第二十四話 「二度目の道場」

「・・・という訳で、放課後に委員会があります。
 各委員の人は定められた教室に行くように、では今日はこれで」
「きりーつ」

  今日も一日が終わった。俺は委員ではないのでさっさと帰ることになる。
「浅田君」
「ん?」
  すると、高宮が話し掛けてきた。
「あたし委員会だから・・・誰か他の人と帰ってくれない?」
「・・・ああ」
  ということで教室を出た所。
「やあ!涼一君」
「よお」
  瑞樹と村上に会った。
「北村さんは委員会、八木さんと可奈は部活だって〜・・・高宮さんは?」
「・・・委員会だ」
「あっちゃ〜・・・しょうがない、男三人で帰りますか」
「・・・・・」
  ということで、俺達三人は学校を出た。
「なあ、浅田」
「・・・ん?」
「おまえ・・・結構噂になってるみたいだぞ」
「・・・・・」
「そうそう、そこら辺の身のほど知らずが衝突してくるんじゃな〜い」
「・・・多分な」
「とか言ってるうちに・・・見ろよ」
  後ろから何人かの奴等に付けられている。
「どうする?」
「・・・さあ」
「さっさと片づけちゃったら?」
「ここはまずい・・・人が多すぎる」
「だな・・・」
「じゃあ、どうすんの?」
「・・・人気の無い所に誘うか」
「まっ、それが得策か」
「面倒だけどね〜」
「・・・・・」
  俺達は裏道沿いにある空き地に入った。
「・・・わざわざ自分から墓穴を掘るとはな」
  見ると、十人くらいの男達のリーダー格らしき奴が言った。
「さてと・・・どうするんだい?」
「・・・俺を狙っているんだろ、俺一人でやるさ」
「まっ、そう焦んなよ。俺達だっているじゃないか」
「しかし・・・」
「そーそー、ここは一つ公平に決めないか?」
「公平に?」
「慎也、どうゆうことだ?」
「ここは一つ・・・ジャンケンで」
「・・・・・」
「・・・はあ?」
「一人だけ負けたら、そいつが闘う・・・二人なら二人・・・アイコなら全員で・・・てのはどうだい?」
「はっ!まあ・・・俺はかまわないがな、浅田は?」
「・・・別にいいが」
「じゃあ決まり!・・・ではさっそく、ジャーンケーン!」

「おい、おまえら何してんだ!」
  あいつらはこちらを見てうかがっているが・・・少し苛立っているようだ。

「ポン!」
「・・・・・」
「・・・・・」

  結果は・・・

「正弘の一人負け〜」
「ありゃあ・・・しょうがねえな」
「・・・・・」

  すると村上はあいつら向かって行った。

「・・・という訳だ、俺が相手してやるからかかってきな」
「なんだとてめえ!一体だれだ!」
「・・・藤校の二年、村上だ」
「何!?・・・村上だと」
「お?結構、俺も知られてるな」
「そうか、てめえが・・・ちょうどいい、ついでにぶっ殺してやるぜ」
「はっ!そうかい・・・だったら全員でかかってきな、そうしなきゃ相手にならねえ」
「なんだと・・・いいだろう、おい!やっちまおうぜ!」

――ズガッ・・バキッ・・・ドンッ・・・ガガ・・・・

「・・・そんな実力で、よく浅田にケンカを売ろうとしたな?」
「うう・・・」
「おい、行こーぜ・・・まったく準備運動にもなりゃしねえ」
「そうだね〜」
「・・・ああ」

