「いってきま〜す!」
あたしは、毎朝の練習のために朝六時に家を出た。
――タッタッタ・・・
ジョギング程度の速さで学校へ向かう、この速さなら十五分くらいで着くはず。
「おっはよー」
校門からグランドに入ると、すでにウォームアップしている部の友達がいた。
「遅いよ八木さ〜ん、うちのエースなんだからもうちょっと早く来てよ〜」
「ごめんごめ〜ん」
あたしは急いで部室に入って着替えをした。
「今日のメニューなんだっけ?」
「え〜と・・・」
―――1時間目終了 休み時間
は〜疲れた、練習ちょっととばしたせいかな・・・
授業聞いてもさっぱりだよ。もうすぐ中間テストだし、勉強もしないといけないかな〜・・・
「・・・め・ぐ・み!何?暗い顔して」
「あ〜・・・まあね、もうすぐテストがあると思うと気が重くて・・・」
「そっかー、そうよね。恵美は部活やってるから大変よね」
「そ〜よ〜!せめて部活で忙しい人はテスト受けなくてオッケー・・・とかすればいいのに」
「ふふ、そうね」
そんな風に話していた時だった。
「あっ!彼よ」
彼女が教室の外の渡り廊下を見た。
「えっ?なに」
「ほら〜彼よ彼、浅田君」
(え・・・?)
彼女の目線の先には涼一が歩いていた。
「知ってる?2−Dの浅田君。彼、結構隠れた人気があるのよ」
「へえ・・・」
涼一が女の子に・・・?
「は〜・・・横顔もカッコイイよね〜。
あたしまだ話ししたことないんだけど・・・彼すごいクールって噂よ」
「ハハハ・・・」
そんなことは・・・誰よりもこのあたしが良く知ってる。
「ひそひそ・・・」
「ひそひそ・・・」
・・・よく見るとクラスの女の子の何人かが涼一を見てささやきあっている。
「あ!彼こっち見てるわよ、このクラスに用かしら・・・」
「・・・・・」
「手招きしてる!誰!?誰に用なの?」
女の子達が何人かきょろきょろしてるけど・・・多分あたしだ。
「ちょっとごめんね」
「えっ、なに?恵美」
あたしは教室から出て涼一の所へ行った。
「・・・何よ?涼一」
「昼飯代貸してくれ」
「えっ?・・・しょうがないなぁ」
そう言ってあたしは財布を取り出した・・・背中に視線を感じる。
「・・ほら」
「帰ったら返すよ」
涼一は、あたしから小銭を受け取ると自分の教室へ帰っていった。
「・・・ねえねえ!」
教室に入ると四・五人の子に詰め寄られた。
「八木さん、彼と知り合いなの!」
「し・・知り合いっていうか・・・なんていうか・・・」
「ねえ、彼とどんな関係!」
「・・・関係って・・・まあ・・・昔から知ってるってだけで・・・」
「えぇ〜!?てことは・・・じゃあ・・・幼なじみ!」
「うん・・・まあ・・そんなもんかな・・・ハハハ」
(いっしょに住んでる・・・なんて言ったらどんな反応するかな・・)「
「ねえねえ!今度さあ、彼を紹介してよ」
「そうよそうよ!ねぇ〜いいでしょ」
「う・・うん、今度ね・・・」
「ほんと!絶対よ!」
「・・・・・」「「
(涼一がね・・・・)
「つまり、この形容詞の場合・・・」
授業が始まってもあたしは考え事をしていた。
「・・・・・」
涼一は、あたしが小学校低学年の頃にうちに来た。
両親が事故で亡くなって、親戚の間を行ったり来たりしてる所を父さんが引き取った。
あたしはその頃・・・母さんが亡くなっていて少し塞ぎ込んでいた。
新しい家族ができて、しかも同年代の男の子ということなのでけっこう嬉しかった。
「この子が涼一君だよ・・・ほら、恵美・・あいさつは?」
「あ・・・こ・・こんにちは」
「どうも」
初めて涼一に会った時のことは覚えている。
今日父さんが涼一を連れてくるって言うんであたしは家でどきどきして待っていたんだ。
「浅田 涼一です」
「や・・やぎ めぐみ・・です」
涼一は落ち着いた態度で、とても同年代の男の子とは思えなかった。
顔もきれいで、近所の悪ガキ共とはずいぶん違って見えた。
「涼一君はこの部屋を使っていいよ」
「はい」
父さんが涼一を案内した部屋はあたしの隣りの空き部屋だった。
数日前から整理をし、涼一の着替えとかもすでにに用意していた。
「恵美、父さんはこれから仕事の用があるから涼一君と一緒に遊んでてくれ」
