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第六話『アルコル星人』

20070124

『――南斗孤鷲拳奥義! 南斗翔鷲屠脚!』
 シンの一撃必殺奥義が炸裂し、空中に居たケンシロウへと見舞った。
『何本目に死ぬかな~』
 サザンクロスの兵隊達に捕まったケンシロウは成す術も無く胸元に指を突き刺される。
そして七つの傷を付けられると、派手に血飛沫を上げて地面に倒れた。
『ふはははははは!』
 勝利を得て、サザンクロスの旗の前で高笑いをするシン。
(あー、やっぱりいいな。この演出)
 僕は筐体の画面を眺めながらしみじみと思った。アーケード版『北斗の拳』は、やっぱり星の奪い合いが熱い。
 特にシンはその能力に長けている。それに、コマンド投げや二択などのガード崩しも中々だ。巷ではキャラの評価は低いらしいが、そんなものは気にしない。ようは楽しめればいいのだ。
 元々の漫画やアニメはリアルタイムでは見ていない。当時はまだ生まれていないので当然なのだが、ちょっと前に古本屋で全巻を立ち読みした。だから、大体のストーリーは把握してある。
(それに何と言っても、この声が良いよなあ。今度アニメ版でも借りようかな?)
 古川登志夫ボイスのシンはラスボスのラオウを撃破して、CPU戦全クリを達成した。エンディングは見ずにそのまま席を立つ。と言うか見飽きた。今ではラオウにわざと復活させる余裕もある。
(さてと、次はどうしようかな?)
 続けて鉄拳5DRをやるのも良いが、そろそろ財布の中身が心許無い。
 とりあえずゲームセンター内をうろうろと回って観戦モードに入る。他人のプレイを眺めるのも勉強のうちだ。
 そして目に付いたのは、大型スクリーンの前にずらりと並んだ『機動戦士ガンダム0079カードビルダー』である。全部で八台の筐体があるのだが、そのどれもが人で埋まっていた。
(これ、人気あるよなあ。一度はやってみたいと思うけど……)
 だが、あっという間に財布が空になってしまいそうで怖い。これに限らず『三国志大戦』や『Quest of D』などのカードを使ったゲームというのは、中毒性が物凄く高いと聞く。
(高校生にはつらいよ。やってる人達も、ほとんどがオールドゲーマーだし)
 大人の財力に物を言わせて大量のカードを抱えている人がちらほら居る。
「――ミハル、俺はもう悲しまないぜ。お前みたいな子を増やさないためにジオンを叩く。徹底的にな」
 前列右角の筐体で連邦軍側のプレイをしている女性もそうだった。何と、カードがトランクケース一杯に詰められているのである。
(そう言えば、あのキャラも同じ声だったな……)
 原作を忠実に再現しているのか、ガンキャノンに乗ったカイ・シデンはジオン軍のゴッグを撃破していた。
(ガンダムのアニメは一通り観たけど、知らないキャラやMSが沢山あるよな。あれって、MSVとか言う奴だっけ?)
 流石にプラモまでは知らない。
「そそっかしいからよ。こういう時は臆病でちょうどいいのよね」
 そこでふと異変に気付いた。
 先ほどの女性がプレイしていたゲーム画面を良く観ると、既に戦闘は終わってコンテニューの映像が流れている。
(じゃあ、今の台詞は何だ?)
 他の筐体かと思って見渡したが、どこにもカイは出撃していない。
 ゲームを終えた女性は立ち上がり、トランクケースにカードを入れて筐体から離れる。
「ん? 奇遇やないか、アンちゃん」
 なんと女性は美川里ちゃんだった。
「ど、どうも……」
 意外な場所で意外な人物に出会い、少々面食らってしまう。
「あの、さっきの台詞……どこから聞こえて来たんですか?」
 折角なので本人に聞いてみた。
「ああ、あれか? 臨場感を出す為にうちがアフレコしとったんや」
「……納得です」
 美川里ちゃんの職業は代替屋。
 特に他人に成り代わる為の変装術や声帯模写などは得意中の得意らしい。アニメの台詞を真似るくらい、造作も無い事だろう。