  そうして俺達は、その場を離れた。

「・・・そうだ」
「正弘、どうした?」
「浅田、ちょっと道場に寄っていかないか?」
「・・・え?」
「さっきの奴等じゃ、稽古台にもなりゃしない・・・一つ相手してくれないか?」
「・・・正弘〜、またやられたいのかい?」
「おまえだって、あの日以来かかさず道場に来ているじゃないか?」
「あ!・・・それは言いっこなしだよ〜」
「どうだ?・・・少し、手合わせしてくれるだけでいいんだ」
「・・・いいのか?俺が行って」
「大丈夫さ・・・なあ、慎也?」
「ま〜ね、来てくれればうちの道場も気合が入るんじゃない?」
「はっ!・・・言えてる」
「・・・・・」

  という訳で道場に行くことになった。

「あ・・・慎也さん、おかえりなさい・・・ああ!」
「おいおい構えるなよ〜・・・涼一君は僕たちの友達だよ?挨拶をしなさい、挨拶を」
「なーに、俺らだけで手合わせするだけだ。おまえらは気にせず練習してろ」
「はあ・・・」

  二人は道場の奥に入って行くので、俺はその後を付いていった。

「おい・・・あいつ!」
「・・・ああ、この間の」

  道場のあちこちから視線を感じる。

「みんな気にすんなって〜、いつも通りいつも通り」

  すると、瑞樹がなだめてくれた。

「ちょっと待ってて、僕たち着替えてくるから」
「・・・なんならあいつらと遊んでていいぞ」

  村上が指を差した方向を見たら、皆一斉に目を背けた。

「・・・遠慮しとく」
「だろうな」

  しばらくして二人は胴着姿で戻ってきた。

「浅田は・・・そのままでいいか?」
「・・・ああ」
「一つルールを決めさせてくれ、投げは無し。打撃だけにしてくれ」
「わかった」
「この間ブンなげられたからね〜」
「・・・じゃあ、いいか?お手柔らかに頼むぜ」
「・・・・・」

――1分後

「・・・参った参った、降参だ」
「・・・・・」
「まったく・・・おまえはどういう反射神経してんだ?・・・全然当たらねえ」
「そうか・・・?」
「いつつ・・・これで手加減したんだろ?」
「・・・まあな」
「やれやれ・・・まだまだだな、慎也!交代だ」
「・・・あいよ、頼むから手加減してくれよ〜」

――1分半後

「・・・ちょちょ、待って待って」
「・・・・・」
「僕の負けだって・・・危ない危ない」
「慎也ー、今の入ってたらKOだな」
「まったく・・・」
「・・・・・」

  その後少し休憩した。

「ほら・・・見ろよあそこ」
  村上が指した所は、俺が前につけた床の傷だった。
「うちの父さん本当に修理しないから・・・おかげであそこ誰も近づかないよ」
「・・・すまなかったな」
「いいって〜、いい教訓だよ」
「・・・・・」
「なあ、浅田」
「ん?」
「あまえ、本当にトレーニングとかして鍛えていないんだな?」
「・・・ああ」
「はぁ・・・まさしく、天才だね」
「・・・そうか?」
「おまえさあ・・・格闘技とか真剣に取り組む気は無いか?」
「・・・・・」
「いや、まあ・・・涼一君はそういうのに興味が無いのはわかるけどね。
 ただちょっと・・ね」
「・・・ああ」
「惜しいな・・・せっかくの強さを、その辺のヤンキーにしか使わないなんて」
「・・・俺の力なんて、そんなものさ」
「まあ・・・無理強いはしないよ」
「・・・・・」

  その時だった。

「浅田君・・・来てたのか」

  見ると胴着姿の瑞樹の父親が立っていた。

「あ・・・父さん、ちょっと相手してもらったんだ」
「ほう、そうか。私も見たかったな」
「見てもつまらなかったですよ、すぐやられたし」
「なるほど・・・」
  するとこちらを見据えた。
「君が来てからね、道場に活気が沸いたよ。特に慎也がやる気になったのが大きい」
「・・・そうですか」
  瑞樹を見ると肩をすくめていた。
「そういうわけで・・・少し君の実力を見せて欲しいのだが」
「・・・え?」
「おい!ちょっと瓦もってこい!」
「父さん・・・まさか」

