第二十二話 「放課後の生徒指導室」

「・・・これもマル・・・と」
「あれ?御崎先生、こんな遅くまで丸付けですか」
「ええ・・・今日のうちに片づけようと思いまして」
「そうですか、がんばって下さい」
「はい」

――ガラガラ・・・ピシャ

「ふう・・・」
  一枚目の回答用紙の丸付けが終わった。

(41点・・・これも赤点ギリギリ・・・)

  あの子・・・浅田君の答案は少しおかしい。
 前のテストの時そうだけど、途中まで書いていて後は白紙・・・
 しかし、書いた所は全て正解している。
 
(他の先生にも見せてもらったけど・・・みんな同じだったのよねぇ・・・)

 私がこの学校に赴任してきて三年目になるが、こういうケースは初めてだった。

「そうね・・・本人に聞くのが一番早いかしら」


――〜・・カ〜ン・・コ〜ン

  今日も授業が終わった、俺は鞄を持ち・・・
「あ・・・!そうそう、浅田君は後で生活指導室に来なさい。話しがあるの」
「・・・え?」
  そう言って先生は教室を出ていった。
「浅田君・・・何かしたの?」
  高宮が心配そうな顔で聞いてきた。
「・・・さあ」

――ガラガラ

「よお、浅田」
「やあ!涼一君、僕たちと一緒に帰らないかい」
「浅田せ〜んぱい!可奈と一緒に帰りませんか〜」
「・・・いや、先生に生活指導室に来いって・・・呼び出された」
「先生・・・って、君の担任の「御崎  郁子」先生かい!」
「ああ」
「い〜な〜!御崎先生と一緒に二人っきりで話すんだろ?」
「・・・多分」
「はあ・・・放課後の教室で美人教師と二人っきり・・・
 ああ、僕も2−Dのクラスになりたかったなあ・・・」
「・・・お兄ちゃん、ヤ〜ラシイ」
「本当に好きだな・・・慎也は」
「・・・だから、今日は無理だ」
「浅田君・・・あたし、終わるまで待ってよっか?」
「いや・・・いつ終わるかわからないし、先に帰ってていいよ」
「・・・そう」

  そうして俺は生活指導室に足を向けた。


――コンコン

  ドアをノックするのが聞こえた。
「・・・入りなさい」
  
――ガチャ

「・・・・・」
  開いたドアから、浅田君が無言で入ってきた。
「そこに座って」
  私は前にあるイスにペンを指した。
「・・・・・」
  彼は何も言わずにただ座る。
「・・・・・」
「・・・・・」
  
(・・・ふうん)

「あなたに来てもらったのは・・・これのこと」
  昨日丸付けをした答案を前に出した。
「・・・?」
  彼は不信げに答案を見る。
「41点・・・あまり良い点数とは言えないわね」
「・・・これが?」
「他のテストもこの調子よね」
「・・・・・」
「他の先生方は、浅田君のことをあまり・・・」
「・・・テストの点が悪いだけで呼び出したんですか?」
「え?・・・いいえ、違うわ。問題なのは・・・ここ」
  私はテストの答が書かれていない所を指した。
「・・・・・」
「どうしてここから書かなかったの?」
「・・・さあ」
「その代わり、それまで書いた所は全部当たってるわね」
「・・・たまたまでしょう」
「全ての教科が?」
「・・・・・」
「しかも、上手い具合に赤点を逃れてるわね」
「・・・だから、どうしたんです?」
「ねえ・・・あなた、本当は全部できたんでしょ?」
「・・・さあ、時間が無かったんじゃないですか」
「そう・・・テスト中に居眠りしてて?」
「・・・・・」
  私は、新しく作った問題用紙を取り出した。
「これ・・・やってみてくれる」
「・・・しないと?」
「帰せないわね」
「・・・・・」
  彼は渋々といった調子で書き始めた。