「ところでアンちゃんは何しとったんや?」
「僕は『北斗の拳』をしに来ただけですよ。この頃は対戦も減って、ちょっと寂しいんですけどね」
「あー、あれか。うちも懐かしくって、ちょっとやってみたんよ。そしたら最終ラウンドになって二秒でK.Оや。それ以来二度とやってへん」
「ははっ……」
 それが北斗クオリティだ。
「そういやどっちも映画やっとるよな。『ドラえもん』もやっとるし、リバイバルブームってやつなんかなあ」
「そうですね。どれか観ましたか?」
「うちは勿論『劇場版Zガンダム 星の鼓動は愛』を観に行ったに決まってるやんか」
「ラストはどうでした?」
 僕は観ていないので知らない。
「んなの、自分で観に行けや。教える訳あらへん」
 正論である。
 だが、この間の二度目の映画で随分と金を使わされてしまったのである。今月はそれでピンチなのだ。映画など無理に決まっている。
「ああ、そっか。この間女番と映画観に行ったんやな。それで金欠なんやろ?」
「お察しの通りです」
「しかしそれで、誕生日プレゼントを用意出来るんか?」
「誕生日? 誰のです?」
「誰って、目田やんに決まってるやないか」
 目田やんとは目田探偵の事を指す。今まで数々の難事件を解決してきた名探偵で、僕はその助手なのだ。
「それって……いつですか?」
 そんな事、僕は知らない。聞いていない。
「ホワイトデーの三月十四日や。何とも微妙で、運命的な日やろ?」
 確かに目田探偵は白を好む。天然の白髪が原因かと思っていたが、そういう理由もあったのか。
「プレゼントって……必要ですかね?」
 前日になって、いきなりそんな事を言われても困る。
「日頃世話になってるんやろ? だったら、それくらい当然やんか」
「まあ、そうかもしれませんが」
 とは言え、金欠な上に時間もない。ここは知らなかった事にしてとぼけるのが最上の策だろう。
「ああ。すっとぼけようとしたって無駄や」
「どうしてです? 僕は目田さんから誕生日の事なんて聞いていないんですから、知らない振りしたって大丈夫でしょう」
 それにあの人は年齢の事に付いて触れると怒る。自称ティーンエイジャーなのだが、流石にそれは無理があるだろう。
「うちが教える。アンちゃんに目田やんの誕生日を教えたってな」
「……鬼ですか、あなたは」
「『いつですか?』って聞いたのはそっちやで?」
 僕は頭を抱えたくなった。
「しょうがない。どこかでケーキでも買って行くかな……」
 予算の関係上ショートケーキだろうが致し方ない。手ぶらよりはマシだろう。
「ケーキだけか? ショボイなあ」
「他に代案があったら教えてくださいよ」
 すると美川里ちゃんはニヤリと笑った。
「だったら、いいバイトがあるで」
「何です?」
「うちの仕事の手伝いや。ちょうど明日、上手い仕事があんねん」
「それで、幾ら貰えるんです?」
「日給一万ってとこやな」
「一万……」
 それだけあればちゃんとしたケーキも買えるし、それなりのプレゼントも用意出来るかもしれない。
 だが、甘い話には罠がある。
「どんな仕事なんですか?」
「ちょっと変装して外を歩くだけや。ホテルから出て、無事にリムジンまでヒッ――乗り込めばそれで終いや」
「お断りします」
「なんでや!?」
 思わず『ヒットマン』と言い掛けておきながら、意外そうに驚くな。
「残念やなあ。儲けるチャンスやったのに」
「一万円で命を賭けられませんよ」
「じゃあ、いつになったらうちが主役の話になんねん?」
「知りませんよ、そんな事」
 僕に言われても困る。
 これからまた仕事だという美川里ちゃんに別れを告げると、僕はゲームセンターを出て夕刻に差し掛かった街中をふらふらとアテも無くさまよった。
 まさかこれから目田探偵事務所に顔を出す訳にもいかない。既に連絡が入っているだろうから、あの人に何を言われるか分かったものじゃない。
(下手すりゃ、変な頼み事されるかも知れないしなあ……)
 まったく、厄介な火種を運んで来てくれたものである。

