第八話 「思いがけない場所で」

――ーン・・コーン・・

  やっと六時間目が終了した。

(さてと・・・)

  俺は手早く荷物を整えた。
「あっ・・・浅」
  誰かに声をかけられる前に教室を出る。
「・・・・・」
  だが、玄関口に行く訳ではない。俺は図書室へ足を向けた。

(時間をずらして帰れば誰とも会わないだろう・・・ついでに何か借りるかな・・・)

  そう思ったからだ。

――ガラガラガラ・・・

(ほとんど誰もいない・・・よし入るか)

  俺は中に入って、本棚の前で物色し始めた。


「よいしょっと・・・」
  私は今月入った新刊を持ち上げた、全部で三十冊近くあるのでかなり重い・・・

(今日、委員は私だけだから・・・一人でがんばらないと)

  よろよろと・・・私は本を種類別に棚に入れていった。
「えっと・・この本は・・・」
  表紙を見ながら本棚の角を曲がったその時。

――ドンッ!

「きゃっ!」

――バサバサバサッ

  そこに立っていた人にぶつかってしまった。その上、持っていた本を床の上にこぼしてしまった。
「す・・・すみません!・・・よそ見してて」
  私は急いで本を拾い集めた。
「あ・・・悪い」  
  そう言ってぶつかった人も一冊拾ってくれた。
「どうも・・・・あっ!!」
  その人の顔を見た時心臓が止まりそうになった。
「・・・?」
  彼は無言でこちらを見ていた。
「あ・・・あの・・・」
  ・・・私は本を拾う手が止まってしまった。

(どうして彼がここに!?)

  涼一さんだった。彼とぶつかってしまった・・・

「あの・・・私・・」
「・・・本」
「え!?・・・あ!・・・そうですね・・すみません!」
  心臓の動悸を押さえつつ、私は急いで本をかき集めた。

(どうしよう?・・・彼がここにいるなんて・・・)

「えと・・これで・・・全部」
「あと・・・これも」
「あっ!・・・すみません・・・」
  なんとか全部拾い集めた・・・でも・・・どうしよう・・・なんて言おう・・・
「あ・・あの・・・昨日は・・・・どうも・・・」
「昨日?・・ああ・・・たしか北山さん・・・だったよね」

(私のこと・・・私の名前・・・覚えててくれた)

「それで・・・・あの・・・」
「その本・・・新刊?」
  彼が私の抱えている本を指差した。
「え?・・・あ・・はい!・・・そうです。 今月入った本です・・・
 私・・図書委員だから・・・こうやって・・」
  すると彼は、周りを見ながら言った。
「委員は・・・君一人?」
「は・・・はい!・・・そうです・・・今日・・他の人休みで・・・だから・・・」
「・・・そうか」
「・・?」

(なんだろう・・・何か考えているみたい・・・)

  でも、聞くことはできなかった。
「・・・よし」
  すると彼は急に顔を上げた。
「じゃあ・・・半分手伝うよ」
「ええっ!?」
  そう言って、私が抱えていた本の上半分を持ってくれた。
「あ!・・・でも・・・」
「・・・・・」
  そのまま彼は本棚の向こうへ行ってしまった。

(どうしよう・・・手伝ってくれるなんて・・・私・・)

  しばらく立ち尽くしていたが、思い付いたように私は本を棚に入れ始めた。


(やれやれ・・・こんな所でも人と会うとは・・・)

  俺は本を手早く棚に入れつつそう思った。

(まったく・・・この学校で俺の心休まる場所は無いのか?)

  彼女が持っていた新刊の中に、俺が前から読みたかった本があった。
 さっさと借りて帰りたかったが・・・
 委員が彼女一人じゃ片付けが終わるまでに借りられないだろう・・・そう思って手伝った。
「これで・・・と」
  全て本は棚に入れた、彼女は・・・まだか・・・
「え・・と・・この本は・・・ここで・・・あっ」
「・・・・・」
  近づいた俺に気づいたようだ。
「もう・・・終わったんですか?・・・早いですね・・・」
「・・・・・」
  おまえが遅いんだ・・・と思ったとき、彼女が棚に入れようとする本の背表紙が見えた。

(あれは・・・さっきの借りたかったやつ)

「それ・・・」
「え?」
  俺は本に手を伸ばした。

――スッ

「あ・・・!」
  本を取った時に、彼女の手と少しぶつかってしまった。
「これ・・・」
「・・・・・」
「借りたかったんだけと・・・いいかな?」
「・・・え!?・・・あ・・はい!!・・・どうぞ!・・・
 持っていって・・・ください・・」
  最後の方はあまり聞き取れなかった。
「いや・・・委員の君がいないと」
「・・・あ!・・はい・・・そうですね!・・すみません・・・
 急いで・・・本を・・片付けますから・・・」
  そう言って、本棚の向こうに行ってしまった。
「・・・?」
  
(なんだ?顔赤くして・・・)


  私は本棚の隅の方に入っていった。
「はあ・・・はあ・・・」
  心臓が早鐘のように打つ。

(なんだろう・・・手が触れただけなのに・・・あんな・・)

  あの時・・・手がぶつかった時に、急に胸がドキンッとなった。
 慌てて本をまた落としそうになったけど、必死にこらえた。でも・・・

(彼の顔を・・・見ることができなかった・・・)

  しばらくすると、なんとか落ち着いてきた。

(そうだ!早く片づけないと・・・)

  彼が・・・彼が待ってるんだ。
「・・・・・!」
  私は急いで残りの本を片付け、カウンターに向かった。
「・・・・・」
  彼は、貸し出し口の所で待っててくれた。
「す・・・すみません!遅くなって・・・」
「・・・・・」
  カウンターに入り、急いで手続き用紙を出す。
「では・・・これにクラスとお名前を・・・」
「・・・・・」
  彼は黙って用紙に書き込んだ。
「あの・・・返却期間は・・一週間までで・・・」
「・・・分かってる」
  そう言って彼は、借りた本を持って図書室を出ていった。

――ピシャッ

  ドアが閉まる。
「あの・・・!」
  私は急いでカウンターを出て、ドアに向かった。

――ガラッ!

  見ると廊下の先に彼の後ろ姿が見える。
「あの・・・どうも・・・ありがとうございました!」
「・・・・・」
  その時、頭を下げていたので・・・彼がこちらを見たかどうかわからない。
「・・・あ」
  頭を上げると、もう彼の姿は無かった。

(涼一さん・・・)

  私は、しばらくその場に立ち続けていた。