第二十一話 「抜刀」

  俺達は広い居間に通された。

「・・・はいどうぞ」
  瑞樹の妹により、一人一人に飲み物が出された。
「さてと・・・最初は・・・そうだな、前々から思ってたけど・・・この際ハッキリ聞こう!涼一君」
「ん?」
「・・・君は一体何者なんだい?」
「は・・・?」
「ああ!可奈もそれ聞きたかったよ〜」
「・・・俺もだ」
「あたしも・・・」
「あの・・・私もです」
「おいおい・・・」
「みんな・・・何言ってるの?涼一は、ただの高校生じゃない」
「でもなあ・・・」
「ねえ〜」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「今まで見てきたけど、どれを取っても普通じゃないよ」
「あのね〜、涼一をなんだと思ってるの?」
「そうだ、八木さん!君さあ・・・やけに涼一君と親しいよね?どうして」
「えっ?それは・・・まあ、色々・・・ねえ、涼一。言っていい?」
「・・・別にいいだろ」
「あのね・・・涼一の両親は、昔事故で亡くなったの。
 それで色々あって・・・うちに預けられることになったの。
 それで今まで一緒に暮らしてきたから、こんなに親しいわけ。わかった?」
「へぇ〜・・・浅田先輩って、そういう事情があったんですか〜」
「な〜るほどね・・・で、どのくらい一緒に住んでるの?」
「そうね・・・かれこれ十年かしら?ねえ」
「・・・ああ、俺らは兄妹みたいなものだ」
「・・・・・」
「いつつ・・・それじゃよ、その家では格闘技とか何かやってるのか?」
「まっさか〜、家はただの酒屋よ」
「・・・じゃあ、特別な教育とかは?」
「いや・・・別に」
「あたしんちは、本当に何でもない一般市民よ。見ての通りあたしだって普通の女の子だし」
「なら・・・いつつ・・浅田は・・」
「・・正弘、おまえ病院に行かなくていいのか?」
「大丈夫だって!・・・いつつ」
「・・おい、ちょっと見せてみろ」
「あ?」
  俺は村上の体に触れてみた。
「・・・脱臼しかかってるな、それに・・・脛骨と・・・大腿骨も」
「お・・・おい、なんだよ?」
「・・・いいから横になれ」
「ああ・・・」

――ゴキッ・・・グキッ・・

「・・・どうだ」
「い・・・痛みが取れた」
「まあ・・・応急処置だ、後日にでも病院に行け」
「すまねえ・・・」
「・・・涼一さん、すごいですね。そんなこともできるんですか?」
「まあな・・・」
「ねえ・・・八木さん」
「本当だって!家はただの酒屋!たぶん涼一が勝手にどっかで覚えたんでしょ?」
「・・・なら、涼一君。キミはどうしてそう色んな事が出来る?」
「さあ・・・気づいたら出来た」
「はあ?そうかい・・・、なら君のご両親は?何かやってたとか・・・」
「・・・親戚から聞いた話しじゃ・・・
 父親は普通のサラリーマンで、母親も普通の主婦だったらしい」
「ふ〜ん・・・じゃあ、一体・・・」
「はいは〜い、可奈からも質問!浅田先輩ってなにかトレーニングしてますか?」
「別に・・・これといって」
「何もしてないのかい?じゃあどっから出てくるんだい、あの力は?」
「さあ・・・」
「・・・なあ、あの床のキズはどうやったんだ?・・・五本の深い溝が出来てたが」
「あれは・・・こう」
  俺は右手を前に出した。
「・・・指を鉤爪型に開いて・・・振り下ろしたんだ」
「じゃあ、あの五本の溝は指の跡か!」
「・・・ああ」
「デビルクローだな・・」
「お兄ちゃん、その名前ダサ〜イ」
「涼一・・・もし、それが人に当たったらどうなるの?」
「あ・・・!」
  瑞樹の妹が少し緊張した。
「多分・・・肉が裂けるくらいだろう」
「いやっ・・・!」
「おいおい・・・そんな危険な技をどうして出したんだい?」
「本気を出せって言われたからな・・・ついちょっとな」
「あの・・・浅田先輩、すみませんでした!」
「・・・いいさ」
「浅田君・・・まさか、当てるつもりはなかったよね」
「ああ・・・ちゃんと外したろ?」
「おい浅田・・・ちょっと手を見せてくれ」
「ん?」
「普通だな・・・素手だったんだろ?」
「・・・ああ」
「あ・・・そうだ!ちょっと待ってて」
  そう言って瑞樹はどこかに行った。
「・・・・・」
「・・・あった!あった!これこれ」
  持ってきたのは握力計だった。
「涼一君、これ握ってくれないか?」
「・・・・・」
  俺は右手で掴んだ。
「おもいっきり・・・いや、ほどほどに・・・」
「・・・ごくっ」
  なにやら皆は息を飲んでいる。