 ――ペーペーポーペーペペポー。

 交差点に差し掛かって赤信号で足を止める。
(目田さんが喜びそうなものって言ったら……やっぱり謎を孕んだ事件かな。でもそんなの、そうそう転がっていないし――)
 そんな事を考えながらふと顔を上げると、向かいの歩道に奇妙なものが見えた。
 全身を銀色のタイツで覆い、頭には触覚のような球の付いた角が突き出ている。そしてその顔には、不透明なゴーグルが掛けられていた。
 そのあからさまに怪しい男は、じっと目の前を見据えながら腕組みをして信号待ちをしているようだった。
(何かの撮影か?)
 きょろきょろと辺りを見渡すが、撮影スタッフらしき人物は見付からない。
 周りの反応はというと、係わり合いを避ける為か完全に無反応だった。すぐ近くには同じように信号待ちをしている人が居るというのに、まったくそちらを見ようともしない。
(そりゃそうか。誰だってそうするよな)
 僕は一人納得すると、これからどうしたものかと考えた。
 特に目的があって歩いていた訳では無いので、ここで回れ右をしても構わない。
 だが、あのような『謎』を見過ごしてしまうのは惜しい気がした。面白い話のネタにでもなるのなら、プレゼントの代わりになるかもしれない。
(……よし! やってみるか)
 僕は決意して前を見据えた。

 ――ペーペーポーペーペペポー。

 とおりゃんせの音楽と共に歩行者信号が青に変わる。
 横断歩道をゆっくりと歩き出すと、全身タイツの男もこちらに向かって歩いて来た。
「………」
「………」
 ちょうど横断歩道の真ん中で僕とそいつは無言で立ち止まった。ゴーグルをしているので良く分からないが、年齢は精々三、四十代くらいだろう。
「あの――」
「オマエには我が見えるのか?」
 そこで僕は意識を失った。

  ***

 目を覚ました時、そこは見知らぬ室内の中だった。どうやら僕はコンクリートの床の上に寝ていたらしい。
「ここは……?」
 だだっ広い上に、周囲は薄暗くて室内の様子はよく分からない。だがその雰囲気からして、どこかの古い倉庫のようであった。
「っ……!」
 頭痛がする。もしかしたら何か薬でも使われたかもしれない。慌てて携帯電話を探すが、奪われたのかどこにも無かった。
「どこだよ……ここは」
 時間を示すものが無いので正確には分からないが、真上の天井には四角い天窓が一つ付いていて、そこから瞬く満天の星空がくっきりと見えた。つまりあれからそれなりの時間が経っているようだ。
「おはよう地球人」
 遠く離れた場所で明かりが点いて、あの全身タイツ男が姿を表した。
「……っ!?」
 咄嗟に立ち上がろうとして、僕は床の上に派手にすっ転んでしまった。
「な、なんだ……?」
 足元を良く見ると右足首には鉄製の枷が嵌められていて、そこから伸びた太い鎖が床へと結ばれていた。
「くそっ! 何だよこれ!」
 どんなに引っ張ってもびくともしない。
「落ち着けよ地求人」
「おまえは一体誰だ!?」
「我はアルコル星からやって来た、アルコル星人である」
「アルコル星……?」
 そんな星の名前は聞いた事が無い。
「オマエら地球人が呼称する、北斗七星の脇にある星の名前だ」
「それって……死兆星?」
 何という事だ。
 僕は自称宇宙人の、とてつもなくヤバイ人間と出会ってしまったらしい。
「普通の人間には我を感知する事は出来ないが、極稀にオマエのような奴が居る」
「そりゃあ……そうだろうけど」
 僕のような物好きでもない限り話し掛けたりはしないだろう。
「目撃者は消さねばならない。それが我らのルールだ」
 アルコル星人はいつの間にか手にしていた銃のようなものを僕に向けた。
「ちょっと待っ――」

 ――パァン!