――カリカリカリ・・・

  すると、すぐに終わったようだ。
「早かったわね・・・まだ数分しかたってないわよ」
「・・・・・」
「どれどれ・・・やっぱり、全問正解ね」
「・・・じゃあ、これで」
  彼は席を立ちあがろうとした。
「待ちなさい、まだ話しは終わってないわ」
「・・・はぁ」
「今みたいに、どうしてテストでちゃんと書かないの?」
「別に・・・どうだっていいでしょう」
「良くないわ」
「・・・・・」
「これだけの実力があるのに、もったいないと思わないの?」
「・・・別に」
「ふぅ・・・違う意味での問題児ね」
「・・・・・」
「あなたは、授業中はあまり熱心に聞いている風ではないけど・・・指されればちゃんと答えるわよね?」
「・・・・・」
「家とかで、予習復習はしている?」
「いえ・・・別に」
「じゃあ・・・どうして問題が解けるの?」
「・・・言うんですか?」
「言いなさい」
「・・・教科書を読んだからですよ」
「え?」
「一度読めば知識は入る・・・あとは応用だけだから」
「あきれた・・・あなたって、実は天才だったのね」
「・・・・・」
「その気になれば・・・学年トップなんて軽いのかしら?」
「・・・多分」
「参ったわね・・・こういう生徒は始めてよ」
「・・・・・」
「あなたは、成績を上げたいとか・・・一番になりたいとか、思ったことはないの?」
「・・・別に」
「欲がないのね・・・」
「・・・・・」
「・・・どうして、そんなことをしているか。聞いていい?」
「別に・・・目立つのは好きではないから」
「・・・あなた、前まではクラスでおとなしくて・・・あまり人と接している風ではなかったわね」
「・・・・・」
「でも、この頃楽しそうなお友達が増えたじゃない」
「・・・なんで」
「驚いた?先生は、生徒のことをちゃんと見ているものよ」
「・・・・・」
「それで・・・俺にどうしろと?」
「まあ・・・正直、テストの点数を上げろと言いたいけど・・・無理よね?」
「・・・・・」
「だったら仕方ないわね、生徒にそこまで介入するのもなんだし・・・今まで通りにしていていいわ」
「・・・?」
「あら?以外って顔してるわね。こう見えても先生は、生徒の尊重を大切にしているのよ」
「・・・・・」
「今日はただ、どうしてこんなテストの書き方をするのか聞きたかっただけ・・・別に強制する気はないわ」
「・・・なら」
「ただし」
「?」
「忠告はするわ、この事を知っているのは教師の中では・・・多分私だけ」
「・・・・・」
「いつまた・・・他の教師に気づかれるかわからないわ」
「・・・だから」
「だから・・・点数を押さえたいなら、適度に間違った答えも書きなさい。あなたならできるでしょ?」
「はい・・・」
「まぁ・・・高得点を出したいなら、遠慮なく出しても良いわよ」
「・・・・・」
「そうね・・・あとは」
「・・・先生は」
「え?」
「先生はどうして・・・普通学校は、もっと成績を上げろとか厳しく言うんじゃないですか?」
「あら・・・だって勉強はできるんでしょ?」
「・・・・・」
「たしかに・・・勉強は大事よ、でもね・・・学校で学ぶのはそれだけじゃないの」
「・・・?」
「あなたお友達ができたんでしょ?」
「・・・ええ」
「だったら、できる勉強より・・・その人達を大切にしなさい」
「・・・・・」
「自分に必要なものを習う・・・自分に必要なものを見つける・・・
 それが学校じゃないかしら?」
「・・・・・」
「あなたに必要なのは、知識や学力じゃなくて・・・人との触れ合いじゃないかしら」
「・・・・・」
「あら、先生何か変な事言ったかしら?」
「・・・いえ」
「まぁ・・・学校生活なんてあっという間よ、楽しんで損は無いと思うわ」
「・・・・・」
「あら?結構長引いたわね、もう帰ってくれていいわよ」
「あ・・・そうですか」
「ふふ・・・誰か、待ってる人がいたんじゃなかったかしら」
「・・・いえ」
「あら?照れてるのかしら」
「・・・失礼しました」
「もし悩み事があるなら先生に言いなさい、いつでも相談に乗るわ」
「・・・・・」

――ガチャ

(ふふ・・・面白い子ね)

  私は机の上の後片付けを始めた。


「あっ・・・!」
「・・・・・」
  廊下に出た所で北村と出くわした。
「あの・・・クラスの人から、ここにいるって聞いたもので・・・
 あの・・・もしよろしければ・・・」
「・・・ああ、いいよ」
「私と・・・え!?」
「・・・ほら、帰るぞ」
「あ・・・はい!」

(・・・友達、か)