  見ると、目の前に数十枚の瓦が用意された。

「どうだい?やってみてくれないか」
「おいおい・・・何言ってんだよ父さん、涼一君がそんなことする訳ないだろ?」
「・・・・・」
  だが、俺はやってみる気になった。
「・・・いいですよ」
「浅田、本当か?」

(自分を知るいい機会だ・・・)

「そうか、ならやってみてくれ。ちなみに何枚で行く?」
「・・・そこにあるのを全部」
「涼一君・・・本気かい?」
「ああ・・・」
「全部で五十枚ある、がんばってみてくれ」
「・・・・・」

  俺は積み上げられた瓦の前に立った。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

  気付いたら、道場の人間もこちらを見ている。

――グググッ

  俺は右手に力を入れた。

「・・・!」

――ガシュッ!!

  振り下ろした右手は、瓦を全て引き裂いた。

――ガラガラガラ・・・

「・・・おみごと」
「さっすが・・・涼一君、やはりデビルクローは恐ろしいね」
「・・・・・」

  俺は崩れた瓦に背を向けた。

――パチパチパチ・・・

  見ると瑞樹の父親が拍手をしている。

「すばらしい・・・今のが、道場の床を傷付けたやつだね?」
「・・・ええ」
「なるほど・・・しかし、実践では不向きだな」
「は?何言ってんの、父さん」
「そうですよ師範・・・あんなの食らったら、ひとたまりもないじゃないですか?」
「そうか、なら教えよう・・・浅田君!」
「・・・?」
「私と相手をしてくれないか?」
「・・・・・」
「ちょ・・・父さん!」
「どうかね?」
「・・・ええ、わかりました」
「浅田っ!」

  俺は瑞樹の父親と相手をすることになった。

「隙あらば・・・さっきの技を出してくれ」
「・・・ええ」
「合図を!」
「あ・・・はい、始め!」

――ガッ!・・・ガッ!・・・


「見ろよ・・・師範の攻撃もかわしてるぜ」
「・・・うん、でも結構押されてるよ。ほらっ!今、腕でガードした」
「なるほど・・・そう言えば浅田の攻撃も効いていないな、師範も上手くかわしてる」
「・・・すごいな・・・父さんと渡り合えるなんて」
「ああ、さすがだな」

――パタパタパタ・・・

「ちょっと〜!お兄ちゃん達何してんの!」
「お?可奈、おかえり〜」
「ねえ!なんで浅田先輩とお父さんが闘ってるの!」
「まあ・・・色々あって、ほらこの間見たデビルクロー」
「まだお兄ちゃん・・・で、それが?」
「師範が、その技は実践向きじゃないって言ったんだ」
「ええ!本当?」
「そ、だから闘ってためしてみようってわけ」
「・・・でも」
「ほらほら・・・見てないと、いい所見逃しちゃうよ?」
「あ・・・うん、どっちもがんばれ〜!」
「やれやれ・・・」


――ガスッ・・・ドッ!・・・

(なるほど・・・随分やるな)

  俺の攻撃は、相手に中々決まらなかった。
 堅いガードの上、繰り出される攻撃も凄まじかった。

(・・・そろそろ行くか)

  俺は間合いを離した。

「来るか!?」

  向こうも構える。

――ググググッ

  右手に力を込め、相手に向かっていった。

「君の技の欠点は・・・」

――ブンッ!

「動きが直線的で読みやすいのと!」

  かわされ、懐に入られた。

「放った後の隙の大きさだっ!」

――ドンッ!

