第三話 「迷い子」

「ただいま」
  自転車を裏に止めて俺は家に入った。階段を上り、真っ直ぐ自分の部屋へと向かう。
「ふう・・・」
  着替えを終え、ベッドで横になっているとなんとなくため息がでた。

――パタパタパタ

  この足音は・・・あいつも帰ってきたか。さてと、夕食までに小説でも読んでるかな。
 そう思い俺は本棚から読みかけの文庫本を取り出した。
「メシだよ〜」
  階下からの声に反応して俺は文庫本を閉じた。ベットから立ち上がり、下へと向かう。
「あ、涼一。ご飯よそってくれる?」
  と言って、風呂上がりのパシャマ姿の恵美は食器を並べながら言った。
「ああ」
  俺は三人のご飯をそれぞれ盛った、おじさんも料理の乗った皿を持ってきた。
「いただきまーす」
  恵美は言うやいなやさっそく箸をつける。

――カチャカチャ

  うちは、おじさんと恵美と俺とで三人住んでいる。
  おじさんこと「八木  祐介」さんは前にも言ったが酒屋を経営していて、
 奥さんは十年以上前に病死している。
  恵美こと「八木  恵美」はおじさんの娘で俺と同い年でしかも同じ学校に通っている。
 陸上部なので朝早く家を出、夕方遅く帰ってくる。
「もぐもぐ・・・あのさ、食事時くらい本読むのやめなよ」
  そう言って、恵美は俺の手元の小説に箸を向ける。
「・・・いいだろ別に」
  目線は変えずに、おかずを口に運びつつページをめくった。
「もぐもぐ・・・でもさ、せっかく作った食事を見ないで食べるなんて失礼じゃない」
「おまえが作った訳じゃないだろ」
「もぐ・・・い・・言ったわねー!」
  こいつは家の掃除洗濯はやっているが、料理だけははからきし駄目である。
 食事は全ておじさんが作っているのだが、
 たまに恵美が作ると得体の知れない物体が完成してしまうのだ。
 はっきり言って俺が作った方が上手い。
「まあまあ・・・いいじゃないか。涼一は目線は本だけど、正確におかずに箸がいくからな」
「ふん!・・ほんと、器用よね」
  
(ほっといてくれ)

「恵美、部活の方はどうだ?」
「もぐもぐ・・・調子いいよ、
 今度の大会のアンカーに選ばれたから練習が少しハードになったけどね」
「そうか、父さん大会に応援にでもいこうか?」
「・・・無理しなくていいよ、お店忙しいんでしょ」
「そうだな・・・涼一、おまえどうだ?」
「悪いけど・・・」
「いいって、あたしは大丈夫だから。余計な気使わなくてもいいよ」
「そうか・・体には気をつけるんだぞ」
「うん」
「・・・ごちそうさま」
  俺は食事を終え二階へと向かった。

――バフッ

  ベッドに腰掛け、小説の続きを読む。

  俺の両親は十年前交通事故で亡くなった。
 昼間にガードレールを突き破り、崖下に転落して即死らしい。
  警察の話しでは脇見運転とかなりのスピードの出しすぎが原因らしいとのことだ。
 当時俺は家で留守番をしていて、いくら待っても親が帰ってこなかったのを覚えてる。
 深夜、親戚の人が来て俺を保護してくれた。
  だが、警察は事故と言っても両親を良く知る親戚達は納得しなかった。
 運転していたのは父だが、

「彼が夜中に、しかも崖のある道をスピードを出しすぎて事故を起こす訳が無い」

  と、思っているのだ。
  生前父は誠実で真面目で人柄の良い人間だったと言う。
  母も父同様おしとやかで、真面目でいい奥さんだったと言われている。
 だれの目から見ても仲むつまじい夫婦だったという話しだ。
  俺という一人息子がいて、幸せな家庭だったと言う。そんな中誰かが言い出した。

「もしかして自殺なんじゃないか?」

  だが、そんな理由も見当たらない。警察にお願いする訳にもいかない、
  もし本当にそうなら親類の中で自殺者を出すなんて恥じだからだ。
 親戚会議が何日か続いた。

「自殺なんて・・・あいつは真面目な奴で、借金もないし仕事が上手くいかない訳じゃない。
  夫婦の中も悪かった訳じゃない、そんな奴が一人息子を残して自殺するか?」
「だが、あいつが昼間に事故を起こすだろうか?
 花を添えに行った時に現場を見てきたんだが、
 見通しが悪い訳でもなく車幅が極端に狭い訳でもないぞ」
「そうだ、わしもあの道は車で何回も通ったことがあるが
 別に何も危険なことは無い。ただの道だ」
「だが人間うっかりすることもあるだろう」
「でも・・・あの人にがぎってそんなことが・・・」
「そうだ、真面目が服を着ているようなあいつがスピードを出しすぎるなんてあるだろうか?
 交通違反一つしたことがないんだぞ」
「そうだな・・・涼一君を残して死んでしまうなんて・・・」
「涼一か・・・あの子はどうしてる」
「そうね・・・あの子、親が亡くなったというにもかからわらず泣き顔一つ見せないわ・・・
 まだ小さいのにしっかりした子ね。今はもう奥の部屋で寝てるはずよ」
「涼一・・・そういえばあいつが言ってたな、あの子は変わってるって」
「変わってる?どういうことだ」
「いや・・・そのことについては俺も聞いたんだが、あいつは言葉を濁して話さなかったよ」
「あの子が・・・別に普通だぞ、しっかりしてるし頭もいいようだ」
「だが、おかしいと思わんか?両親が死んでも泣き顔も見せずに平気でいるんだぞ」
「平気だなんて・・・
 きっとあの子も一人で部屋にいる時は悲しくてふさぎこんでいるにちがいないわ」
「たしかに・・・葬式の日からずっと見てきたが、
 いつも落ち着いていてわがまま一つ聞いたことがないな・・・」
「親戚の家だから遠慮しているんだろう?」
「・・・もしかして、あの子が原因じゃないかな」
「七歳の子がか?あの子が両親を自殺に追い込んだとでもいうのか!?」
「そこまでは言ってない!だが・・・」
「しかし・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」

(俺はこの時、襖を隔てた隣りの部屋でこの会話を聞いていた)

  両親が亡くなったことが悲しくない訳じゃない、
 ただ現実をきちんと見据えていただけだ。
 泣き喚いても両親が帰ってくる訳でもないのだから。ただこの時は

『僕はこれからどうなるんだろう・・・』

  という不安があっただけだ。
  それからというもの俺は親戚中をたらいまわしされることになった。
 どの家でも気味悪がれ、一週間単位で転々としていった。
 そして施設送りになる寸前におじさんに拾ってもらった。