞ?」
「はい!」

  私はロケバスに行って着替え、さっそく出かけた。

「・・・プロデューサー、いいんですか?」
「なーに・・・たまにゃあ気晴らしでもしねーと、良い演技は出来ねーよ」
「その心遣いを我々スタッフにも・・・」
「・・・何か言ったか?」
「い・・・いえ・・・おい!カメラチャックしとけよー!」
「まったく・・・」

――タッタッタ・・・

  私はとりあえず帽子と眼鏡という古典的な変装で町を出た。
「でも・・・以外とばれないもんね」
  町行く人達はこちらに関心を向けてはこない。

(とりあえずどこに行こう・・・この辺来たことないから・・・)


「・・・ほらお兄ちゃん!早く〜」
「なんで・・・せっかくの休日に、妹の買い物に付き合わないといけないのかな〜」
「な〜に言ってんの、どーせ相手してくれる女の子いないんでしょ?」
「ううう・・・それを言うなよ〜、なんかこの頃ついてないんだから〜」
「や〜れやれ、色んな子にちょっかいだすからバチが当たったんだよ〜」
「はあぁ・・・」
「・・・で、なんで俺がここにいる?」
「ん?正弘」
「道場に行って、いきなり連れてかれたと思ったら買い物かよ・・・」
「ま〜、いいじゃないか!あまり練習ばっかしてるとおかしくなっちゃうよ。
 たまの休日、ゆっくりしようじゃないか」
「・・・だからって、荷物持ちはないだろ」
「気にしな〜い、気にしな〜い」
「・・・・・」


  配達が終わり、俺はその辺り自転車でぶらついていた。

(・・・本屋でも寄っていくか)

  そう思って、ハンドルの向きをかえた。


――プシューッ

「ありがとうございましたー」

  私はとりあえずコンビニに寄って、色々なお菓子を買った。

(・・・公園でも見つけて食べよう)

  そう思い、歩き出した時だった。

――キイィーッ!

「きゃあっ!」

――ボテッ・・・バサバサ・・

  走って来た自転車にぶつかりそうになり、袋を落としてしまった。

――ガチャ

「・・・すまない」
  そう言って、自転車の人が降りて転がったお菓子を拾ってくれた。
「あ・・・いえ!いいんです」
  私は顔を上げないようにお菓子を拾った。

(まずい・・・近くで見られたら、ばれちゃうかも・・・)

「・・・はい」
「あ・・・どうも、すみません」

  その人はそのまま自転車に・・・

(・・・あれ?)

  なぜか見覚えがあるような気がした。

――ガチャ

  スタンドを上げ、そのまま行って・・・

(・・・行ってしまう)

  この人・・・どこかで・・・

「待って!」

  私はその人を呼びとめた。

「・・・?」

  その人はこちらを向いた、その時私ははっきりと思い出した。

「涼ちゃん!?」

  私は彼に寄っていった。

「・・・・・」  

  向こうはまだこちらに気付いていないようだ。

「ほら・・・私よ、私」

  私は帽子と眼鏡を取った。

「・・・は?」

  知らないはずはないだろう。
 私はテレビで歌や役者をやってのける・・・いわゆるアイドルなのだ。

「・・・君誰」
「え?」

(涼ちゃん・・・今の私を知らないの?)

「あの・・・ほら、小さい頃一緒に遊んだじゃない・・・」
「・・・・・」
「わからない?・・・あなたが引っ越して離れ離れになった・・・」
「・・・ああ」
「思い出した!?」
「・・・神之木・・・鈴乃」
「そうそう!・・・あ、ちょっとごめんね」
  私は再び帽子と眼鏡をつけた。
「?」
「あ・・・ううん、気にしないで」

(彼は今の私を知らない・・・なら・・このまま・・・)


  映画を見終わったあたし達は町をぶらついていた。

「・・・これからどうする?」
「そうねえ・・・」
「まだ三時ですし・・・」

  その時だった。

「あれ〜!皆さんおそろいで」

  声の方向を見ると、瑞樹と村上と可奈ちゃんがこちらに歩いてきた。

「あれ?アンタ達」
「奇遇だね〜」
「こんにちは〜」
「・・・よお」

  どうやら買い物中らしい。

「君達はどうしてたんだい?」
「あたし達?・・・今映画を見終わったとこ、ねえ?」
「ええ、結構良かったわ」
「はい」
「ふ〜ん、浅田君は?」
「誘ったけど断られた・・・たぶん家ね」
「は〜、せっかくの休日にかい・・・」
「・・・あれ?」
「どうしたの?可奈ちゃん」
「あそこにいるの・・・浅田先輩じゃ」
「えっ、どこどこ」
「ほらあれ・・・」