「ぐっ・・・」

  胸に一撃を食らい、俺は後ろに飛ばされた。


「ああっ!浅田せんぱーい!」
「すごい・・・さすが師範だ!」
「・・・・・」

「だが・・・ぎりぎりだった・・・もう少し遅れれば」

「あ!師範の胴着が・・・」
「・・・引き裂かれてる!」
「・・・・・」

「私をここまで追いつめるとはな・・・」

「・・・涼一君!!」
「ど・・・どうした、慎也」
「お兄ちゃん?」

「・・・・・」

「気絶したフリは止めてくれ・・・ホントは効いていないんだろ?」

「・・・・・」

「慎也・・・何を言っているんだ?師範の拳が・・・」

――むくっ

「・・・ばれていたか」
「えっ!どうして・・・お父さんの・・・」
「・・・私の拳が入る寸前に、後ろに飛んだんだ」
「うそだろ!・・・」
「・・・うちの道場に気を遣ったなら遠慮はいらない・・・私を倒してくれてもかまわないよ」
「師範!」
「・・・・・」

  俺は立ち上がり、上着を脱いだ。

――バサッ

「そうですか・・・」
「・・・あれが、本気ではないだろう?」
「・・・・・」

(少し・・・楽しくなってきた)

「お兄ちゃん・・・どうなるの?」
「・・・わからない」
「浅田が上着を脱ぐということは・・・今までと違うということか?」

――ジリッ・・・

「・・・行きますよ」
「来い!」

――ダッ!

  俺は駆け出した。

「なっ!」

  ほんの一瞬で間合いを詰める。

――ブンッ!

「ぐっ・・・!」

  縦薙ぎに払った俺の右はギリギリかわされた・・・しかし、俺は体を半回転させ・・・

――グワッ!  

「・・・!」

  続けざまに出した、横薙ぎの左が腹をえぐろうとした。

――ガシッ!

  瑞樹の父親は俺の左を受け止めた。

「お父さん!」「師範!」「父さん!」

「・・・・・」  
「・・・・・」

  しばし俺達は睨み合う。

「やるね・・・右と左との二段技とはな」
「・・・もういいですか?」
「ああ、すまなかったね・・・」

  俺達は構えを解いた。

「大丈夫!?」
「ああ・・・」
「師範の腕・・・血が!」
「大丈夫だ・・・軽い傷だよ」
「・・・涼一君、まさか?」
「ふふふ・・・どうやらまだ、本気じゃなかったみたいだな・・・」
「ええっ!そんな・・・」
「・・・・・」
「まさか・・・左の攻撃があったとはな」
「・・・右は囮でした、かわした後なら隙ができるで・・・連続で左を放ちました」
「君は天才的だな・・・どこで習った?」
「・・・いえ、誰にも」
「自己流か・・・すばらしい」
「・・・じゃあ、これで」

  俺は置いた上着を拾い、道場を出ようとした。

「あの〜・・・浅田先輩」

  すると、瑞樹の妹が寄ってきた。

「・・・・・」
「あの〜・・・お父さんが・・・色々・・・」
「・・・いいよ」
「え?」
「・・・父親に付いててやれ」

  そう言って俺は道場を後にした。


「・・・浅田先輩」
「ふっ・・・なかなかの奴だ、いま時あんな若い奴がいるとはな」
「父さん・・・あいつは特別だよ〜」
「師範・・・大丈夫ですか?」
「・・・ああ、彼が本気を出していれば・・・私などやられていたいたかもしれない」
「そんな・・・」
「・・・慎也、正弘」
「はい」
「何?」
「おまえらも・・・彼に負けないくらい強くなれ・・・と言うのは酷か?」
「いえ!・・・そんなことは」
「・・・でもな〜」
「まあ・・・焦らなくてもいいだろう。しばらく彼と一緒にいて、あの強さの秘密を見ることだな」
「はい!」
「・・・やれやれ」
「可奈」
「何?お父さん」
「おまえが彼の嫁になって・・・この道場を継いでもらえないかな?」
「やだ〜!何言ってんの〜!言われなくても可奈は・・・」
「どうした?」
「きゃー!なんでもない〜っ!!」
「・・・可奈も、好きだね〜」
「おまえに言われちゃお終いだ・・・」