  そうして、俺達は学校を出た。

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・あの」
「ん?」
「い・・・いえ、なんでもないです」
「・・・・・」
「・・・・・」
「なあ」
「あ・・はい?」
「俺と一緒に帰って・・・楽しいのか?」
「え?・・・その・・・」
「・・・・・」
「楽しい・・・って言うか、あの・・・涼一さんは・・・楽しくないんですか?」
「・・・わからない」
「わからない?」
「・・・しばらく、こういう事をしたことが無かった・・・
 自分は今、どうしたらいいか・・・わからない」
「涼一さん・・・あの・・・恵美さんとは?」
「・・・恵美は、妹みたいなもの・・・いつも一緒に居たら・・・あんな風になった」
「私たちも・・・そういうので、いいんじゃないですか?」
「・・・え?」
「一緒にいれば・・・いずれ、わかると思います。今はわからなくても・・・いずれ・・・」
「・・・そうかな」

  その時だった。

「藤校の浅田って・・・アンタかい?」
  藤校・・・俺らが通っている、「藤ノ木高等学校」の略だ。
「そうだが・・・君らは?」
  一・・二・・・六人か。
「まっ、俺らのことはどーでもいーでしょ。
 ・・・アンタのことをちょっと聞いたんだけどね」
「・・・・・」
「アンタ・・・結構ケンカが強いらしいじゃない?噂だけど・・・」
「・・・・・」

(・・・いつの間にか、話しが広まっているのか?)

「・・・きゃっ!・・・離してください」
「・・・!」
  見ると、北村が男達の一人に取り押さえられている。
「へっへー!いいじゃねえか、俺らとちょっと遊ばない?」
「いや・・・」
「・・・何をする」
「なーに、ちょっと相手をしてほしいだけさ・・・色男さんよお」
「・・・・・」
  こいつらは俺が目当てらしい・・・だが北村は・・・
「・・・涼一さん!」
「はははは!」
「北村を・・・離せ」
「お・・・彼女を取られて悔しいか?なら・・・」
  その後は聞けなかった。

――シャッ!

「うぐぅ・・・・・」
「・・・がはっ!・・」
「・・・・・」
「・・・・うぅ・」
「・うっ!・・・・」

  俺は、北村を捕まえている奴以外を沈めた。

「・・・あ・・・あ」
  最後の一人はこの状況を見て戸惑っている。
「く・・・くるな・・・」
  北村を抱え、徐々に後ずさりをする。
「涼一さん・・・」
「き・・きたら・・・こいつを」

――ピンッ

  すると奴はナイフを出した。

「こいつを・・・いっ!?」
「・・・・・」
  俺はすでに近づいて、奴のナイフを持っている手を掴んだ。

――メキメキメキ・・・・  

「ぎゃ・・ああぁああ!!」

――・・・カラーン

  ナイフが落ちた所で一撃。
「あぁ・・・うぅ・・」
  そして奴も沈んだ。
「・・・涼一さん!」
  自由になった北村はいきなり俺の胸に飛び込んだ。
「・・・・・」
「あ・・・す・・すみません!」
  と思ったら、すぐに離れた。
「?・・・行こうか」
「は・・はい・・」

(・・・襲われたのに・・・何、赤くなってんだ?)

  ・・・それからしばらくして。
「・・・すまなかったな」
「え?涼一さん・・」
「あいつらは、俺を狙ったんだ・・・君は関係ないのに・・・」
「・・・関係ない、なんて・・・そんな」
「もしかしたら・・・これから、ああいうのが増えるかもしれない・・・
 それなら、一緒にいない方が・・」
「涼一さん!・・・私・・・離れたりしません」
「しかし・・・」
「・・・もしそうなったら・・・さっきみたい守ってください!」
「・・・・・」
「お願いです・・・一緒にいさせて下さい・・・」
「・・・俺には・・・守れないかも知れない」
「いいんです!・・・それまでに・・・一緒にいられたら・・・」
「・・・・・」

(・・・守る、か・・・俺は・・・昔)

「それに・・・涼一さんなら大丈夫ですよ!だって・・・強いから」
「・・・俺は・・・強くない」
「え?」
「俺は・・・弱い・・・人間だ」
「・・・・・」
「じゃあ・・・ここで」
「あ・・・あの」
  俺は、道路を曲がって少ししてから足を止めた。
「・・・また明日な」
「は・・・はい!」