――グッ

「・・・・・」
「・・・・・」
「おい・・慎也、この握力計壊れてんじゃないか?」
「そんな・・・針が振り切った」
「・・・・・」
「ちょ・・・ちょっと貸してくれ」
「・・・・・」
「別に・・・壊れてない・・・」
「・・・・・」
「涼一君・・・120kgまで測れるやつが振り切ったんだけど・・・全力だった?」
「・・・いや」
「・・・・・」
「・・・デビルクロー」
「だから、お兄ちゃんそれダサイって」
「そういえば涼一・・・ビンの王冠開ける時、栓抜き使わないもんね」
「・・・ああ、そんなに凄い事か?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「なあ・・・去年の体力測定はどうだったんだ?」
「・・・ん?手を抜いたから、数字上普通だった」
「・・・・・」
「浅田さん・・・どうして、そんなに実力があるのに出さないんですか?」
「・・・面倒だからだ」
「涼一って、目立つの嫌いだもんね」
「・・・もったいない」

――ガラッ

  その時、襖が開いて一人の男が立っていた。
「あ・・・父さん」
「・・・・・」
  その男は部屋を見渡すと、俺に目を付けた。
「君かね・・・うちの門下生と息子達の相手をしたのは?」
「・・・ああ」
「あのさ、父さん・・・ちょっとした練習でね」
「慎也・・・黙ってろ」
「・・・はい」
「私はこの道場の師範、「瑞樹  浩輔」だ。息子達がお世話になったようで」
「いや・・・」
  そして俺の所に近寄ってきた。
「・・・どうぞよろしく」
  向こうは右手を出し、握手を求めようとした。

――シャッ!

  瞬間、向こうは俺の顔面に拳を突き出した。
「・・・・・」
「・・・・・」
  しかし、俺は紙一重でかわした。その際に俺の手刀が向こうの首筋に止まっている。
「ちょ・・・ちょっとお父さん!お客様に何してんのよ!」
「・・・ふふ、すまなかった。申し訳ないが、この手刀をおさめてくれないかね?」
「・・・・・」
  俺は無言で手を引っ込めた。
「なるほど・・・慎也や正弘がやられる訳だ」
「・・・・・」
  すると男は後ろに戻った。
「道場の床のキズ・・・あれは君だろ?」
「・・・ああ」
「何・・・弁償しろだなんてケチなことは言わん、しばらくあれはそのままにしておく」
「・・・・・」
「名前を聞かせてもらえるかな?」
「・・・浅田  涼一」
「そうか、まあ・・・大したおもてなしは出来ないがゆっくりしてってくれ」
「・・・・・」
  そう言って男は部屋から出ていこうとした時だった。
「浅田君・・・君は・・・日本刀のような男だな」

――パタン

  そして襖は閉じられた。

「日本刀・・・って、どういうこと?」
「さあ・・・」

(・・・普段は鞘に収まっているが、ひとたび抜けば凄まじい切れ味を出す・・てことか)