 大きな音共に僕のすぐ横のコンクリートの床から火花が飛び散った。
「……だが、我らにも慈悲がある」
 子供の玩具のような外観の銃を右手に携えてアルコル星人は言葉を続ける。
「ここで一つゲームを提案したい」
「ゲーム?」
「オマエが勝てばここは見逃して無事に解放してやろう。その後も一切関わらないと約束する」
「……負ければ?」
「消す。どうだ? 受けるか?」
 そんなの選択の余地なんて無いじゃないか。
(待てよ? もしかして、これも――)
 以前、目田探偵と美川里ちゃんから手痛いドッキリを食らった事がある。もしかしたらこれもその類なのかもしれない。
(――となると、あのアルコル星人も美川里ちゃんの変装なのか?)
 そう言えば、昼間にゲームセンターで会ったのも偶然にしては出来過ぎのように思える。明日が目田探偵の誕生日ならば、それに便乗にしてイベントを画策したとしても不思議ではない。さっきの床の火花も事前に火薬でも仕込んでおいたのだろう。
(なんだ。そういう事か)
 途端に気が楽になった。
「いいよ。ゲームを受けてやる」
「そうでなくてはな。地球人」
 アルコル星人は不敵に微笑む。全身タイツな上に頭の触覚がみょんみょん揺れていて恰好付かないが、どこか声が古川登志夫っぽい。
「それで、ゲームの内容は?」
 尋ねるとアルコル星人はマジシャンのように左手から五枚の黒いカードを出現させた。
「地球にはESPカードという面白いものがあるが、それは知っているか?」
「ああ。『○』『□』『☆』『┼』『~』の五枚のカードを使った、透視やテレパシーの実験に用いるものだろう?」
 僕が答えると、アルコル星人は満足そうにカードを一枚一枚僕から少し離れた前の床に並べる。
「今これは、裏向きに並べてある」
「これを……当てろってのか?」
 僕は超能力者でもないというのに、そんなの無茶苦茶である。
「手段は問わない。『☆』がどこにあるのかを答えられたら、オマエを解放してやろう」
「しかし――」
「解答権は一度きり。制限時間は夜明けまでだ。どうした地球人? 既にゲームは始まっているぞ」
「……分かったよ!」
 僕は床に這いつくばるようにしてカードに近寄る。念の為にぎりぎりまで身体と手を伸ばしてみたが、あと一m程足りなかった。
「見たって……分かる訳ないよな」
 どんなに目を凝らしてもカードの裏が透けて見えるような事は無い。透視はおろか、僕にはテレパシーもサイコキネシスもテレポートも使えないのだ。
「手段は問わないって言ったよな。だったら、めくっても構わないんだろ?」
「出来るのならな」
 僕は息を大きく吸い込んで――むせた。
「げほっげほっ!」
「埃まみれだからな。気を付けろ」
「ったく……」
 埃を吸わないようにもう一度大きく息を吸い込む。

 ――ふうっ!

