第二話 「関係のないこと」

 ホームルームも終わり、俺はさっさと帰ろうとした。
 部活に入っている訳でもないのでこれ以上学校に居る必要は無い。
「浅田ー」
  鞄を持って立ち上がった時に俺を呼ぶ声が聞こえた。
「なあ浅田、お前これから暇あるか?」
「・・・・・」
「いやさ、俺これからサッカー部の練習試合があるんだけどさ。
 なんか今日休みの奴が多くてさ・・・」
「悪いけど断るよ」
「え?」
  そう言って俺はその場を後にした。

――ポンッ  

  校門をくぐったあたりで不意に肩をたたかれた。
「や、今お帰り?」
  振り返ると高宮だった。
「・・・・・・」
  俺が無言で帰ろうとすると、あわてて高宮が俺の前にまわった。
「ねえ、どうしてそんなに無視するの?」
  そんなことを聞いてくる。

(どうだっていいだろ・・・別に)

「別に・・・」
  それだけ言って俺は高宮の横を通り過ぎた。
「あ・・・ちょっと待ってよ」

(待ってられるか)

「ねえって」
  そう言って俺の横を歩いてくる。

(なんだこの女は、奇妙な奴だ)

「・・・・・」
  とりあえず俺は無視する。
「ねえ・・・女の子が話しかけてきてるんだよ、もうすこし愛想よくしたら」
「知るか」
「・・・・・」
「・・・・・」
「ねえ」
「・・・」
「さっきサッカーに誘われてたね」
「・・・」
「どうして断っちゃったの?」
「・・・」
「もしかして運動オンチ?」
「・・・」
「まさか、違うよね」
「・・・俺に何か用か」
「え?」
「用がないなら消えてくれ」
「そんな・・・あたしのこと嫌いなの?」
「別に」
「・・・」
「・・・」
「浅田君って変わってるね」
「・・・」
「どうしてそんな風に他の人と話したがらないのかな?」
「関係ないだろ」
  そうだ、関係の無いことだった。
「むー・・・」
「それきり彼女は黙った。
「・・・・・」
「・・・・・」
  しばらく黙って歩いていると唐突に俺は言った。
「なんでついてくる?」
「べつに〜、家がこっちなだけよ」
「・・・じゃあ俺は、こっちだからお別れだ」
  そう言って角を曲がった。
「あ・・・・」
  それきり彼女はついてこなかった。
「また明日ねー!」
  後ろの方からそんな声が聞こえた。

――ガラガラガラ

「ただいま・・・」
「お、おかえり。ちょうど良かったこれ配達しといてくれ」
  そう言って、おじさんは足元のビールケースを指差した。
「ああ、いいよ」
  俺は鞄を奥に置いて、着替えずにケースを運んだ。
  裏に止めてある自転車にくくり付けて配達に行く。

――キイィー!

  少々ブレーキ音がうるさい自転車で俺は走りつづける。
「毎度どうもー」
  配達を終え、俺は帰り際に本屋に寄った。適当に物色する。
「・・・・・」
  話しが前後するが、『おじさん』とは俺が住ませてもらっている酒屋の店主である。
  父の友人で、かれこれ十年近くお世話になっている。
  おじさんは俺が親戚中をたらい回しされている最中に拾ってくれた、いわば恩人である。
  どうして拾ってくれたのか聞いたことがある、そうしたら・・・
「友人の子供が、困っているのを黙って見ていられなかったよ」
  と照れくさそうに言ったきり後は何も話さなかった、俺も何も聞かなかった。
「さてと・・・行くか」
  俺は雑誌を読み終え、帰ろうとした。
「あの・・・困ります」
  本屋から出た所の駐輪場でそんな声が聞こえた。
  声のした方向を見ると、一人の女子学生に二人の男子生徒がなにやら話し掛けてる、うちの制服だ。
「なあ・・・いいだろ」
  男の片割れの茶髪が何やら言っている。ナンパか・・・
「ちょっとだけさ、付き合ってくれるだけでいいから」
「でも・・・」
  女は嫌がっているようだ。
 俺には関係の無いことだが、あいつら俺の自転車の前に立っている。邪魔だ。
「あぁ?なんだてめえ」
  もう一人の男が俺の視線に気づいたようだ。
「見世物じゃねえ、あっち行ってろ!」
  ナンパが上手くいかずに苛立っているようだ、だが自転車が出せない。
「・・・・・」
  俺は無言で近寄った。
「何だよおめえ、俺らになんか用か?」
  
(貴様らに用は無い、自転車を出したいだけだ)

「・・・邪魔だ」
  一言だけ俺は口に出した。
「あんだとこらあ!」
  茶髪でない方が大声を出した、まったくうるさい奴等だ。
「てめぇ誰だよ」
「・・・知ったことか」
  教える必要は無い。
「やっちまおうぜ」
「ああ」
  ナンパに上手くいかないストレスを俺にぶつけるらしい。馬鹿が・・・

――シュッ!

「・・・!」
  茶髪の目の前に手刀を寸止めしてやった、
 向こうはこのスピードについてこれずただ突っ立っていた。
「あ・・・あ・・・」
  隣りの茶髪でない方も俺と茶髪を交互に見てうろたえている。
「どけ」
  俺はそう一言付け加えた。
「・・・け・・・けっ、ちくしょう。行くぞ」
「あ・・・ああ」
  そう言い捨てて二人は向こうへ小走りに消えた。
「やれやれ・・・」
  俺は自転車に近づき鍵を開けた、さっさと帰ろう。
「あ・・あの」
「ん?」
  女が話しかけてきた、まったくいいかげんにしてくれ。
「あの・・・ありがとうございました」
「・・・別に」
  邪魔な奴等をどけただけだ、礼をいわれる筋合いは無い。
「同じ・・・学校の方ですよね?」
  そりゃあこの制服を見ればわかるだろ・・・と思いつつ自転車を引っ張り出した。
「私2−Aの・・・」

――ガチャン!

  俺はそれ以上聞かずに自転車をこぎだした。

(俺には・・・関係ない)