第十話 「彼は・・・?」

「高宮さん・・・先生呼んだ方がいいんじゃないの?」
「・・・うん、でも」
  その時だった。

――ガチャッ!

「あっ!」
  扉が開き、三人の不良が出てきた。
「・・・ん?・・・ああ、もう屋上使っていいぜ。悪かったな」
  そのうちの一人、浅田君と対峙していた人が言った。

――カン・・カン・・カン・・
  
  そしてそのまま下りて行った。

(浅田君!)

  あたしは急いで屋上に入った。

(・・・えと・・いた!いつものベンチに)

  すぐ浅田君の元に駆け寄る。

「ねえ!大丈夫!?」
「・・・ん・・ああ」
「何かあったの?」
「別に・・・なんでもない」
「よかったぁ〜・・・」
「・・・?」
  たしかに見た所変わった所はない。
「あ・・!そうだ。これ・・お弁当・・」


  屋上からの階段を降り、俺は廊下を歩いていた。
「村上サ〜ン、一体なんでなんスか?」
  しつこく聞いてくる。
「・・・おまえら見ていなかったのか?」
「え・・・いや、ちゃんと見ていましたよ」
「そうそう・・・村上サンがずっと押していて・・・」
「違う!」
  俺は足を止めた。
「おまえらの目は節穴か?浅田は・・・全部俺の蹴りを難なくかわしていた」
「・・・・・」
「・・・・・」
「それに最後の踵落し・・・フェイントも混ぜて、確実に決まると思った」
  拳に力が入る。
「・・・それをも浅田はかわした・・・しかも紙一重で」
「じゃ・・じゃあ・・・あいつは村上サンより強いってことっスか?」
「わからん・・・俺は浅田の攻撃は見ていないからな」
「・・・・・」
「そういえばおまえら・・・浅田と最初に会った時に何かされなかったか?」
「あ・・・俺、顔面に突きを・・・」
「くらったのか!?」
「いえ・・・寸止めでした」
「ふん・・スピードはどうだった?」
「いや・・見えませんでした、なあ?」
「あ?・・ああ」
「そうか・・・なら、あいつはパンチ系が主体か・・・?」
「・・・さあ」
「・・・・・」
「とにかく・・・俺はしばらく様子を見ることにした。おまえらも浅田に手を出すんじゃないぞ」
「はい・・村上サンがそう言うなら」
「・・・わかりました」

(フフ・・・あんな奴がいたとはなあ・・・学校に来るのが面白くなってきたぜ)

  そして、俺はまた歩きだした。


「あのさ・・・これ、朝早く起きて作ったんだ」
「・・・・・」
「・・・ほら、その卵焼きなんか自信作なんだよ」
「・・・・・」
「あ・・・ごめん、黙ってるね」
「・・・・・」
  彼は、黙々とあたしが作ったお弁当を食べてくれた。

――チラッ

「・・・・・」
  「うまい」とも「まずい」とも言わない。
 あたしは自分のお弁当も持ってきたが、気になって食べることができず、
ハシをくわえたまま彼をチラチラと見ていた。

――・・カチャ

「・・・・・」
「あ・・・食べ終わったの?」
  見ると、全部キレイに平らげてくれた。
「ねえ・・・どうだった?・・美味しくなかった?」
「・・・別に」
「じゃあ・・・美味しかった?」
「・・・まあ」
「よかった〜!・・・一体、浅田君はどんなのが好みなのか色々迷っちゃって」
「・・・・・」
「じゃあさ?明日からも作ってきていい?」
「別にかまわないが・・・」
「やったあ〜!」
「・・・・・」

(これでまた一歩前進!)

「それならさ、何か食べたいものとか・・・リクエストある?」
「いや・・・別に」
  そう言って、彼は本を取り出して読み始めた。
「あのさ」
「・・・・・」
「さっきの人達・・・浅田君、何かされたの?」
「・・・いや」
「てっきりケンカでもしてるのかな・・・って思ったんだけど」
「別に・・・・なんでもない」
「・・・そう」
  それきりあたしは話し掛けるのを止めた。

(あんまりしつこくすると、煙たがれるから・・・)

「・・・・・」
「・・・・・」 
 
(・・・それにしても)

  あたしは彼の横顔を見ながら思った。

(なんてキレイな顔・・・)


  少し長めの髪、細い眉に切れ長の目、
 スラリと高い鼻に引き締まった頬、
 中々開こうとしない堅く結んだ唇・・・


(・・・まるでモデルみたい)

  しかし、外見だけじゃない。人を寄せ付けない態度と雰囲気・・・色々不思議な所がある。
「・・・?」
  こっちがじっと見ていたせいか、彼が不信げにこちらを見た。
「アハッ」
「・・・・・」
  こっちが笑いかけても、向こうは愛想笑い一つ浮かべない・・・
 というより、彼が笑ったり怒ったり、悲しんだりして表情をくずす所を見たことが無い。
「・・・・・」
「・・・・・」
  彼とは二年に進級した時に初めて一緒になった。
 初日、先生がくじ引きで席順を決めた時に彼と隣り合わせになった。    
「よろしくね」
「・・・・・」
  始めて話し掛けた時も、何も反応が無かった。

(ずいぶん冷たい人ね・・・)

  その時はそう思った。今も変わらないけど・・・だけど。しばらくしていくうちに、
 その顔立ちや不思議な雰囲気に惹かれていく自分に気づいた。
 クラスの子も何人かはそんな感じだったと思う。
  一年の時に彼と一緒だった子に聞いたけど、その時からも彼は隠れた人気があったらしい。
 でも、彼はあんな感じだから・・・
 何人か近づこうとしたらしいけど、あっさりと冷たくあしらわれたみたい。

「ねえねえ浅田君」
「・・・・・」

「浅田君いっしょに帰らない?」
「・・・断る」

  こんな調子だ。同じクラスになってあたしも、何人かがあっさりとあしらわれたのを見てきた。

(あたしも・・・人のこと言えないけど)

  でも、一緒にお弁当を食べられるくらいの仲にはなった。
 向こうはただ、食事を持ってきてくれる便利なヤツ・・・
 とか思ってるかも知れないけど、それでもかまわない。もしかしたら、いつか・・・

――ガタッ

「あ・・・」
  彼が急に立ち上がった。
「どうしたの?」
「・・・教室」
「あっ・・そうか」
  気づいたら、もうすぐ昼休みが終わる頃だった。
 あたしも急いでお弁当を片づけて彼の後を追った。

(いつかきっと・・・)