 だが、五枚のカードはびくともしなかった。
 何度試しても同じで、しかも危うく呼吸困難に陥るところだった。
「……だったら!」
 僕は腰のベルトを外してロープの代わりに用いることにした。バックル部分で引っ掛ければこちらに引き寄せられるかもしれない。
「このっ! このっ!」
 何度かカードに届いたものの、それらはびくともしなかった。
「ちなみにそいつはスチール製でね。見た目よりずっと重量がある」
 僕はベルトで引き寄せるのを諦めた。剃刀のように薄いのか、床の一部になったかのようにぴったりと張り付いている。この調子では何時間やっても難しいだろう。
(鉄か……磁石でもあれば、話は別なんだろうけど……)
 生憎とそのような便利な道具は無い。
(周囲にあるのはコンクリートの床だけだ。携帯電話は奪われたし、誰かが助けに来てくれるなんて都合の良い事は無いよな)
 五分の一の確立に賭けるには分が悪すぎる。負けたらどうなるか知らないが、絶対に酷い目に遭うだろう。
(目田探偵もどこかで見ているのかな? ここからじゃ分からないけど――)
 これがただのイタズラ、の場合であるが。
「なあ、アルコル星人」
「なんだ、地球人」
「あんたはどうしてこの地球にやって来たんだ?」
「それは秘密だ。大体、そんな事を知っても仕方無いだろう」
 まあ予想通りの答えだ。
「じゃあ、その格好の意味は?」
「それも秘密だ。オマエはただゲームに集中すれば良い」
 取り付く島が無い。
 会話からボロを出すような真似はしないという事か。
「ちくしょう……」
 あれから僕は脱いだ服を繋げて引き寄せようとしたり、足枷が外れないかと試したりしたが全くの徒労であった。どうやら直接カードをめくる方法は完全に皆無のようである。
 時間だけが、ただ無常に過ぎて行った。
「てこずっているようだな。地球人」
「見れば分かるだろ」
 疲れ切った僕は床に大の字になって苛立たしげに答えた。頭上には最初に見た時と同じ満天の星空が瞬いているが、少しばかり白み掛かってきたように見える。
「ならば、ヒントをやろう」
「ヒント?」
 僕はその言葉に反応して身体を持ち上げた。
「『□』の隣には『○』がある。『~』の隣に『□』は無い。『○』があるのは偶数番目のみ。そして『┼』は右端にある」
 それらの情報を忘れないように、僕はポケットにあった十円玉をペン代わりにして急いで床に書き留めた。
(ヒントを用意していたんなら、最初から出せっての!)
 心の中で愚痴りながらあれこれとパターンを考えた。
 出来たのは四つ。
 それを順に並べてみる。

 『~』『○』『□』『☆』『┼』
 『□』『○』『~』『☆』『┼』
 『□』『○』『☆』『~』『┼』
 『~』『☆』『□』『○』『┼』

 これ以外に組み合わせは無いだろう。
(『☆』がある確率は、右から二番目が一番高いな……)
 だがそれはあくまで単純な確率であり、他の組み合わせである事も十分に考えられる。アトランダムに並べられたのならともかく、カードは向こうの手によって直接並べられたのだ。そこになんらかの作為があって当然と考えるべきだろう。
(どれだ? くそっ! どれなんだ!?)
 ここに来て手詰まりである。全く、中途半端な情報を渡しやがって。
「最後に一つだけ、質問を受け付けよう」
 頭を抱えながら悩んでいる僕を眺めながらアルコル星人が言った。
「質問?」
「そうだ。ただし、『☆』の位置を直接聞くような真似はするなよ。その場合は即刻ゲームオーバーとさせてもらう」
「………」
 僕は口を噤んで考え込んだ。
(どんな質問をすれば『☆』を特定する事が出来る?)
 パターンを見比べながら考え込む。
 だが、ここまで来て頭が上手く働かない。
 それもそのはず。時刻は既に夜明け近くにまで迫っているのだ。途中で一度眠らされたとはいえ、あんなのは睡眠とは言えない。
(何かが引っ掛かるんだよなあ……目田さんなら、こんなのあっという間に解いてしまうんだろうけど……)
 いっその事ヤマ勘で決めてしまおうかとさえ考える。最初の五択に比べれば、三択になっただけマシだろうし。
「……ん!?」
 ここに来て、僕はようやく思い至った。
(┼の左は何かと聞けば、それで特定する事が出来る!)
 『☆』ならそれで終わり。
 『~』なら真ん中に『☆』がある。
 そして『○』なら左から二番目だ。
 これで完璧だ!
「決まったか? 地求人」
「ああ!」
 僕は強く頷いた。
(……本当に?)
 その時、心の中で誰かが囁いた。
 まだ何か見落としがあるような気がする。
「どうした? さあ、質問をしろ」
 アルコル星人の自信たっぷりな態度がやけに気になる。まるで、こちらが質問する内容を予測しているかのようだった。

