第二十三話 「七年前のあの日、あの時」

「浅田せーんぱい!・・・あれ?」
「美紀・・・涼一は?」
「それが、昼休みになった途端どこかに・・・」
「まったく〜、アイツはまた・・・」
「・・・やっぱり昨日の」
「昨日?北村さん何かあったの」
「じつは・・・」

――屋上

「・・・そう」
「まずいな・・・浅田の噂が広まっているぞ」
「僕は誰にも言ってないよ〜・・・多分、道場からだと思うけど」
「ちゃんと口止めしたの?」
「まあ・・・やったけど、あれだけ派手な出来事だしね〜。
 道場には、この学校の生徒もいるし・・・」
「・・・ねえ、浅田君はこれからどうなるの?」
「そうだな・・・他の学校にも知られているみたいだ、これからも狙われるかも知れん」
「そんな・・・」
「でも〜、浅田先輩って強いじゃないですか。大丈夫なんじゃ?」
「そうだよ〜、心配ないって」
「あの・・・じつは、涼一さんあの時
 『俺には守れないかもしれない、俺は弱い人間だ』
 ・・・って言ってました、どういう事でしょう・・・」
「浅田が?あんなに強いのに、何言ってんだ?」
「守れない?・・・まさか、あの事を・・・」
「恵美、どうしたの?」
「うーん・・・ちょっとね」
「なになに?どうしたの、八木さん」
「・・・・・」
「八木せんぱ〜い、どうしたんですかあ?」
「・・・・・」
「恵美さん?」
「・・・そうね・・・涼一と親しい、みんななら・・・話していいかな」
「え?何をですか」
「涼一がどうして・・・人と接したがらないのか、ということ」
「あ〜、知りたいです〜」
「でも・・・これは、あいつにとっても・・・あたしにとっても良い思い出ではないの」
「八木さ〜ん、もったいぶらずに教えてくれよ」
「あの・・・話しづらいなら、別に・・・」
「ううん・・・いいの、でも約束して。この事も・・・人には内緒よ」
「はいは〜い、可奈はいいませ〜ん。お兄ちゃんはわからないけど」
「おいおい・・・僕はこれでも口がかたいんだぜ〜」
「・・・本当か?」
「も〜、正弘まで。道場のことだって言ってないし、大丈夫だよ」
「・・・・・」
「ねえ恵美、それで?」
「うん・・・そうね・・・
 あいつが、あたしの家に来たのが十年前くらいだって言ったよね?
 それからしばらくして・・・」


「・・・・・」
「あら?浅田君じゃない・・・こんな中庭の隅っこで何してるの」
「・・・御崎先生」
「ねえ、お友達は」
「・・・一人になりたくて」
「そう?じゃあ、お邪魔みたいだから先生行くね」
「・・・あの・・待ってください」
「何?」
「先生は・・・人を・・・守り切れなかったことがありますか?」
「・・・え?」
「俺は・・・昔・・・」


―――七年前

「浅田君スゴーイ」
「浅田君って頭いいね!」
「浅田ー!一緒にサッカーしようぜ!おまえがいないとだめなんだよー」

  小学校の頃、俺はクラスで人気者だった。勉強ができ、スポーツもこなし、人に良く気が利いた。
 学級委員なんかもたびたびやったし、学芸会でもつねに主役を任された。

「浅田く〜ん、宿題のことなんだけど・・・」
「浅田、ちょっと手伝ってくれ」
「浅田君なら大丈夫ね!」

  皆に信頼され、自分でもこの生活を楽しんでいたと思う。

「浅田君ってスーパーマンだねっ!」

  そう・・・なんでもこなせる俺はスーパーマンだった。あの日まで・・・

「浅田君、いっしょに帰ろ!」
  その日、クラスの女の子と一緒に帰った。すると学校を出る辺りで恵美と会った。
「あれ?恵美じゃないか、一緒に帰る?」
  その頃は恵美と違うクラスだったので、一緒に帰ることはあまり無かった。
「ううん・・・別にいいよ」
「?」
  恵美は俺達の後を少し離れて歩いていた。

「浅田君ってすごいよね、こないだのテストもほとんど満点だったし」
「大した事じゃないよ、みんなも勉強すれば取れるさ」
「うーん、でもぉ」

  そんな会話をしながら歩いていて交差点にぶつかった。
「あ・・・赤」
  交差点でしばらく待っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
  その間、二人の間に会話は無かった。
「・・・ん?」
  ふと、後ろを向くと。恵美も少し離れた所で立って待っている。

(・・・一緒にいればいいのに)

「あ・・・青になったよ浅田君」
「・・・うん」
  彼女は先立って横断歩道を渡った。
「・・・あのね」
  すると途中で彼女が振り向いた。
「何?」
  俺達は横断歩道の真ん中で対峙する格好になった。
「あたしね・・・浅田君のこと・・・」
  その時だった。

――キキキキキキッ!!

  急スピードで車が曲がってきた。

「危ない!」

  俺は急いで駆け出し、右手を伸ばした。しかし・・・  

――ドンッ!!

