第七話 「心境」

  今日はソフトボールだった、俺は体操着に着替えてグランドに出た。
「おっしゃー!行くぞー!」
  クラスの男共は威勢良くボールを投げ、バットを振りまわしている。
「・・・・・」
  俺は一人木陰に座って、ソフトボールを手の中でもて遊んでいた。
「試合やるぞ試合!」
「おおー!」
  ・・・まったく元気な奴等だ。
「打席は出席番号順だろ?」
「そうか、一番は・・・浅田・・浅田ー!おーい・・・浅田ー!」
  呼ばれてる・・・しょうがない、行くとするか。
「ほれ、バット・・・でかいのかませよ!」
「・・・・・」
  俺はバットを受け取ると、渋々バッターボックスに立った。
「ほれー!くるぞー!」
「・・・・・」
  ボールが迫ってくる・・・遅い、止まって見える。

――バスッ!

  やっとキャッチャーミットに届いた。
「はえぇーっ!」
「ちくしょー!やっぱ野球部のくせにピッチャーやるなんてずりーよ!」
「打てっこ、ねーじゃん!」
  周囲の奴等はそんなことをぼやく、今のが速い・・・か。

――ブンッ
――バスッ!

――ブンッ
――バスッ!

「ストライクバッターアウトー!」
  俺は適当にバットを振ってボックスを出た。
「よし!次は俺だな!」
  次の打席の奴がボックスに入って行った。
「まっ・・・しゃーないわな」
  こいつらはそんな事を言ってのける。
「・・・・・」
  俺はバットを置き、木陰に戻った。
「ストラーイク!」
「違うって、今外れてたって!」
「ストライクだっての!」
「ええぇーっ!」
 
(・・・どっちでもいいだろ)

「チェーンジ!」
「おっしゃあー!打つぞー!」

――ワーッ!ワーッ!

「・・・・・」
  人数の関係上、守備に入ると何人かあまる。バッターは一人一人なので全員に回るが、
 守備はそうはいかない。当然俺は辞退している。

「外野ー!いったぞー!」
「うおおぉぉー!」

  あいつらは、あんなことに一生懸命になれる。    
「・・・・・」
  俺はどうだろう?何もやる気が無く、ただ時間だけが過ぎていく。
「・・・!」
  上を向くと、葉の隙間からの木漏れ日が目に入った。
  
(こんな風に・・・俺の人生で光が射すことがあるのだろうか?)

  その気になればなんでも出来るはずだ、スポーツだって・・・勉強だって・・・でも・・・

「アウトー!」
「うああぁぁー!」

(でも・・・俺は・・・)

「・・・浅田ー!・・おーい!」
  そこで俺の思考は断ち切られた、どうやらバッターが回ってきたらしい。
「・・・・・」
  仕方なく立ち上がりバッターボックスへ向かった。
「あ〜あ・・・最後のバッターがおまえか〜」
「こりゃだめだな・・・」
  俺はバットを拾いバッターボックスに立った。
「おい浅田ー!逆転ヒットでも打てば昼飯おごってやるぞー!」
「ははは、そうだそうだー」

(俺は・・・)


「・・・じゃあちょっと早いけど今日の授業はここまで、しっかりテスト勉強するように」
  時計を見るとまだ十分くらいある。う〜ん、粋なはからいをするねぇ〜あの先生も。さてと・・・
「ねえねえ、一緒にお昼しよう!」
「うん!たべるたべる〜」
  僕は数人の女の子に声をかけた。

――ガラッ

「ほら・・・こんなにいい天気・・・え?」
  そう言って窓を開けた時、不意に影が出来た。

――ゴンッ!

「ふぐあ!!」
「きゃあぁー!慎也くーん!」
「いたたたた・・・ん?」
  床の方に目をやると、僕の額に直撃した『そいつ』が転がっていた。
「・・・ソフトボール?」
「うっそー!」
「だって・・・ここグランドから・・・」


  俺の打った球は虚空へと消えていった。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
  グランドは静まり返っていた。俺はバットを捨て、ダイヤモンドを回った。
「お・・おい・・すげーじゃねーか」
「飯・・・」
「えっ?」
「昼飯おごれよ」
「あ・・・あ・・うん」

(恵美に飯代借りるまでもなかったな・・・)

  ただ・・・そう思った。


―――昼休み

――タッタッタッ・・・ガチャ!