「うん!」
「それじゃ、涼一君。自分の家だと思っていいからね」
「はい」
そう言って父さんが行ってしまった後、私たち二人きりになった。
「・・・・・」
あたしが落ち着きなくうろうろしてる中、涼一は部屋の中央で自分の荷物を開けていた。
「・・・?」
涼一は何冊かの本を取り出していた。
でも、それはあたしがその頃読んでいた絵本とかそういうのじゃなく、
難しい漢字の入った絵のない文字ばっかりの本だった。
「・・・それなーに」
あたしが近寄って聞くと涼一は
「本」
としか言わなかった、今思うとなんて生意気な子供だろう。
「?」
あたしは意味が分からず、ぽけ〜っと立っていた。とりあえずあたしは遊びに誘おうと思った。
「ねえ、どっかあそびいこうよ!」
「・・・」
「ちかくにこうえんがあるんだよ!そこいこうよ〜」
「・・・でも」
「ほら、はやくはやく」
「あ・・・」
あたしは涼一の手を引っ張って強引に連れ出した。
「ちょっと待って」
「え?」
玄関から出ようとした時に涼一が立ち止まった。
「鍵かけないと・・・不用心だよ」
「あ・・うん」
・・・ずいぶんしっかりした子供だった。
――カチャ
「よし・・・じゃあ行こうか」
「うん!」
居間から鍵を探してきて、涼一が鍵を閉めた。
あたしはその頃鍵の使い方がよくわからなかったので、鍵は涼一が持っていることになった。
「ここだよー」
あたし達は歩いて2分くらいの所にある公園に着いた。
「あっ!みんないる!おーいおーい」
その時ちょうど近所の遊び仲間がボールをけって遊んでいた。
あたしはその頃けっこうオテンバで女の子の友達より男の子の友達の方が多かった。
「あのね。このこ、りょういちくん。うちにいっしょにすむことになったの」
あたしはみんなに涼一を紹介した。
「はじめまして」
「ふ〜ん・・・」
みんなはじろじろと涼一を見た。
整った顔立ちに落ち着いた態度・・・きっと珍しかったに違いない。
「おまえ、さっかーできるか?」
その中のガキ大将が聞いてきた。サッカーと言っても、ただボールをけりあうだけである。
「うん」
「よし、じゃあやろうぜ!」
・・・やってみると差は歴然とした、涼一にボールが行くとだれも奪えないのである。
あたしなんか一生懸命走っても追いつけさえしなかった。
「くっそー」
「ぶつかれー!」
男の子たちが果敢に突っ込んでいっても駄目だった。
涼一は鮮やかにボールを扱ってみんなをかわしていった。
「おい、おまえー!」
ガキ大将が涼一に指さして言った。
「さっかーはもうやめー!ちがうことするー」
ちっともボールとれないんでいらだっていた。
「はあはあ・・・」
あたしたちは走り回ったせいで息切らしていた。
「うん、わかった」
涼一は平然とした顔でこっちにボールを返してきた。
「よーし、かくれんぼやるぞー!」
ガキ大将が次の遊びを決めた。
「おまえがおにだぞー!」
そう言って涼一を指差した。
「いいよ」
「このきでひゃくかぞえるんだぞー!」
「わかった」
涼一は素直に木の前に立って、目をつぶって数え始める。
「いーち、にーい、さーん・・・」
あたし達が隠れようとしたらガキ大将がこんなことを言い出した。
「いまのうちにどっかいこうぜ」
「え・・・でも」
「いいからいいから」
ガキ大将達には逆らえず、あたし達は少し離れた所の材木置き場に来た。
「くくく・・・いまごろあいつどうしてるかな?」
「ないてたりして」
「ははは!」
あたしは後悔していた、いくらなんでもひどすぎると思った。
「・・・・・」
でも、何も言えなかった・・・
「・・・・・」
ガキ大将達遊ぶ気にはなれず、あたしは材木の上を行ったり来たりしていた。
(どうしよう・・・りょういちくん・・・どうしてるかな・・)
そんな事ばかり考えていた。
いっそのこと家に帰って待っていようか?とも思った時に気づいた。
(かぎはりょういちくんがもっているんだ!)
どうしよう、家には入れない。でも・・・涼一に会ってなんて言おう、あたしは悩んだ。
――ズルッ!
「キャッ!」
その時、材木から足を滑らせてしまった。
――ぼてっ
「いたたた・・・あ!」
――ガラガラガラ!
