第一話 「冷徹な男」

  その日もやる気の無い自分だった。

「・・・・・」
 
  俺はいつものように学校に行く。
「・・・つまり・・・のようであるから・・・なのである」
  教師のわかりきった説明なんてうんざりだ。
 俺は机の上でノートを写す訳でもなく、ただ時間をもてあましていた。

(・・・・・つまらないな)

  何回そう考えただろう。
 この歳でなんだが俺は生きがいが無い、張りの無い人生を送っていると思う。
「・・・ではこの問いに答えてもらうのは・・・浅田」
「・・・・・・」
「おい・・・浅田!」

――つんつん

(ん?なんだ、隣の奴が俺をつついているぞ)

「・・・ねえ浅田君、呼ばれてるよ」
  隣の女子は小声で言った。

(ああそうか、浅田って俺のことか)

「おい!あさ・・・」

――ガタン!

  教師が言い切る前に俺は席から立ち上がった。
「・・・・・はい、なんですか」
  ぶっきらぼうに言う。
「ふん、お前先生が言ったことちゃんと聞いていたか?」
  なにやら得意気だ。
「・・・・・」
  俺が無言でいるとさらに言い放つ。
「まったく・・・授業もろくに聞かないからテストであんな点ばっかとるんだ」
  ちなみに俺の成績は全て赤点すれすれである。
「いいか。こんなんじゃ社会になんか出れたもんじゃないぞ!」
 
(うるさい、貴様の知ったことか)

「先生はなあ・・・」
  なんか長くなりそうだ。
「・・・・・」
  隣の女子がちらちらとこっちを伺っている。

(・・・妙な奴だな)

「・・・・!・・・・!!」
  教師はなおもくどくど言い放つ、ずっと立っているのも面倒になってきた。
「学校の授業も真面目に・・・」
「マイナス4ルート2」
「・・・あ?」
  教師が怪訝な顔をしている。
「答えですよ、その問いの」
「ん・・・あ・・・ああそうだ、正解だ」

(何うろたえているんだ、この教師は)

「わかっているなら早く答えろ!」
「その前に先生がしゃべり出したんで」
「ぐ・・・」
「くすくす・・・」
  教室のどこかから少し笑い声がきこえた。
「・・・ふん!まあいいだろう。座れ」

(言われなくても座るさ・・・本当は一瞥して答えはわかったんだけどな)

「・・・すごいね」
  隣りの奴がそんなことを言ったのが聞こえた。

―――昼休み

  購買で買ったパンを食べ終え、屋上のベンチでぼうっとしていた。
「・・・それー行ったぞー!」
  下の校庭から声が聞こえる、まったく元気な奴等だ。

――ふっ

「・・・・・?」
  急に目の前が暗くなったと思ったら人が立っていた。
「ここあいてる?」
  そいつは俺の隣を指さした。
「しょっ・・」
  俺の返事も待たずに隣に座ってきた。
「いつもここにいるの?」
  馴れ馴れしくそんなことを聞いてくる。
「・・・君誰?」
  そう言うと彼女は目を丸くした。
「何言ってんの?あなたの隣の席の『高宮  美紀』よ。そうでしょう『浅田  涼一』君」
「そうか・・・そうだったな」
「くすっ、変わってるね」

(・・・放って置いてくれ)


「・・・・・ねえ」
「・・・」
「よくここにいるの?」
「・・・」
「もうすぐテストね」
「・・・」
「お昼何食べたの?」
「・・・」
「・・・ねえ」
「・・・」
「ねえ・・・って」
「・・・」
「もしかして・・・私・・・邪魔?」
「ああ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの・・・」
「なんでだ?」
「え?」
「なんで俺に話し掛ける?」
「なんでって・・・その・・・」
「クラスの友達とでもしゃべった方が楽しいと思うがな」
「そんな・・・」
「用が無いなら俺は行くよ」
「あ・・・」
  そう言って彼は立ち上がって扉の方へ行ってしまった。
「ねえねえ、彼どうだった?」
  すると向こうの方にいた友達が聞いてきた。
「うーん、冷たくあしらわれちゃった」
  彼が立ち去った扉を見ながらあたしは言った。
「そう、やっぱり浅田君は人付き合い悪いもんね」
「うん・・・」
  そうなのだ、彼が友達とか仲がいい人とかと話しているのを見たことがない。
「でもさあ・・・彼けっこうルックスいいよね、勉強とかはそうでもないみたいだけど」
「・・・そうね」

(違う・・・彼は頭は悪い訳じゃない)

「彼さあ、なんていうのか・・・」
  あたしは友達の話を聞いてなかった。あのことを思い出したからだ。

(たしか・・・あれは前回のテストが返ってきた時)

  あたしは自分の答案のもらって席に着こうした時、偶然隣りの彼の答案が見えたのだ。
点数は42点(赤点が40点以下なのでギリギリだ)でも解答欄がちょっと変だった。

(書いた所は・・・全部当たってる・・・)

つまり、最初の42点分をすべて埋めて、あとは空欄だった。
 間違ってはいない、ただ、書いていないのだ。

「・・・時間がなかったのかしら」
  その時はそう思った。だが違った。次に返ってきたテストもチラと見てみたら同じようなのだった。
  最初だけ答えを書いてあとは空欄、そして書いた所は全部マル。赤点ギリギリ・・・
  何枚かを盗み見したときにテストの時のことを思い出した。
 確か彼はテスト中に寝てて注意を受けてたことがあった・・・
  つまり時間が無かったんじゃない。わざとそうしているのだ。

(でも、もし赤点にならない程度にしか書いているならスゴい、そうそう狙ってできるものじゃない)

「・・・ねえ聞いてる?」
「え?何、なんか言った」
「もう・・・人の話し聞いてないんだから」
「ごめーん」
「それよりもうすぐ授業始まっちゃうよ」
「あ・・・そうね、じゃあ行こうか」
「うん」
  
  そう言ってあたし達は屋上を後にした。