「ハア〜イ・・・あ・さ・だ・君!」
  やっぱり彼はそこにいた、あいかわらずベンチに座っている。

(・・・?いつもより人が多いような・・・特に女の子)

「・・・・・」
「こらこら!・・・うっとうしそうな目線向けない」

(・・・まいっか)

  あたしは彼の隣りに座った。
「話し聞いたわよ〜、スゴかったらしいね」
「・・・・・」
  クラスの男子達が言ってた、浅田君がソフトボールで特大ホームランを打ったってことを。
「今までバットにかすりもしなかったのに、
 最後の最後でホームランを打って逆転だなんて・・・見せるわね〜」
「・・・別に」
 
(あ・・・?照れてるのかな)

「あ〜見たかったな〜・・・あたし達女子は体育館でバスケやってたからさ〜」
「・・・・・」
「ねえ?どうして急にホームランなんて打てちゃったの?みんなはマグレとか言ってたけど・・・」
「・・・どうでもいいだろ」
「知りたいのよ〜、ねっ!実はマグレなんかじゃないんでしょ」
「・・・・・」
「本当は実力があったんだけど・・・今までひた隠ししてきた・・・とか?」
「・・・・・」
「ねえ・・・」
「昼飯」
「えっ?」  
「逆転したら昼飯おごるって言われたからな」
「・・・それ・・・本当?」
「ああ」
「ぷっ・・・ははははは!うっそー!そんなことでぇ〜」
「・・・ああ」
「で・・・その賞品は?」
「さっき食った」
「ふ〜ん・・・」
  そんな事を言ってても、彼は視線を本から離そうとはしない。
「あのさあ・・・
 そういえばいつもパンよね?お弁当とか作ってもらえないの?お母さんとかに・・・」
「・・・・・」
  その時、少しだけあたしの方を見た。
「両親は十年前に死んだ」
「えっ!?」
「車で崖下に落ちて・・・事故だったらしい」
「・・・・」
「それで俺は父の友人の家に預かってもらってる、いわゆる居候だ」
「・・・ごめんなさい・・・変なこと聞いて」
「いいさ」
  
(彼はそう淡々としゃべったけど・・・なんだろう?いつもと違う気がする・・・)

「・・・・・」
「・・・・・」
  それから少し沈黙ができた。

(いけない・・・このままじゃ・・・)

「あ・・・あのさ・・・じゃあ、お弁当を作ってくれる人いない訳だ」
「・・・おじさん・・俺がお世話になっている人は仕事で忙しいし、
 その奥さんも昔亡くなっている。それに・・・」
「?」
「・・・・・」

(まずい・・・また変なこと言っちゃったかな・・・)

「じゃあさ!あたしが明日からお弁当作ってきてあげるよ!」
「・・・え?」
「あたしさあ・・・こう見えても結構・・料理得意なんだよ!」
「でも・・・」
「だいじょーぶ!この高宮さんにまかせなさいって!」
「・・・別にいいよ」
「それにさあ、お弁当作ってもらった方が・・・お昼代浮くよ」
「・・・・・」
「じゃあ決まりね!?よーし、明日からがんばるぞー!」
「・・・・・」
「あ・・・ほら、もうすぐ授業はじまるよ!教室行こうよ」  
「・・・ああ」
  彼は本を閉じて立ち上がり、さっさと屋上を出ようとする。
「あ・・・待ってよ!」
  あたしは急いで彼を追った。その時、階段を下る所でふと思った。

(そういえば・・・今日は追い返されなかったな)


―――五時間目 

――カリカリカリ・・・
 
 教師がひたすら板書きをしている。
「・・・・・」
  俺はさっきのことを考えていた。

(弁当か・・・)

(隣りの高宮が・・・だ。横目で見ると妙にうきうきして見える、何がそんなに嬉しいのか・・・)

「・・・・・」

(まあ・・別に弁当はかまわない、高宮が言ってた通り食費も浮くし・・・
 だけど、きっとこいつも一緒に食うんだろうな・・・
 隣りであーだこーだ言って、ゆっくり食べられないだろう。
 だいたい、俺が屋上に行くのは・・・ 一人でゆっくりしたいからだ。
 だが、この頃屋上にくる人が増えてきた気がする・・・なぜだ?前はほとんど誰もいなかったのに)

――パシッ!

「・・・つまりこの場合」
  教師が棒先を黒板に叩く。

(今日の帰りはどうするかな・・・)

  この頃帰りも変な奴らに付きまとわれる。
 昨日もわざわざ裏門から帰ったら瑞樹とかいう男になにやら話しかけられた。
 どうもこの頃おかしい、学校内でもよく視線を感じる。
「・・・!」
  今も視線を感じた、主は・・・高宮だ。
「・・・・・」
  俺と目があったせいか嬉しそうに手の平を振る。

(・・・まったく)

――バシッ!バシッ!

「いいか!ここはテストに出るからよく覚えとくんだぞ!」

(そんなこと俺には関係ない、早く授業終わらないかな・・・)