 ――騙されている。

 誰かがそう囁いているのだ。
(ここまでお膳立てをして、最後にわざわざ質問させて『☆』の位置を特定出来る様な単純なゲームであるはずがない!)
 僕は目を瞑り、今までのアルコル星人との会話を思い起こした。
『――地球にはESPカードという面白いものがあるが、それは知っているか?』
『――手段は問わない。『☆』がどこにあるのかを答えられたら、オマエを解放してやろう』
『――そうだ。ただし、『☆』の位置を直接聞くような真似はするなよ。その場合は即刻ゲームオーバーとさせてもらう』
 おかしい。
 おかしい。
 この言葉は不自然だ。
 あからさまに、ある言葉を避けている。
「質問だ! アルコル星人!」
「なんだ?」
 僕は相手を睨み付けながら詰問した。
「このカードは全部で何種類あるんだ!?」
 その言葉に、アルコル星人は動揺した。
「………」
「どうした? さあ、答えろ!」
「……四種類、だ」
 肩を落とし、悔しそうに歯を喰いしばりながら答える。
「やっぱり……」
 つまりこうだ。

 『~』『○』『□』『○』『┼』
 『□』『○』『~』『○』『┼』

 この二つのうちのどちらかだろうが、そんな事は最早どうでもいい。
 元々『☆』など入っていないのだから。
 アルコル星人はカードの中に『☆』があるとは一言も言っていない。
「……最初にカードを確認しなかった、僕にも責任はあるだろうけどね」
 目田探偵ならこのようなミスは絶対にしなかっただろう。まだまだ僕は未熟という訳か。
「つまり『☆』は――」
 僕は頭上を見上げた。
 星空は大分明るくなり、夜明けも間近だという事が分かる。
 どうやら間に合ったようだ。
 最初に見た時と同じ満天の星空。答えは始めから頭上に用意されていたのだ。
「――っ!」
 指を星空に差し掛けて、足首の痛みに思わず顔をしかめてしまった。
「いってえ……ったく、痣になってなきゃいいけど」
 しゃがみ込んで足首の様子を見ながらぶつくさとつぶやく。鉄の足枷なんてやり過ぎだ。終わってからみっちり抗議しないと。
「さてと……」
 興を削がれた気分で、もう一度天窓を見上げる。
「……あれ?」
 僕はそこで疑問の声を上げた。
 何故だろう?
 カードのトリックに気付いた時のような違和感が、心の中から湧き上がってきた。
 これで正解のはずなのに――。

『――謎解きで一番注意しなければならないのは、解いたつもりで有頂天になっている時なんだよ。安地君』

 囁きでは無く、目田探偵の声がはっきりと耳元で聞こえた。幻聴なんだろうけど、それは僕の心に深く突き刺さった。
「違う……あれは違う! あれは贋物だ!」
 僕は星空を見上げながら言い放った。
 同じ満天の星空?
 そんな訳あるか!
 何時間経っても星の位置が全く動かない星空なんて、有る訳がない!
「『☆』は……ここだ!」
 僕は両手を広げて叫んだ。
「僕の居るこの地球こそが『☆』だ! それ以外、ここには無い!」
 するとアルコル星人は、態度を一変させて満足そうに頷いた。
「見事だ『地球人』」
 瞬間、辺りが眩しい光に包まれる。
「くっ! またか……」
 どんな手を使ったのか、急激に意識が朦朧としてくる。睡魔に襲われていた真っ最中だったので、抵抗する術などなかった。
「――中止に……地球……侵……」
 意識を失う寸前に、そんな呟きが聞こえた気がした。

  ***

 次に目が覚めた時は同じ場所だった。
 天窓の他に、壁の扉が大きく開けられていて十分な日が差し込んでいる。それで中の様子も良く分かった。
「やっぱり、倉庫だったか……」
 中は空っぽで、人っ子一人居ない。
「あっ! 僕の携帯!」
 すぐ近くに携帯電話と、その脇に添えるように一万円札が置かれてあった。
「報酬のつもりかな? まっ、有り難く貰っておこう」
 足を拘束していた鉄枷もとっくに外されている。これでようやく僕は自由になれたのだ。
「それにしても酷いな。こんなところに置いていくなんて……」
 まあいい。後で問い詰めてやろう。
(ところで、ここはどこなんだろう?)
 倉庫を出るとそこは無人島――などではなかった。ちゃんと見覚えのある街並みが遠くに見える。
(このまま歩いて帰るのも面倒だな。近くに駅かバス停は――)
 工事中の看板をくぐって道路に出る。辺りを見渡すと、ちょうどそこに空車表示のタクシーが通りかかった。
「タクシー!」
 僕は手を上げて停車させた。普段なら絶対しない贅沢行為だが、臨時収入が入ったので構わないだろう。
 運転手に自宅の住所を告げ、後部座席でうたた寝をするように横になった。