「浅田・・・おまえ、師範に気に入られたみたいだな」
「勘弁してくれ・・・」
「・・・で、どうするんだい?」
「そうね・・・これからのことだけど、みんなには・・・
 涼一のことを他の人には話さないでほしいの」
「えっ?」
「なんで〜?」
「涼一はね・・・さっきも言ったけど目立つ事が嫌いなの。
 ただでさえこの頃噂になってるのに・・・
 こんな事まで知れたら、たちまち大賑わいになっちゃうよ。ねえ?涼一」
「・・・ああ、そうだな」
「うんわかった、道場の方にも口止めさせておくよ・・・でも、保証はできないけどね」
「可奈ちゃんもいい?」
「は〜い、誰にも言いませ〜ん」
「・・・俺はもともと言う気はないがな」
「あなた達もいいかしら?」
「・・・ええ」
「はい、わかりました」
「・・・そろそろ帰るか」
「そうね、じゃあ・・・」


――ガラガラガラ・・・

「お邪魔しましたー」
「じゃあ、また学校でね〜」
「・・・・・」

「・・・正弘、おまえ帰らないのか?」
「ああ・・・道場に寄ってく」
「その体で良くやるよ・・・しょうがない、僕も付きあうか」
「おっ?やる気になったか」
「まあね・・・あそこまでコテンパンにやられたんだ、少しくらい見返さないと」
「あ・・・じゃあ、可奈も可奈も〜!」
「しかし・・・浅田があんなに強かったとはな・・・」
「そうだね・・・あの力は尋常じゃないよ」
「可奈もね、あんなにカッコイイ浅田先輩が・・・あ〜んなに強いなんてビックリだったよ」
「は〜あ・・・モテるわけだよ・・・」
「またそれか・・・おまえも懲りないな」
「ねえねえ!浅田先輩って、彼女いるのかな?」
「いや・・・いないんじゃない」
「でも〜・・・八木さんって人は?」
「兄妹みたいなもの・・・って、アイツが言ってたじゃないか」
「ふ〜ん、じゃあさ!可奈にもチャンスはあるわけだ」
「おいおい・・・でも、八木さんも結構、僕の好みだな・・・お姉さんっぽくて」
「・・・兄妹揃って何言ってんだ」


「ねえ・・・北村さん」
「・・・はい」
「彼のこと・・・どう思う?」
「私は・・・涼一さんを・・・嫌いになった訳じゃありません」
「あたしも・・・それより彼の一面を見れて、ますます好きになっちゃった」
「はい・・・私も、高宮さんと同じように・・・」
「くすっ・・・あたし達、気が合うね」
「ふふ・・・はい」
「・・・彼ね、少しずつ変わってきたみたい」
「え?」
「前はね・・・話し掛けることもままならなかったの。
 それがこの頃、そういうことが無くなってきたみたい」
「そうなんですか?」
「うん・・・だから、仕掛けるなら今がチャンスね!」
「・・・はい!」


「涼一さあ・・・なんか今日、楽しそうだったじゃない?」
「・・・そうか?」
「あんなに人としゃべったの、久しぶりじゃない」
「・・・・・」
「まっ、楽しそうな友達もできたし。これを機会に、もうちょっと他人と接触したら?」
「・・・ああ」


  こうして長い一日が終わった。この日以来・・・

――ガラッ!

「浅田せーんぱい!一緒にお昼ご飯たべませんか〜」
「だめよ、浅田君とはあたしが・・・」
「まあまあ・・・いいじゃないか、どうだい高宮さん・・・それより僕と」
「・・・なんで瑞樹がここにいる?」
「あの・・・涼一さん、ごいっしょにいかがですか?」
「・・・北村も」
「あ!ずる〜い」
「北村さん・・・彼より僕と一緒食べた方が、楽しいひとときを満喫できるよ」
「え・・・でも」
「何言ってんのよアンタは?もう・・・みんなで一緒に食べればいいじゃない」
「あれ?恵美、どうしてここに」
「ん?まあ〜、ちょっとね」
「八木さ〜ん!どう?僕といっしょに二人きりで・・・」
「お断りします」
「つれないなあ・・・」
「よう!浅田」
「村上・・・怪我はどうだ?」
「はっ!俺の体を甘くみないでもらいたいね、おまえに勝つまでは闘いつづけるぜ」
「・・・やれやれ」

(こういうのも・・・悪くはないのかな・・・)