地面に尻餅した所に今まで乗ってた材木が転がってきた。
「あ・・・やだ!」
倒れたあたしの足の上に材木が乗っかってしまった。
地面と材木の間に挟まった足はどうがんばっても抜け出せない。
材木の方は押しても引いてもびくともしない。
「ねえちょっと・・・たすけてー!」
あたしは必死で助けを求めた。
ガキ大将たち何人かが来てみんなで材木をどけようとした。
「うーん!・・・だめだよ、うごかないよ!」
「おとなのひとよぼうか?」
「ばか!おれたちおこられちゃうよ!」
そうだ、ここの材木置き場は遊びに入っちゃいけない場所だった。
「どうする・・・」
「にげちゃおうか?」
「そうだな」
信じられないことにガキ大将たちはそんなことを言い出した。
「あ・・・ちょっとまってよー!」
「にげちゃえにげちゃえー!」
あたし一人残して行ってしまった、なんてひどい奴等だ。
「そんなー!みんなまってよー!みんなー!」
叫んでも誰も戻ってこない。
「グスッ・・・そんなぁ・・・」
あたしは泣きそうになった、一人でがんばって材木をどかそうとした。
「グスッ・・・グスッ・・・」
鼻をすすりながら一生懸命に材木を押す、だんだん手が痛くなってくる。
(りょういちくんにあんなことしたから・・・きっとばちがあたったんだ・・・)
そんな風に思うようになってきた。
だんだん辺りは暗くなり不安さは増していく・・・
「だれか・・・たすけて・・・」
この材木置き場は人気の無い場所にあり、格好の遊び場所だった。
だがそのことが自分の首を絞めることになった。
「グスッ・・・うう・・・」
もう材木をどかすこともあきらめ、一人で泣いていた・・・その時だった。
『恵美ちゃん、見ーつけた』
声のした方向を見ると涼一が立っていた。
「グスッ・・・りょういち・・・くん?」
「何してんだよ、もう帰るよ」
「あの・・・あたし・・ごめんなさい!」
「・・・・・」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
助かった・・・と思うより、涼一にひどいことをしたという気持ちでいっぱいだった。
「・・・・・」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
あたしはひたすらあやまり続けた、そしたら涼一は・・・
「・・・・・」
無言で向こうに行ってしまった。
「あ・・・」
(やっぱりおこってるんだ・・・)
そう思っていたら、また涼一が戻ってきた。
手に細長い材木と、短く太い材木を持って・・・
「よいしょ」
涼一は材木をセットし始めた。
「・・・・?」
「今から材木を持ち上げるから、そしたら足を抜いてね」
「えっ・・・?」
「せーの」
――グググッ!
涼一は、てこの原理で材木を持ち上げたのだ。
「ほらっ、早く」
「あ・・・うん」
あたしは急いで足を抜いた。
――ズンッ
涼一が力を抜くと材木がまた地面に落ちた。
「さて・・・と、立てる?」
「うん・・・あ・・いたっ!」
材木に長いこと挟まれていたせいで、足に激痛を感じた。
「うん?ああ・・・紫色になっている、打撲か捻挫かな?無理に歩かない方がいいね」
「え・・・うん・・・」
そう言うと涼一は、背中を見せてしゃがんだ。
「ほら、おぶってやるよ」
「あ・・でも・・・」
「何してんだ、早く」
「うん・・・」
あたしは涼一の背中に乗った。
「よいしょっと」
涼一はあたしを背負って家に向かって歩き出した。
「あの・・・」
「ん?」
背中で揺られながらあたしは聞いた。
「どうして・・・あたしがあそこにいるって・・・」
「鍵は僕が持ってたしね、家にはいないと思った。
なら、遊び場になりそうな場所が他にあるだろうと思って探してたんだ」
「・・・・・」
「そうしたら、あいつらが走ってた。君だけがいなくて」
「・・・・・」
「その内の一人を捕まえて君のことを聞き出したのさ」
「・・・ごめんなさい」
「・・・」
「・・・あたし・・・りょういちくんに・・・あんな・・・」
「・・何をあやまっているんだ」
「えっ?」
そう言って涼一は顔をこちらに向けた。
『かくれんぼだろ?どこか見つからない所に隠れるなんて当たり前じゃないか』
「・・・・・!」
その時・・・あたしは、始めて涼一が笑っている所を見た・・・
(そうだ・・・あの頃はあんな風に笑っていた。でも今は・・・)
――・・ーン・・カーン・・コーン・・
(あっ!いつのまにか授業終わってる、あっちゃ〜・・・
全然聞いてなかったよ・・・テスト近いのに・・・)
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