「きゃあー!!」
「うわあっ!!」
  
  体に触れるかどうかの所で、彼女は跳ね飛ばされた。
 俺もその際、突き出した右手が車にぶつかり負傷した。

――・・・ダンッ!ダンッ・・ゴロゴロ・・・

  彼女は・・・交通安全の教室の時に見たダミー人形のように転がった・・・

「くっ・・・大丈夫?しっかり・・・」
 
 痛む右手を抱え、彼女の元へ寄った。

「ねえ・・・!?」
  
  見た目で明らかだった。
 口や鼻から血を流し、眼球は白目を向け、手足は曲がるはず無い方向に曲がっていた。
 明らかに即死だった・・・

「ちょっと涼一!大丈夫!?」

  後ろにいた恵美が駆け寄ってきた。

「涼一ケガしてる!?早く病院に・・・」
「・・・僕はいい」
「え?」
「・・・彼女を・・・頼む」
「ちょっと!どこ行くの!?」
「あの車を・・・追いかける!!」

――ドサッ

  そう言い残し、俺はランドセルを捨てて駆け出した。

――タタタタタタタッ・・・

「・・・・・!」

  後ろで恵美が叫んだようだったが、もう聞こえなかった・・・

――・・ピーポー・・ピーポー

  しばらくして俺は、病院に担ぎ込まれた。どうやら路上に倒れている所を発見されたらしい。
「体のあちこちに擦り傷と、あと右腕が折れてますが・・・命に別状はないでしょう」
「そうですか・・・良かった・・・」
「涼一・・・」
  恵美とおじさんも来ていて、俺が寝ているベッドの横で医者の話しを聞いていた。
「じゃあ・・・恵美、お父さんは入院手続きをしてくるから。涼一に付いてあげなさい」
「・・・うん」
  そう言って、おじさんは出ていった。
「涼一・・・あのね・・・」
  恵美が何か話し掛けようとした時だった。

(・・・・・・!!)

  俺は事故の瞬間を思い出した。

――ガバッ!

  俺はベッドを跳ね起き、病室を出ていった。

「涼一!どこいくのーっ!」
「・・・・・」
  
  じっとしていられず走り出したら、病院の庭に出た。

「くっ・・・!」

  一本の木を前にした時、俺は立ち止まった。

――ガスッ!

  俺は右腕を木に叩き付けた。

――ガスッ!・・ガスッ!・・ガスッ!・・

  何回も何回も叩き付けた。彼女を助けられなかった自分が悔しくて・・・

「・・・涼一やめてーっ!」

  追いついた恵美が、俺の後ろから押さえつけようとした。

「離せ!」
「きゃっ!」

  恵美を突き飛ばし、もう一度右腕を叩き付けた。

――ガスッ!!

  木は大きく揺れ、大量に木の葉が散った。

「・・・・・」

  俺はその場にしゃがみ込んだ。

「助けられなかった・・・もう少し・・・早く車に気付けば・・・」
「・・・そんな・・・涼一のせいじゃないよ!」
「彼女を・・・死なせてしまった・・・」
「・・・えっ!・・・知ってたの?」
「見た瞬間にわかった・・・もう・・・駄目なのを・・・」
「・・・でも・・・でも」
「もっと早く・・・もっと早く右手を伸ばせば・・・」
「・・・そんな・・・涼一」
「この・・・右手が!」

  もう一度、手を叩き付けようとした。

「やめてーっ!」

  すると恵美が俺の腕に抱き付いた。

「あたし・・・見てたよ・・・涼一が・・・必死で助けようとした所を・・・」
「・・・・・」
「涼一は・・・悪くない・・・悪くないよ・・・」

  見ると、恵美は泣いていた。

「・・・でも・・・僕が死なせたようなものだ」
「涼一・・・」
「・・・ふふ・・・何がスーパーマンだ・・・人も助けられないで」
「・・・・・」
「・・・はは・・・はははは・・・ははははははっ!」
「ねえ・・・涼一?」
「・・・あははははははははははっ!」

  俺は笑っていた・・・泣きながら・・・笑っていた・・・

――ガラッ

  退院して、久しぶりに教室に入った時だった。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
  
  入り口に立っている俺を、みんなは無言で見つめていた。

「・・・おはよう」
「・・・・・」
「・・・・・」

  挨拶をしても、だれも返事はくれなかった。
「・・・?」
  とりあえず俺は自分の席に着いた。
「・・・・・」
  周囲を見渡すと、だれも俺に視線を合わせようとはしない。
「・・・あ」
  その時、一つの机の上に花が飾っているのが見えた。
「・・・・・」
  やり切れない思いになり、俺は視線を落とした。
「・・・え?」
  しばらくしたら、数人の生徒に囲まれた。

「・・・どうして・・・どうして助けなかったの!」
「・・・・・」
「浅田君、一緒にいたんでしょ!」
「・・・・・」
「何か言いなさいよ・・・この人殺し!」
「・・・・・」

――ガラッ!