  ***

 その日の夕刻。
 タクシー料金でかなり持っていかれたので、大分予算が少なくなってしまった。
「誕生日おめでとうございます」
 だから僕が渡したのは、ゲームセンターのUFOキャッチャーで獲得してきた白いゴマアザラシのぬいぐるみだった。運良く五百円玉一枚で取れたので、お陰でケーキに金を掛ける事が出来た。
「ありがとう。夜のお供にさせてもらうよ」
 半分嫌がらせのつもりだったのだが、意外と気に入られてしまった。
「そいつ、見た事あるわ。大方ゲーセンで取って来たんやろ?」
 それを見た美川里ちゃんが余計な事を言う。ちなみにこの人のプレゼントは『シン・マツナガ専用ザクⅡ』というガンプラで、どうもマニアックな代物らしい。
「まあ、こういうのは気持ちだからな。金さえ注ぎ込めばいいってもんじゃねえだろ」
 女番刑事ナイスフォロー。この人のプレゼントは白米酒。しかも酒樽をここまで担いで来たのだ。
 事務所でのパーティに参加したのは僕を含めてこの四人だった。他にも何人か声を掛けたらしいが、どうやら都合が付かなかったらしい。それでも郵送でプレゼントらしきものが沢山贈られて来たが、中には訳の分からないものが多々ある。白薔薇の花束、白いギター、修正液十年分、等々。
「ところで、いつまでトボけるつもりなんですか?」
 僕は苺の生クリームケーキを切り分けながら美川里ちゃんに問い掛けた。
「何がや?」
「何がって……夕べのやつですよ。あれ、美川里ちゃんだったんでしょ?」
 ケーキに立てられたロウソクの数は暗黙の了解で二十本未満になっている。何をそんなにこだわる必要があるんだか。
「何言ってんねん。昨日はアンちゃんと別れてから、ずっと朝まで仕事してたんやで」
「またまたー。もういいですって、分かってますから」
「だからなんやねん!? 訳分からんこと抜かすと、本気でしばくぞ!」
 何やら本気で怒っているみたいだ。
「美川里が言っているのは本当だぞ」
 横から口を挟んだのは女番刑事だった。
「このあたしの仕事を手伝って貰ったんだからな。間違い無えよ」
「そうやで? めっちゃ危険な潜入捜査に引っ張り込まれて、ほんと散々だったわ」
 ……どう言う事だ?
 女番刑事まで僕をからかっているとは、とても考えにくい。
「その様子だと何かあったらしいね」
 目田探偵が興味深く尋ねて来た。どうでもいいですけど、口の周りにクリームがべったり付いています。
「その――」
 僕は夕べのあらましを話した。ついでに足首にくっきり残った痣も見せた。
「夢でも見たんやろ」
「ただの変質者だな」
 話し終えると、美川里ちゃんと女番刑事は口々にそう言った。
「安地君。良い機会だから言っておこう」
「何です?」
「この先、新たな登場人物が現れる度に美川里ちゃんの変装だと思うのは止めたまえ。そんなの一々面倒だし、話が進まなくなる」
「しかし……」
「この間のは特別だよ。もうあんな事はしないさ」
「そうや。アンちゃんをからかうのは楽しいけど、わざわざそんな事に金と労力を使ってられへん。はっきり言って無駄や」
 そんな事言われても納得出来ない。
「大丈夫。きみが言うなら、私は信じるさ」
 目田さんは僕の肩を安心させるように叩く。
「きみは地球を救ってくれたんだろ? これ以上のプレゼントは無いよ――」

  ***

 後日。
 僕はあの倉庫にもう一度訪れようと思い、散々苦労して辿り着いた先では解体工事が進められていて、既に跡形も残っていなかった。

投稿者 緋色雪 : January 24, 2007 02:00 AM