  可奈ちゃんが指差した方向にはたしかに涼一がいた。

「ほんとだ、おーい!りょうい・・・」
「ストップ!」

  声をかけようとしたら瑞樹に邪魔された。

「ちょ・・・ちょっと何するのよ!」
「しっ!・・・良くみてごらん」
「・・・あ」

  見ると涼一は自転車を押して歩き、その横には女の子がいた。

「ちょっと・・・みんな隠れて!」
「え?」
「どうしたんですか?」

  瑞樹に強引に誘導され、あたし達は建物の蔭に隠れた。

「八木さん・・・彼女、知ってる?」
「・・・いえ、始めて」
「なるほど・・・学校の女子ではなさそうだ、あんな子は僕は見たことが無い・・・」
「・・・慎也の言葉なら信用できるな」
「ふっ、まかせてくれ」
「・・・お兄ちゃん、皮肉だって」
「とにかく、あの状態をどう思う?」
「・・・浅田君と彼女、なんか仲良さそう」
「その通り、あの涼一君が休日に女の子と二人っきりだなんて・・・何かあるに違いない」
「そんな・・・考え過ぎじゃ」
「・・・で?」
「もちろん!・・・尾行するに決まってる」
「・・・おまえも好きだな」
「ふふふ・・・一体どんな関係か見てみたいね〜」
「お兄ちゃん暗い・・・」
「はぁ・・・でも面白そうね。
 あの涼一が女の子とだなんて見ものだわ・・・アナタ達はどうする?」
「・・・わかったわ、どうせ暇だし」
「あの・・・私も」
「よ〜し、決まったようだね・・・ならば気付かれないように尾行開始!」


  私は、彼と一緒に歩いていた。

「ねえ・・・用事とかないの?」
「ん?・・・いや別に」
「そう、なら・・しばらく付き合ってくれる?」
「・・・ああ」

(なんか・・・変わったみたい・・・でも・・・)

  横顔を見ると、随分カッコ良くなった。
 私もテレビに出る身だから、色々ステキな人と会ってきたけど・・・
 彼も全然ひけを取らない。
 これならモデルにだってなれるくらいだ。

「・・・どうした?」
「随分カッコ良くなったな〜って」
「・・・・・」
「あのさ、涼ちゃんは・・・」
「・・・その、『涼ちゃん』ってのはやめてくれ」
「え〜、いいじゃない。涼ちゃんは涼ちゃんよ。
 それより昔みたいに私のことを『すずちゃん』って呼んでよ」
「・・・・・」
「ねえ、涼ちゃんはこの町に住んでたんだ」
「・・・ああ」
「あの日から随分経ったね・・・お互い、大分変わったわね」
「・・・変わってないよ」
「え?」
「君は・・・あの日から変わっていない」
「そお?・・・じゃあ、どうして気付かなかったの?」
「・・・それ」

  彼は私の帽子に指差した。

「あ・・・これはちょっと聞かないで」
「・・・・・」

(・・・昔の関係を崩したくない・・・彼には・・・今の私を知られたくない)

「そうだ・・・この辺に公園はない?」
「?」
「これ一緒に食べよ」
  私はコンビニで買った袋を持ち上げた。
「・・・向こうだ」
  そう言って彼は方向を変えた。


「あ・・・方向かえたわ」
「急げ!見失うんじゃないよ〜」
「・・・何やってんだ、俺達」


  公園に着いた私達は手ごろなベンチに座った。

「ほらっ、隣り」
「・・・ああ」

――ガチャ

  彼は自転車を立て、私の隣りに座った。

――ごそごそ・・・

「はい、これ」

  袋からお菓子を取り出し、彼にあげた。

「ん・・・悪いな」
「いいっていいって」


「・・・あの二人、お菓子食べてるわ」
「中々親密そうだね〜」
「・・・浅田先輩」


  一通り食べ終わった。

「あのさ、涼ちゃんはあれからどうしてたの。元気だった?」
「・・・まあな」
「そう?私もよ」
「・・・・・」

(彼・・・あまり私のことを聞かない・・・それはそれで嬉しいけど・・・)


「あんまり会話が弾んでないね」
「涼一が相手じゃ仕方ないでしょ」
「あの人とどういう関係なんでしょうか・・・」
「・・・う〜む」
「どうした?慎也」
「あの彼女・・・どっかで見たような・・・」


「さてと・・・どっかに行きましょうか?」
「・・・?」
「私ショッピングがしたいなぁ・・・涼ちゃん、付き合って」
「・・・ああ」

(あまり一ヵ所にいるとまずいし・・・)


「あ・・・また動いたわ」
「さてさて〜、今度はどこ行く気かな〜?」
「あの・・・私達、こんなことしていていいんでしょうか・・・」