  その時、教室のドアが勢いよく開いた。

「待って!」

  恵美だった。

「涼一は悪くない!・・・涼一は助けようとしたの!」
「・・・・・」
「浅田君・・・本当?」
「・・・・・」
「ねえ涼一・・・そうよね?・・・必死で助けようとしたよね?」
「・・・・・」
「浅田君!」
「・・・僕の責任だ」
「えっ!?」
「・・・僕が・・・死なせたようなものだ・・・僕は・・・守れなかった」
「・・・!」
「・・・・・」

  それ以来、俺はクラスで孤立した。
 勉強もスポーツもやる気が出ず、話す事も・・・笑う事も無くなった。


「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・そんなことが」
「あったんですか・・・」
「ううう・・・浅田先輩、かわいそうですぅ・・・」
「多分、今でも・・・自分の責任だと思ってるわ」
「くそっ!浅田は悪くねえじゃねーか!・・・そのクラスの奴等の方がひどすぎるぜ!」
「・・・子供って、残酷だからね〜・・・平気で人を傷つけるから」
「あの・・・それ以来、涼一さんは・・・?」
「ええ、ほとんど人と接しなくなったわ・・・」
「そんな・・・浅田君・・・」
「・・・あの〜、ひとつ聞いていいですか?」
「何?」
「その・・・ひき逃げをした車は?」
「あ!?・・・そーだ、どうなったんだい?」
「・・・あの場所から数キロ離れた発見されたわ・・・
 車がぐしゃぐしゃになって、ドライバーは意識不明の重体」
「え!?」
「どうして?」
「警察は・・・事故を起こしたんだろうって言ってたけど、それにしては状態がひどすぎる・・・」
「・・・じゃあ」
「まさか・・」
「きっとね・・・涼一は車に追いついたんだと思う・・・」
「そんな!・・・だって、まだ十歳くらいの小学生だったんだろう?」
「うん・・・でも・・・涼一なら・・・」
「・・・追いついて、車を破壊したのか?」
「浅田君が・・・」
「・・・・・」


「ふうん・・・そんな事があったの?」
「・・・ええ」
「よく先生に話してくれたわね」
「・・・・・」
「で・・・君はその事について、今どう思っているの?」
「・・・自分が悪いと・・・思っています」
「そう・・・」
「・・・・・」
「でもね、悔やんでも・・・彼女は生き返らないわ」
「・・・わかっています」
「はっきり言って・・・このことについて先生は何も言えないわ」
「・・・・・」
「これは、自分でしか解決できないことよ」
「・・・そうですか」
「でもね」
「?」
「その・・・命懸けで助けようとした行動・・・その姿勢は大切だと、先生は思うわ」
「・・・でも」
「たしかに結果はそうなった・・・でも、過去は変えられないわ」
「・・・・・」
「もう一度考え直しなさい、納得のいく答えが出るまで」
「・・・はい」
「じゃあ・・・先生はそろそろ行くわ」
「・・・・・」
「あ・・・そうそう」
「?」
「きっとね・・・彼女、浅田君のこと好きだったと思うわ」
「・・・・・」

(・・・俺はあの時)


――ブロロロー!

「貴様あーっ!!」

  俺は車に追いついたんだ。

――バリーンッ!!

  車の横について、ガラスを叩き割った。

――キキキキィーッ!!

  車は止まり、俺はドアに手をかけた。

――バンッ!!

  ドアを引き剥がし、中の運転手を引きずり出す。

「なんだこのガキ・・・」
  
――ズガッ!ドガッ!

  散々叩きのめした後、俺は手を止めた。

「はあ・・・はあ・・・」

  もう少しで殺してしまう所で、理性のブレーキがかかった。

「うあああーーっ!!」

――ガンッガンッ!・・バンッ!・・・ゴンッ!

  車を破壊し、俺はそこから姿を消した・・・


「・・・でね、みんなにお願いがあるの」
「え?なんですか」
「あいつと・・・もっと仲良くしてほしいの」
「・・・・・」
「みんなは、冷たい奴・・・とか思ってるみたいだけど、本当はね・・・良い奴なんだ」
「・・・はい」
「この頃ね、涼一は変わってきたと思う・・・もしかしたら・・・昔みたいに・・・」
「だいっじょーぶ!恵美さん!」
「え?」
「この僕が付いてるからね〜!どんな奴だってイチコロさ」
「ふふ・・・そうね」
「・・・ある意味、悪影響だがな」
「正弘!なんてこと言うんだ!」
「でも〜・・・浅田先輩が、お兄ちゃんみたいになったらやだなぁ〜」
「可奈まで〜・・・」
「あたしは大丈夫よ、元々浅田君と仲良くなりたいし」
「あの・・・私もです」
「・・・良かった」
「まぁ〜、言われなくてもね・・・みんなはそのつもりだったんじゃない?」
「・・・ありがとう、みんな」
「はっ、やめてくれ。その方が調子狂っちまう」
「そうね・・・あっ!もうこんな時間。みんなまた後でね!」

「うん」「ああ」「はいっ!」「またね〜」「わっかりました〜」